七話 願いの試練
「シルディアよ、その紐はなんだ?なぜ自分の手を縛っているのだ?」
リヴェルはシルディアの手首の紐を指していう。
「……ミサンガ。」
シルディアはめんどくさそうに名称のみ答えた。リヴェルは気にせず聞く。
「ミサンガとはなんなのだ!?魔法か、武具か!?」
シルディアはミサンガを指先でいじる。白、赤、茶色、黄色、水色、深緑の六色が綺麗に混ざったミサンガだった。
シルディアは少し考え、思いつく。
シルディアは悪女のような悪い顔をして説明する。
「ミサンガはね、願いを叶えたいときに使うのよ。」
「魔法道具なのか。そうなのだな!?」
「……、似たようなものよ。このミサンガが切れたら、願いが叶うの」
「切れたら?ならいつでも叶えられるではないか。」
「自然に切れないとダメなのよ。わざと切っても叶わない。」
ほうほう、と研究者のように真剣な表情でリヴェルは頷く。
「所でシルディアは何を願ったのだ?」
シルディアはその言葉に口角を吊り上げる。
心底楽しそうに彼女は言う。
「……打倒魔王」
ニヤリと効果音がつきそうなくらい悪い笑顔をリヴェルに向ける。
「な、な、な……」
リヴェルは小さく声を漏らす。驚きと動揺で瞳を不安げに揺らしながら、シルディアを見上げる。
シルディアは目を細めでリヴェルを観察する。シルディアは彼女を信用していない。これはリヴェル・マーフィーという悪魔が信用に足る人物が見極めるためだ。大切な存在が、自分の父が危機に晒されるかもしれない時、少女はどう動くのか。シルディアは気になっていた。
リヴェルはプルプルと震えながら、拳を強く握りしめる。
「させない……、」
リヴェルは小さく言う。
「させないのだ、いくらシルディアでも、父上には手を出させない。」
リヴェルは怒るでもなく、泣くでもなく静かに言った。シルディアは目を細め、警戒を強める。
「シルディアよ、ワレは今日からずっと貴様の護衛をするのだ!」
「……え?」
* * *
「え~チョー可愛んだけど、妹ちゃん?へー千結妹もいたんだ~。あ、アタシ、リナ~よろしく~!」
「わ、……たしはリヴェルなのだ、よろしくなのだ!」
ワレと言う一人称を使いそうになったがギリギリのところでごまかし、挨拶をした。
リナはシルディアの友人だ。同じ高校に通っていて、登下校をともにしているくらいの仲である。
「妹じゃない。親戚の子供。少し母親の祖国に帰るから少しの間見ててほしいって。」
「てことはハーフなの!?あれ、なんで娘を連れてかないんだろう。普通家族に会わせたいと思うでしょ」
「……治安、悪いところらしい。」
シルディアの考えた筋書きは雑だが、リナは一瞬で納得した。
「な~る。危ないところに娘を連れてきたくないのね。……あれ、リヴェルちゃん学校だいじょぶそ?」
「へーきなのだ!そこし遅いからその間にチユ姉の学校見るのだ!」
「じゃー一緒に行こ~!」
「なのだ~!」
リヴェルが外を出歩くにあたって約束事がさらに増えた。
一つ目は一人称を私にすること。
二つ目は千結の決めた設定を厳守すること。
三つ目は魔法や超人的な身体能力を使った場合、それは絶対に気づかれない様にすること。
四つ目、人を傷つけないこと。
五つ目は昔の名前で呼ばないこと。
(シルディア→千結ねえ,千結姉、メリー→冥お姉さん、ガルシア→ロウにい,ロウ兄、ラージュ→おじさん。)
など。その為、リヴェルはただ歩くだけでもものすごく気を使っていた。少しの違和感も感じさせない様に。
そして、ミサンガが切れない様に。6本の糸でしっかりと編み込まれているから普通のミサンガよりは頑丈そうだが、リヴェルからしてみれば、少しの力で傷つく、脆く弱い紐だ。
少し目を離した隙に切れるかもしれない。もしかしたら父上を傷つけられるほどの何かがあるのかもしれない。そう思いほんの少しの危険でも、シルディアとミサンガを遠ざける。
散歩中の犬やら、自転車やら、自動車やら。少しでもヤバいかもしれない、と思ったものからは全力で。
その所為でだいぶ不自然な行動が多かったが、まあなんとかなるだろう。シルディアからは時々冷たい視線を向けられたが、集中しているリヴェルは気づかない。
そんなこんなでシルディアは無事学校にたどり着き、リヴェルと別れた。
「っしょ、ここならよく見えるのだ。」
リヴェルは木登りをしていた。小さい体で学校の裏にある大樹をスルスルと登る。そして安定している枝にまたがり、シルディアの姿を探す。
「お、いたのだ。まったく、全員黒髪だから探すのに苦労したぞ……。」
そんな独り言をブツブツとつぶやきながらシルディアを目で追う。
リナと少し話した後、
普通に着席し、授業が始まる。
幸い、午前はすべて座学でミサンガが切れる可能性のあることは起こらなかった。
