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入学式前、最後のおはなし

「…重い」

体に重みを感じて目を開くと目の前に幸せそうに眠っているサイの顔があった。

サイの抱きぐせには驚いたが幸せそうだったから俺はもう一度目を閉じてサイの体温を感じながら眠りに落ちた。


「起きろ!!」

遠くで大きな声が聞こえる、なんだよ、まだゆっくりと寝ていたいのに。

「…後5分」

「訳のわからない事を言っていないで起きろ!!」

まだ大きな声が聞こえるから渋々目を覚ますとレイードさんが鬼の形相を浮かべてこっちを見ている、熊っぽい人が鬼の形相とか寝起きに見るものじゃないな。


「どうしたんですか?」

「どうしたじゃない!」

レイードさんは怒っているようだが俺はどうして怒っているのかが理解できない。

「あの人はね、サイが抱きついているのが気に入らないだけよ」

声のした方に顔を向けるとベッドに座って俺たちを見ていたリスさんの姿があった。


「それ、俺のせいなんですかね?」

リスさん問いかけてみるが、俺としてはこれは俺のせいではないと言いたい。

「どうでもいいから離れるんだ!」

レイードさんの要望には答えてあげたいけどサイが抱きついているから離れることができない、ってかこんなに大声を聞いても起きないサイってすげーな。


「サイ、起きろ」

仕方がないからサイを起こすことにした、密着しているから体を自分の体を揺らせば揺れで気が付くかな。

「…ん…んぅ」

揺らしているとサイの瞼がピクピクと動き出した、これは目が覚めるかな。


「トキ、おはよぉ~」

目を開いたサイは気がついたようでのんびりとした挨拶をしてくれて大変可愛らしいが今はそれどころではない。


挨拶だけで済むと思っていた時期が俺にもありました。


「ん~」

サイは離れることをせずにずっと俺の事を見ていた、それを見ていたレイードさんの殺気が強くなった気がする。


「サイ、離れようか」

優しく言ってみるがサイは首を小さく横に振って離れてくれない。

「キスしてくれたら離れる」

サイはそう言うと目を閉じてキス待ちの体制に入ったが…サイは俺がどうなるか分かって言ってるのだろうか、どう転んでもレイードさんが黙ってないと思う、現に今だって「お前、どうなるか分かってるよな?」的な目で俺を見ている。


