家を譲り受けることになった。
この物語はフィクションです。実在の地名とは関係ありません。
二十九歳。
住み慣れた都会を離れ、祖父母が暮らしていた家を譲り受けて生活することになった。
理由は単純だ。最近、祖父の体調が優れず頻繁に病院へ通う必要が出てきたのだが、二人が住んでいる愛媛県・久万高原の山奥は通院には不便すぎる。
そのため、両親の住む街へ呼び寄せ、二人は引っ越すことになったのだ。
本来なら、家も土地も売却するのが一般的だろう。だが、あの村は少し特殊で、たとえ家を売るにしても名義が変わるその日まで、必ず誰かが家に居続けなければならないという。古くから伝わる掟で、破れば災いが訪れるとかなんとか。
くだらない、けれど無視するには少し薄気味悪い理由。そこで、在宅勤務が可能で身軽な私に「田舎で過ごしてくれないか」と白羽の矢が立ち、私は快くその提案を引き受けた。
「雪奈、本当に大丈夫なの?」
「心配しないで、お母さん。昔もおばあちゃんの家でよく遊んでたじゃない」
「でも……あそこは普通の村じゃないでしょう? ただでさえ田舎なのに、女の子の一人暮らしなんて……」
「女の子だなんて。お母さん、私は来年で三十よ。一人暮らしを怖がる年齢はとうに過ぎたわ」
「親から見ればいつまでも子供よ。本当に大丈夫? 颯真も連れて行く?」
「颯真と一緒に行くくらいなら辞めとくわよ。大丈夫だって! 知ってる人しかいない村なんだから、何かあるわけないじゃない」
私の堂々とした返事にも、母は依然として不安を隠せないようだった。無理もない。母は昔から祖母の家を好んでいなかったから。
けれど私は違う。都会育ちの私にとって、田舎暮らしは憧れそのもの。ある程度生活の基盤が整ったら移住しようと、就職した瞬間から着々と準備を進めてきたのだ。
リモートワークならそれほど稼げないけれど、そもそも田舎はお金がかかる場所でもない。
どちらにせよ三十歳までに結婚したい相手がいなければ、記念に移住しようと思っていたくらいだ。正直、結婚に夢もなく、出会いも皆無だった私にとって、祖父母の願いは渡りに船だった。
それだけではない。あの村はその特殊性のせいか、自治体から少額の支援金まで出るという。まさに一挙両得。
気に入らなければいつでも売っていいと言われたけれど、最近の不動産事情を考えれば数年間は住み続ける必要がある。もちろん、私には好都合だ。
これを口実に「結婚はまだか」「一人で生きていけるのか」とうるさい親戚たちの口を封じることができるのだから。
季節はいつ雪が降ってもおかしくない十一月。もたもたして雪が積もりでもしたら、引っ越しが面倒になるのは目に見えている。私は手早く荷物をまとめた。もともと持ち物の少ないワンルームだったので、準備は一日で終わった。部屋は二歳年下の弟・颯真が使うことになり、私は身の回りの物だけを抱え、翌日には車を走らせた。
目指すは、祖父母の待つ愛媛県・隠見村。
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