第110話:埋まるピースと……
「ふう」
二学期も入って数日。俺はまだ残暑の厳しい季節に、学生カバンに詰めるべき教科書と参考書を選別しながら入れていく。放課後のことだ。学業が終わったので、帰る者、部活に行く者、事情がある者、様々だ。教室では生徒らが少しずつ去っていって、俺はそれを眺めながらギシギシと教室の席の椅子を鳴らしていた。一人一人いなくなって。最初に部活所属の生徒等がいなくなって。クレープを食ってアウトスタグラムに上げようというギャルたちがいなくなって。グダグダ話をしていた男子グループがいなくなって。俺も文芸部に行くつもりではあるのだが。
「――――――――」
何か。無意識に悟れる声を聴いた気がして。
「あのさ。お前、何?」
一人残った教室で、一人しかいないはずの教室に、俺は声をかける。違和感は膨れ上がるが、姿も見えないし声も聞こえない。そもそもここには俺しかいない……はずなのだが。
「ま、ちょっとだけ話に付き合ってくれ」
誰もいない教室で、誰もいない空間に独り言を呟く。
「俺にとって最も大事なのはツクモを蘇らせること。そのために魔術に興味を示し、半村領域の異常性にも期待していた。ここではあまり魔法検閲官仮説が働かないからな」
誰も聞いていない。そのはずなのに、俺の声は止まらない。
「だからここでは魔法も墓穴効果も一般的な現実世界よりは成立が簡単だ。そこで何か奇跡でも起きて、ツクモと再会できないか。ソレを俺は期待していた」
この世に奇跡があるのなら、それはきっと世界の外で行なわれるのだろう。
「奇跡は起こった」
だから俺は言う。
「お前は俺に奇跡を起こしてくれた。死者の蘇生というこの世界では許されない奇跡を」
そうだ。今独り言を喋っている虚しい俺を見ている誰かが、俺を蘇生したのだ。
「代わりにお前は何を失った? 墓穴効果は絶対だ。俺を蘇生する代わりに、お前は何を差し出した?」
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。一人で虚しく喋っている俺が、その不合理性を誰より理解しており。
「だから言う。ありがとな」
何か違和感を覚えるが、それも些細な事。
「ちなみにな。墓穴効果で言えば、アキラも行使していたんだよ」
返事はない。でもそれでいいだろう。
「俺を確実に殺すために俺の願いを叶える。俺を自分で殺すことを条件に。彼女は自分に不利になる墓穴効果を呪術誓約として誓っている。もちろんそのままならアキラの思い通りだ。そもそも死んだ人間に願いは叶えられない。墓穴効果の裏をかくルールだが、効率性では類を見ない。実際に俺は死んで、そのまま終わるはずだった」
だからこれは奇跡なのだろう。
「つまり誰かが俺を生き返らせることをアキラは想定していなかった」
結果確実に俺を殺し、そのまま終わってしまうはずだった俺はここにいる。そしてその奇跡によって、墓穴効果の対価を手にした俺はツクモを蘇生する権利を得た。アキラにとっては不都合も極まるだろう。俺の最愛の人。ツクモの蘇生は恋愛的に言えばアキラにとっては悪夢だ。
「もう一度言う。ありがとな」
だから見えもしない、聞こえもしない、感じもしない誰かに俺は言う。そして願いを叶える。
「急々如律令」
だからこれは俺の我儘だ。
「俺を蘇生してくれたお前の墓穴効果を解呪する」
特に派手なエフェクトは無かった。光が舞ったわけでも、風が踊ったわけでもない。俺はアキラに与えられて、一度だけ許された奇跡を、俺を蘇生してくれた相手の墓穴効果……その解呪に使った。ツクモの蘇生に使いたい気持ちはあった。当たり前だ。俺は誰よりツクモを愛している。でも今は。それよりも。俺を救ってくれた奴の顔を拝みたかった。
「……ッ……ッ……ッ!!!」
そして解呪は完了。俺はそのままふう、とため息をついて、俺に纏わりついていた呪術誓約が消えることを何となく勘で悟っていた。ただ一回だけアキラに対して不利になる願いを叶える魔法。それをツクモの蘇生ではなく、恩人の解呪に使ってしまったのだから。
「なん……なんで……なんでよぉ……ッッ」
「そうだよな。お前だよな。お前しかいないよな。砂漠谷エリ……」
なんで今まで忘れていたのか。考えるまでもない。俺が一生エリを認識できなくなることを条件に、彼女は俺を蘇生したのだ。俺に愛される権利を放棄する代わりに、俺の蘇生を世界に願った……とも言える。
砂漠谷エリは、俺を捨てることで俺を救ってくれたのだ。
「良かった。このことに願いを使えて。お前を忘れたまま生きるなんて……そんなこと」
ピシャンとビンタされた。涙ボロボロで、俺を睨みながら、俺のやったことに不満というか激昂を覚えて、エリはビンタしてきた。
「生徒指導に報告していいか?」
「なん……で……! ボクは都合のいい女でしょ! そのままツクモさんと恋仲になればよかったじゃない!」
恋敵のリンカは死んだ。俺はツクモを蘇生する権利を得た。そしてお膳立ては全部エリが整えてくれた。だから後は俺は幸せになるだけだった。
「ちなみに、本気で言ってるか?」
「だって……ボクより……ネバダは……ツクモさんを……ッッ」
それ以上何も言わせず。俺はエリにキスをした。思い出した。こうやって俺はエリと何度もキスしたんだよな。
「愛してるぞ。エリ」
「世界で一番?」
「ああ、世界で一番だ」
「誰よりも?」
「誰よりも、だ」
そのキスをしたまま、俺は彼女を抱きしめる。エリが今俺の胸の中にいる。無茶苦茶にしたい。猛る俺の性欲がそのように暴れ狂う。
「ところでだが。今日はまともな格好しているんだな」
「ネバダにサービスする意味もないし」
場合によってエリの露出癖から全裸で現れる可能性も無いではなかったわけだが。あくまでエリを思い出しのは解呪の後なので、そこまで危機意識は持っていなかったが。
「言っとくがお前の墓穴効果は全部解呪したから、もうお前は他人の目に映るからな」
「じゃあボクの美少女も無し?」
「いや? あくまで解呪はデメリットだけを対象としている」
そもそもメリットを解呪すると俺が死ぬ。今の俺は呪術誓約によって生きているだけだ。とはいえオルフィレウスエンジンもあるので、やはりイモータルキャンセラーでもなければこれ以上死ぬことも無いだろうが。
「好き……好き……大好き……ネバダ……ッッ」
抱きしめる俺を抱きしめ返して、エリは俺にそう言う。嬉しい言葉だ。俺だってエリのことを愛している。
「でもネバダは誰にでもそれを言うから」
「よくご存じで」
「でも今だけは……ボクのために大好きって言って?」
「エリ」
エリ・エリ・レマ・サバクタニ。神すら見捨てた彼女を俺は拾い上げた。そのことだけでも男して誇らしい気持ちになる。
「大好きだ。エリ。俺はお前を愛している」
彼女の瞳を覗き込んで、真摯に言葉を紡ぐ。彼女の白い髪がシルクのようで。その傾城の美貌が俺を捕らえて離さない。
「ん……」
「ん……」
どちらともなくキスをして互いに唇を重ね合う。さて、そうするとだ。問題が一つあって。アキラとカーマとレアスに、エリのことをどう説明しよう? めでたしめでたし。
Fin
※―――――――――――――――※
これで完結です。
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