「バカ言ってないで離れろ」

あの目に耐えるのは俺には無理だ。

「むぅ~」

サイは渋々だが離れてくれた、それによってレイードさんの殺気が和らいだような気がする。



「まぁ、キスはできないけど後でまた会えるだろ?」

そう言って俺はベッドに座りサイの頬を軽く撫でた、サイは目を細めながら気持ちよさそうにしている。


「それじゃ俺は戻るけど後でな」

いつまでも居るわけにもいかないので部屋に戻ることにした、サイたちにも準備があるんだし。


「それじゃ、リスさん、レイードさん、また後で」

二人にも挨拶を忘れない、リスさんは「後でね~」と手を振ってくれたがレイードさんは無言で挨拶を返してくれなかった、どんだけ俺のことが嫌いなんだよ。


部屋に戻るとみんな起きているようで俺を待っていたようだ。

アーねぇとクーねぇは俺の顔を見ると話し始めた。

「俺がサイの事を好きになった理由は、サイの明るさに惹かれて、サイの時折見せる弱さを守ってあげたいって思ったからだよ」

アーねぇがクーねぇの顔を見ながら俺が昨日言った事を一言一句間違えることなく再現し始めた、折角忘れようとしていたのに普通いうかね。


「トキ」

「サイ」

そのあとのやりとりまで再現し始めた、この二人は弟を辱めて楽しいのだろうか、それでも顔が熱くなるのを感じてしまった。


「お兄ちゃん、サイお姉ちゃんと一緒に居なくていいの?」

レイはアーねぇ達の茶番を気にもせずに俺に話しかける、無視されるなんてざまーみろ。

「準備をしないといけないからな」

それにどうせ後でまた会えるだろうし。


「無視するなんて酷い!」

「そうよ!」

さっきまでガン無視を決めていたがとうとうアーねぇとクーねぇが抗議してくる、無視されても文句は一切言えないと思うんだけどな。


「それで、アーねぇとクーねぇの茶番に俺はどう反応すればいいんだ?」

聞く事すら面倒だけど一応聞いてみる。

「それは、顔を真っ赤にしながら私を止めるとか」

「そうしたらもっとイジれたのにね」

この二人は多分ドSとかそんな生易しい次元の人じゃないかも知れない。


「トキも帰ってきたし、飯食ってトキの制服を買うか」

父さんは立ち上がりながらそう言った、父さんもアーねぇ達の茶番は無視してたのか、ちょっと哀れに思えてきた。

父さんの言葉を聞いてアーねぇとクーねぇは納得いかないと言いたげに立ち上がった、それに釣られてレイも立ち上がった、準備が要るとか言ったけどみんな準備出来てたんだ。


外に出て少し経つとリスさん達三人も出てきた、昨日のうちに合流する時間を決めていたんじゃないかと疑ってしまう。

「ニア、待ったかしら?」

「さっき出たところよ」

母さんとリスさんが話し始めてサイはアーねぇとクーねぇに甘えながらレイを抱いている、レイードさんは父さんと何かを話しているようだ、それにしてもなんだろうこの疎外感は。


軽く話したところで朝食を食べに出発した、食堂に着くまでの道中も俺は一人っきりで歩く事になった、べっ別に寂しくなんかないし。

食堂で朝食で食べる時はサイの隣に座ることになってイチャイチャはしたけどアーねぇとクーねぇは何か面白くなさそうに見ていた、もしかしなくてもさっきの茶番を無視したことを根に持っているのかな。


朝食後は制服を買う為に全員で服屋に行った。

その道中はレイ、サイ、俺の三人が話をしながら移動をした、アーねぇとクーねぇは母さんとニアさんと話をしていた。


三人で話した内容は他愛もない会話だったがレイが少しでも多く俺たちと話をしようとしているように見えた。

レイにしてみれば俺とは3年間、サイとは6年近く会えない事になるんだし、淋しいんだろう、それにしてもさっき朝食食べに行く前に俺とは話してくれなかったけど。


制服を買う服屋は4年前にアーねぇとクーねぇが買った店と同じ店になった。

扉を潜ると青い長髪の女性が立っていた、身長は160cm後半でグラマラスな体型をしていた。


「いらっしゃいませ、何をお求めでしょうか?」

女性は俺たちに気が付くと笑みを浮かべて話しかけてきた。

「子供が魔術学校に入学するから制服を買いに来たの」

母さんはそう言って俺を店員さんの前に立たせた、すると女性は俺の顔を見て、何かに納得したような顔をした。


「女の・・・の制服ですね、あちらですよ」

そう言うと店員さんは制服が置いてあるであろう場所を手で示した。

「サイ、あっちに女の子の制服があるんだってよ、見てきたらよ」

後ろでレイ達と話していたサイに制服がある場所を教えておいた、俺が知りたいのは男物の制服の場所だし。


「分かった」

そう言うとサイとリスさんは連れて制服が置いてあるであろう場所に向かって歩いていった。

「君も行かなくても良いのかな?」

店員さんは首を傾げながらそういった、店員さんは店員さんで俺の事を本気で女の子だと思ってるのかよ。


店員さんが本気で言っていると分かったのか母さん達が笑い始めた、嫌な予感しかしない。

「ええ、女の子の制服はあっちなんですね」

そう言って母さんは俺の手を引っ張ってサイ達が歩いていった方向に歩き始めた。


「母さん、冗談言ってる場合じゃないよ!」

綱引きようの腰を沈めて動かない様にしながら母さんに抵抗をする、4年間が決まる制服選びなのに女の子の制服なんて冗談じゃない。

「大丈夫よ、似合うから」

母さんは悪ふざけをされるのは嫌いだけどするのは大好きな人何だということを最近になってようやく気がついた。


「お・れ・は・お・と・こ・だ!!」

このままではサイと合流させられそうだからできる限り大きな声を出す、周りの人の迷惑になるだろうけど、この声が店員さんに届くことを願う。

「失礼しました、男の子の制服はあちらになります」

さっきの青髪の店員さんが気がついてくれたようで男物の制服売り場を教えてくれた、これで聞こえてなかったら女物の制服を着させられていただろう、買う買わないは別として。