リヴェルはただシルディアの様子を見ているだけでは疲れてくるから魔力を練って遊んだり、体を動かしたりしながら耐え抜いた。リヴェルにとっての父は唯一の信頼できる人で、特別な人だった。その人の為なら、ミサンガが切れない様に監視するのも苦ではなかった。
リヴェルは朝メリーに貰ったパンを頬張りながら午後の授業を眺める。
五時間目は体育だった。全員が校庭にでて体を動かす。
サッカーをやるようだが、リヴェルにはただの玉遊びにしか見えない。
動くということは当然ミサンガになにかある可能性も高くなる。リヴェルは注意深く見守っていた。が、「これ、どこまでなら違和感なく魔法を使えるのだ?」という疑問があった。
今回は常に40人近い人の目がある。なんとなく風を起こしてボールの軌道をずらすくらいならできるかもしれないが、誰かからは不自然に見えるかもしれない。そんなことを考えているうちにどんどん授業は進んで言って、チームごとで試合をすることになった。
「なぜそこなのだ、一番危険ではないか!」
リヴェルは叫ぶように、だけど小声で言う。
理由は簡単。シルディアがキーパーになったからだ。
キーパーと言うことは手も使う。
ボールごときで切れるほど弱くはないが、リヴェルとしては少しでも何かある可能性のあることは避けたかった。しかし、試合に自分が手を加えるのはよくない気がした。シルディアの手にボールが当たらない様に操ったらシルディアのチームが圧倒的に不利になる。それは不公平ではないだろうか?
本当にこれでいいのだろうか?
そんなことを考えている間にも試合は進む。
リヴェルは知る由もないが、相手チームには7年近くサッカーをやっているサッカー部の部員がいる。
シルディアはそのことを知ったうえでキーパーに立候補した。
(カエルの子はカエル……リヴェル・マーフィーも、きっと……)
シルディアの考え通り、サッカー部の人にボールがわたり、ゴールの左側にいるシルディアの逆、右側に向けてシュートする。
常人では反応できないだろう。けれど、私なら届く。例え生まれ変わっても、体は覚えていた。
シルディアはミサンガをつけた右手を伸ばす。あと少しでボールとぶつかるだろう。
バンッとすごい音を立てて手にサッカーボールがぶつかる。
「間に合ったか……!?」
リヴェルは木から身を乗り出し、シルディアに目を向ける。
リヴェルはとっさに結界の魔法を発動した。
結界は対象をドーム状の障壁で包み、衝撃から守る魔法だ。
結界を使ってミサンガを守った場合、サッカーボールは不自然に跳ね返るだろう。
だからリヴェルはミサンガの形にピッタリ合う結界を張った。
準備できる時間は一瞬だったため、完璧に同じ形ではなかったかもしれないが、試合の邪魔にならずに、ミサンガを守り抜いたのだ。ドーム状ではない結界は魔王の成長を止める魔法と同じく、今までに成功例のない魔法だ。それをこの一瞬で完成させたリヴェルは、正真正銘、大天才と言えるだろう。
カエルの子はカエル、魔王の子は悪魔だった。
目的の為に、イカれた考えを異次元の力で実行に移す。力とは手段だ。目的の為なら、どんな馬鹿げた考えだったとしても即座に実行する。自分の力に対する絶対的な自信がある二人だからこそ、無理だと言われていたことでも、出来るかもしれない。そう思い、動けるのだ。
「っふ」
着地を考えていなかったせいで地面に体を打ったシルディアは小さく笑った。結界についてはすぐ気づいた。ミサンガが急に固く感じたからだ。
おそらく、ミサンガのみに結界を張ったと推測した。
あの子供はバケモノだった。
ちょっと強いおバカな子供の悪魔くらいに思ったいたが、全くの見当違いだ。
魔王の娘だとしても、まだ子供だと思っていたのに。
魔王でも不可能かもしれない術をこの一瞬で完成させるとは。
あの悪魔は完全に警戒を解いていた。それは子供だから危険を感じ取れていないのではないか、と思っていた。
でも、実際は違った。警戒する必要もないのだ。ここまで高度な結界術を使える才能を持った悪魔。彼女にとって力を失った人間の数匹、気にする必要もないのだろう。
そんな力を持っておいて、人間同士のお遊びを邪魔しないために、守るために力を使った。
対象をぴったりと包むような球体ではない結界を使えるなら、ミサンガについて話した時に使ってただろう。そうでないということは、今この場で完成させたということ。
前の世界で最後に見た幼馴染も似たようなことしてたな。なんて考える。
あの悪魔が本当に危険なら、寝ている間に首を刺すくらいのことはしなくてはいけない。そう思っていた。けれど、彼女なら、問題ないのかもしれない。
自分も甘くなったな、と自分を嘲笑うように唇を持ち上げる。
それに、こんなお遊びに熱くなるだなんて、ほんと、らしくない。




