第87話:ハエの大群
「へー。よく見ると。うん。いいね」
「っていうかコレ条例違反じゃね? 俺は別にいいけどさー」
カーマが連れていかれたのは近くの廃ビルだった。そこの近くだったから拉致に踏み切ったのだろう。ご丁寧なことに口にテープを張って声をふさいでいる。鼻呼吸しか出来ない形だが、それが救いになることもないだろう。
「何年生? おっぱい大きいね」
「でもメイド喫茶でバイトしてるなら中学生じゃないんでしょ?」
「~~~~ッッッ!」
このクズども、とでも言いたいのだろうが男たちはゲラゲラ笑うだけ。ここまで無力な子羊を前にゲスな欲望を満たすのは確かに男としては自然であって。
「待てぇい!」
そのまま十八禁シーンに突入かと思いきや、それを差し止める声。俺も知っている声だ。喪武タロウ氏。どうしてこの場所を知っているのかは、この際どうでもいいのだが。俺がバットで殴られて昏倒。拉致されたカーマがそのまま転がされ。男二人がニヤニヤしているところに現れた救いの男児。まるで囚われのお姫様を守るかのようなナイトぶりだが。
「拙者の目が黒いうちは闇のカルマちゃんに手を触れることまかりならん!」
大時代的な物言いは、あるいは空気を読んでいるのか。どう考えても鍛えている肉体ではないが。無謀か蛮勇か。男二人にも怯まず喧嘩を売る。
「今ここで見逃すなら通報は止めておくぞ!」
「へえ。やってみろよ。ボコボコにしてやるから」
拉致った男の一人が平然とそう言う。だが喪武タロウに焦りの色は見えず。
「では拙者が成敗してやる! でやぁぁぁぁ!」
拳を振りかぶり、そのまま男に突撃。何の躊躇も無く繰り出した拳は。
「はッ」
嘲る男に躱されて、交差距離で膝蹴りを見舞われた。
「がッッ!」
リアルで感じる痛みが、喪武タロウに現実を思い知らされる。
「なん……? なん……?」
驚いたように男二人を見る喪武タロウ。その瞳の具合で、俺は大体悟った。
「安心……してくれ。闇のカルマちゃん。君は拙者が守る……」
腹部を抑えながら嘔吐感を抑えている喪武タロウの息は既に切れていた。その彼の顎にサッカーボールキックが見舞われる。
「が……っ!」
それで吹っ飛んで、倒れるように地べたに這いつくばる。
「お前……ら……」
「ああ、仕事はバッチリこなしたろ?」
「ここから先はオプションでーす」
何のことか。と、カーマも目で問うていた。まぁ言われなくても俺は分かったが。
「そこのモブ男。俺たちを金で雇って闇のカルマちゃんにナンパするように仕向けたんだよ。で、自分で助けて好感度稼ごうというマッチポンプ」
「ガチ恋勢らしいぜ? こんな貧弱な身体で女を守ろうっていうんだから笑えるよな」
「…………」
先日の一件からこっち。男らから絡んできたのは喪武タロウの仕業。で、その喪武タロウはそれでカーマに取り入ってあわよくば、ってことか。大体知ってたけどね。
「ち、違うんだ! 闇のカルマちゃん! そいつらが妄言を言っているだけで!」
「もう十分ナイトは気取っただろ? これで契約終了~」
「オプション追加してもいいが。どうせバレてるぞ?」
「貴様ら! 闇のカルマちゃんに手を出せば警察に通報するぞ!」
「いいのか?」
「ッッッ」
「俺らがお前から金貰って闇のカルマちゃんを拉致ったことを警察に自白しても」
「そ……れは……」
「っていうか可愛いよなぁ。闇のカルマちゃん? おっぱいも大きいし」
「これは挟みがいがあるな。精々俺らのでヒィヒィ言ってくれ」
「~~~ッッッ! ~~~ッッッ!」
ふざけるなゴロツキども、とでも言いたげだが、生憎と言葉を発することは出来ず。口に突っ込まれたら嚙み千切るくらいできるだろうが、そのリスクは犯さないだろう。男どもはニヤニヤ笑っている。
「やめろ! やめろぉ! 闇のカルマちゃんの処女は拙者のだぞ!」
「そこで這いつくばって闇のカルマちゃんが俺らに犯されるところを見てろよ。最高のショーだぜ?」
「俺らのを排泄したら、お前にくれてやるよ。そのまま情けない短小のアレでヘコヘコ腰振ってればいいだろ?」
「じゃあ処女はどっちが貰う?」
「じゃんけんで決めようぜ。やっぱり公平性って大事だよなー」
ちなみに言っておくと、カーマは処女じゃないぞ。そうして公平性を熱弁してじゃんけんした男二人。片方が架空の処女を奪うべく股間を晒したら。
「…………」
カーマは死んだ目になった。
「やめてくれ! いくら払えばいい! 闇のカルマちゃんを抱いていいのは拙者だけだ!」
「まぁ気にすんなって。女なんて誰にモノでもアンアン鳴くから」
「ちぇ。俺が処女貰いたかったんだがなぁ」
もうここでカーマを犯すのは男二人にとって決定事項らしい。で、あれば俺が遠慮する義理も無いわけで。ブーン、と高速でハエが飛んで、股間を晒している男の目にとまった。
「ち。なん……ハエか?」
パチンと顔を叩くが、それより早くハエは飛び立って、そのまま男の頭部を一周して逆の目に留まった。
「うざってえ!」
ハエを叩き潰そうと腕を振り回す男。もう一人が苦笑する。
「ハエに構うよりやっちまえよ。こっちは順番待ちしてんだから」
「思ったよりハエがウザくて……」
そうして一匹のハエを追い払うように腕を振り回す男と、それを笑う男。そして床に這いつくばって呻いている喪武タロウ。ついでに腕を拘束されて動けないカーマ。全員の視界をハエが埋め尽くした。それこそ蝗害でバッタが視界を埋め尽くすような。その規模ほどではないにしても、廃ビルの一空間を埋め尽くすほどのハエが侵入してきて、およそ大体の人間がドン引きする程度の大群がブンブン飛びまわる。元々ハエはあまりいい印象を持たれていない。気持ち悪い。汚い。下品。そんな存在が数千匹も一気に現れたら、そりゃ普通の人間は混乱するわけで。
「ちょ! ま!」
「うげ! キモ!」
そのままハエがブンブンたかって、視界を埋め尽くし。もはやカーマをレイプするどころの話ではなく。逃げ去っていく男二人。その二人にハエの使い魔を一匹ずつくっつけて。
「大丈夫か?」
俺はそこに現れた。さすがに頭部を殴られた後なのでちょっと意識回復に時間はかかったが、それでも間に合わないほどではない。カーマにはハエの使い魔を付けていたし、殴られても治癒は続行されるし、そもそも攫われたのが近くの廃ビルなので、そこまで致命的な距離でもない。カーマの腕を解放して、口元のテープを外す。
「このハエって……」
「俺の使い魔」
さっきからハエの羽ばたきの音がブンブンやかましい。しかも数千匹レベルなので公害というか騒音というか。
「闇のカルマちゃん! 大丈夫かい!? 何もされてないよね!?」
「ええ」
喪武タロウの心配に、晴れやかな笑顔でカーマは肯定した。
「私の大好きな先輩が助けてくれましたから♡」
そう言って俺にキスをしてくるカーマ。ソレをまざまざと見せられて喪武タロウの脳は飛び散った。ていうか警察に連絡しないといけないというかなんというか。