「トキ君はそんなに嫌だったのかしら?」

「嫌じゃない男の人を俺は見てみたいよ」

男物の制服売り場に歩きながら母さんと簡単に話す、アーねぇ達は後で見たいとのことで着いて来ていない。


「制服の採寸をするのでこちらに来てください」

制服売り場に着くとさっき会った青髪の女性に声をかけられて採寸をすることになった。

女性に付いて行くと人目が付かない隅っこの方に案内された、ここで襲われてもバレない気がする。


「最初に聞くけど…男の子よね?」

店員さんは敬語なんて忘れて素で質問をしてきた、逆に俺はどうやったら女に見えるのかを聞きたい。

「男ですよ」

「そう、それじゃ採寸するから服を脱いでちょうだい」

女性にそう言われて服を脱ぎ始めた、裸は家族が結構見ているから抵抗は少なくすぐに下着姿になった。


「本当に男の子なのね」

店員さんもようやく信じてくれたようで採寸が始まった、まずは身長、これについてはノーコメントだ、まさか150cmも無いなんて。

次に胸囲と腰周りを測った、これは普通としか言い様がない数値だった、普通じゃない点を挙げるなら店員さんの手つきがおかしかった。


「制服は…小さいけどあるわね」

採寸が終わると店員さんは俺の体より少し大きい制服を持ってきた、やっぱし4年間着るということもあって制服は少し余裕を持たせているのか。

制服の方はアーねぇ達が着ていた時とは少し違い赤色の二本ラインから青の二本ラインに変わっていた。


「制服が少し大きいようですけど」

母さんは俺の成長を考慮していないのか制服の大きさに難色を示している。

「俺だって背はまだ伸びるからね?」

「それは4年前からずっと聞いているわよ」

今だけ自分に言い聞かせていた自分を殴りたい、身長が伸びる伸びるって言いながら伸びていないせいで母さんの中で俺の成長は絶望視されている。


「背はまだ伸びますしこれ位が丁度良いかとと思いますよ」

店員さんは少し大きめの制服を推している、俺だってそれでいいと思うよ。

「ですけど」

「これでいいと思うよ、大きい部分は折ればいいし」

母さんが納得していなさそうだからさっさと畳み掛けて制服を決定しておきたい。


「トキ君がそう言うなら良いけど、それを買わせてもらいますね」

母さんも納得してくれたようで少し大きめの制服を買うことになった。

制服も決まったのでアーねぇ達と合流した、サイの方はまだ決まっていないのか帰ってきていなかった。


「俺は制服決まったよ」

合流して自分が着る制服が決まったことを全員に報告をしておく、報告してもレイ以外興味を持ってくれないけど。

アーねぇもクーねぇも制服は自分で着ているからデザインは分かってるだろうから、サイがどんな姿になるかを話し合っている。


しばらく待っているとサイとリスさんが戻ってきた、リスさんの手には制服は無かった、サイはサイで少し顔が赤い。

「サイ、制服は?」

誰かが聞く前に俺が聞くことにした、サイの顔が少し赤いのも関係しているのだろう。


「ああ、トキ君は制服が決まったのね、サイは」

リスさんが答えを言おうとしたところでサイはワーワーと騒いでかき消そうとした、その声を聞いて周りの人がこっちを見ているがサイのは気がついていないようだ。


「それでどうしたんですか?」

サイが少し落ち着いた所でリスさんに再度聞いてみる、サイも観念したのか静かになった。

「サイの大きさに合う制服がなかったのよ」

リスさんがそういうが俺から、いや俺たちからしたらなんでサイはあそこまで騒いだのかが分からない。

俺たちの疑問を察したのかリスさんは言葉を続けた。

「胸周りが合わなくて直してもらってるのよ、サイが騒いだのはトキ君に知られたくなかったからよ」

リスさんがそう言うとサイは俯いてしまった、その仕草が本気で可愛いと思ってしまった。


「サイ、どうして」

サイに近づいて理由を聞こうとしたが顔も上げてくれなければ理由も教えてくれなかった。

「・・・って思われるから」

最初が全く聞こえなかったがサイは何かを喋ってくれた。

「聞こえないよ」

サイにもう一度言うように頼むと真っ赤になった顔を上げて俺の耳元でそっと囁いた。

「トキに太ってるって思われるから」


サイは制服のサイズが合わなかったのは自分が太ってると思ってしまったからか、こういう時はリスさんがフォローしてあげればいいのに。

「サイが太ってるわけないじゃないか」

サイの顔を耳元から引き離し面と向かってそう言った、サイが太ってるならほとんどの人が太ってる扱いだろ。


「ホント?」

「ホント」

サイが聴き直してくるから俺はちゃんと答えた、ここで言い淀むなんてありえない。

俺がそう言うとサイはホッと息をついた、これが原因で嫌われるとでも思っていたのかな。


「と言うかリスさんも人が悪いですよね、サイが悩んでるのに答えてあげないなんて」

サイの場合は悩んでいるという事が分かり易いのになんでリスさんは何も言わなかったんだろう。

「分かっていたけどこういうのはトキ君に言ってもらったほうが良いのよ」

リスさんはそれが普通だと言うように言い切った、そこまで言い切られたら反論しづらいじゃないか。


後で詳しく聞くとサイの制服は明日にはできるそうだ、入学式には間に合うようで良かった。

俺の制服代とサイの制服代を支払って店を出た、サイの制服の方は支払いの際に紙が手渡されていた、その紙が引き換えになるそうだ。


父さんが少し寄りたい場所があると言って服屋から少し歩いた先にあるアクセサリーショップに行った、此処はアーねぇ達が入学する時にアクセサリーを買ってあげたお店だ。

「トキには必要ないかもしれないが一つだけ何かを買ってやろう」

父さんはあんまり乗り気じゃないようだがアーねぇ達の時と同様に何か一つアクセサリーを買ってくれるようだ。

これを聞いていたリスさんもサイに一つだけ買う許可を出していた。


皆と分かれて一人でアクセサリーを見ているが自分が欲しいと思える物を見つけることができない、何か良い物がないかと考えていると、とある考えが閃いた。

早速その考えを実行する為にアクセサリーの中から似合いそうなアクセサリーを探しことにした。


探していると似合いそうなアクセサリーを見つけたのでこれを買ってもらうことにした。

「父さん、これ買ってもらっていいかな?」

父さんにそう言って選んだアクセサリーを見せると不思議そうな顔をされた、そこまで変なものを選んだ覚えはないんだけどな。

「お前がそれを選ぶなんてな」

父さんは短くそう言うと買う許可をくれた、サイが選び終わる前に会計を済ませておかないと。

会計の際に店員さんに袋に入れてもらうように頼んだ、店員さんは茶色の紙袋に入れてくれた。


会計を済まして外にいる全員と合流するとアーねぇ達が何を買ったのかを聞いてくるが「内緒」や「サイが帰ってきたら教えるよ」と言って茶を濁すことにした。

そうこう話しているとサイも茶色の紙袋を片手に店から出てきた。

「トキは何を買ったの?」

サイは走ってきてそう言った、とりあえず俺の考えたように言うか。

「これだよ」

そう言って俺はサイの前の紙袋の中身を差し出した。


「髪留めのゴムみたいだけどこれを買ったの?」

そう、俺が買ったのはサイに似合いそうな赤い色のヘアゴムだ、考えとしてはこうだ、自分に似合うアクセサリーが無ければサイに似合いそうなアクセサリーを贈ればいいじゃないか、サイに贈り物をしたことなんてないし。


「サイにだよ、サイに贈るためにこれを選んだんだよ」

おれは選んだヘアゴムをサイに無理やり渡した、俺のセンスがあんまり信用できないから飾りっけのないヘアゴムになったけど、今自分が選べる最高の物を選べた気がする。


「ありがとう、それからこれは私から」

そう言うとサイは俺に紙袋を差し出した、俺はそれを受け取って中身を見てみると中にはネックレスが入っていた、色は俺の髪の色と同じ銀色で飾りっけの無いシンプルなデザインだった。


「サイ、着けてもいいか?」

サイに確認を取るとサイは頷いてくれたので俺はネックレスを自分の首につけた。

「似合ってるよ」

「ありがと」

「私の方こそありがとう、大事にするね」

「俺も大事にするよ」


俺たちのやり取りを遠くから見ていたリスさんを始めてアーねぇとクーねぇに冷やかされたけどこれで4年間頑張れる、そんな気がした。

それと後で聞いたがサイも俺と同じことを考えていたようだ、自分用のアクセサリーを買わなくて本当に良かった。


それから数日が経ちいよいよ入学式の日になった、剣術学校と魔術学校は真逆にあるから宿屋から分かれるとその先会うことはない、ここでの会話がサイとの最後の会話になる。


「それじゃ、トキまた4年後ね」

サイは剣術学校指定の制服を着ている、剣術学校指定と言うだけあってジャージとブレザーを足して二で割った動きやすそうな服装だ、腰には木剣と手首には俺が送ったヘアゴムが着けてあった、サイの髪が短くてヘアゴムをつける意味がなかったので手首につけてもらっている。


「それじゃ、サイまた4年後な」

俺は魔術学校指定の制服を着て七精王の杖を握っている、首にはサイがくれたネックレスを着けている。

「それじゃサイ、行くわよ」

リスさんがそう言うとサイ達は剣術学校の方に歩いていった、俺はそれをずっと見ておくわけにも行かずに魔術学校の方へと歩いていった。


魔術学校に着くと母さんは俺にローブを手渡してくれた。

「わかってると思うけど魔法使いとしてのローブよ」

手渡してくれたのはアーねぇ達のときと同様の白のローブだ、俺はそれを羽織った、少し丈が大きい気がするけど直ぐに慣れるだろう。


「母さん、ありがとう」

母さんに感謝の言葉を贈る、これも母さんの手作りなんだろう。

「それじゃ、4年間頑張ってね」

母さんの言葉に頷いてレイ、アーねぇ、クーねぇ、父さんと軽く話して入学生が集まるスペースへと歩いていった。


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