8話 天敵
海から突き出てくる、鋭利な殻を持つ巻き貝の様な生命体は、私達の乗る船を執拗に突いてくる。
狙いは私達が釣った魚で、それが好物みたい。ただ、これは八聖神の1体シャグィアサンも好きみたいで、毎度取り合いをしているらしい。
「それにしては多いぞ!」
「旋回〜! 後ろに回れ!」
「船長! この個体群、かなり強いですよ!」
「えぇい! お前ら、怠けてるんじゃねぇよな!」
そして、若干私達の方がピンチになってる。
「どうしたってんだい?! リーチャ! しばらく陸に居たから、腕鈍ってるのかい〜!?」
「くそ……!! 誰が俺達を陸へやったと思ってるんだ! 何でそこまで海に愛されてるんだ、てめぇ! さっきの宝珠だか何だかは使えねぇんだろ!」
「アッハッハ! まぁ、実は私達にはもう一つねぇ、海の加護を持った宝玉があるのさぁ! これも海神の加護でーー」
「ん? あ、待て。その宝玉、有効期限が過ぎてないか? 数百年前に作った物だ。良く見つけたな」
「はい?」
イルネさんが自慢気に宝玉を出しながら話している所で、まさかの発言がシャグィアサンから飛んできました。
というか、あれって期限あるの? まるで脱臭剤みたい。ということは、もし期限が切れていたら……。
「イ、イルネ姐さん! 相手が……!」
「いっ?! なんて数!!?? お前ら、ちょっと、避けーー」
「む、無理っす!!」
「いやぁぁああ!!」
うわ……数体に囲まれて小突き回されている。しかもパス回しみたいにして、突き飛ばすようにして、次のやつ次のやつと回しながら同じ所を……って、あのままじゃ沈むよ!
『リーチャさん。何とかイルネさんを……あっ』
それを見ているリーチャさんの、なんて悪そうな顔。何なら今までで一番悪い顔をしているね。
「どうしたってんだ〜イルネ〜楽勝な感じだったじゃねぇか〜助け欲しいか〜? あ〜?」
「くっ、誰が……ちょっ、あんたらしっかりと距離をーーあぁぁぁ!!!!」
いや、まぁ……あれだけの数で囲まれたら、距離を取ることも出来ないだろうね。そして私達の所も徐々に増えていっているんだよね。どうなってるの?! この貝は!!
『なんで次々と増えてるの?!』
「チッ! 向こうを挑発している場合じゃねぇか。こいつらはな、群れとまではいかないが、割りと集まって行動をするんだよ。んで、場所や海域によっては、その特徴や強さが変わってくるんだ。その中でこいつらは、かなり強い」
そりゃあ、シャグィアサンも困る程だもん。その八聖神も、尾を使って弾き飛ばし、近寄らせないようにするので精一杯みたいだ。
それで、私達の船も激しく揺れていて、直撃は何とかかわしていても、掠めるだけでも凄い威力で船を揺らされる。私達もしがみつくのに精一杯だよ。
『何か方法ないんですか!?』
このままだと本当に沈められてしまう。
船員の男性達は、鎖と銛を駆使し、一匹ずつ固定しダメージを与え、怯んだ隙に砲弾で本体の柔らかい部分を打ち、何とか仕留めてはいる。だけど、一匹仕留めても二匹やって来ている状態で、全く追いついていない。凄い手際の良さで、流石だな〜って思っていたけれど、それを上回る数と速度で攻撃してくるもんだから、状況を打開することが出来ていない。
「ミレアさん、あの……」
『どうしたの?』
そんな中で、リーシアさんまで顔が真っ青になっている。あ、まさか……。
「わ、私も……限界……です」
『吐くならそっちね』
「は、はいぃ……」
そう言いながら、リーシアさんはヨロヨロと歩き、何度かコケては吐きそうになってを繰り返し、船の中央付近でうずくまるルリアちゃんと一緒に、ドサリと倒れ込みダウンしてしまった。
こちらの唯一の頼みの綱である、魔法が使えるリーシアさんがダウンするなんて……というか、魔法で酔い止め出来なかったのかな?
「はぁ、はぁ……体術強化、の魔法……未習得で。要らないと思っていました。こういう時の為に……習得しておけば……うぅ」
『あ、うん。無理に喋らなくていいよ』
そういう分類があったのか。この鉄板付きの船が若干浮いているのも、物に対して効果を与える魔法とか言っていたね。
要するに、こんな大型の船でも、例の貝相手に急旋回やら急発進、急停止が出来るのは、船を海面からほんの少しだけ浮かし、移動しやすくしていたからなんだ。
だからと言って、この状況を打開出来る程ではないんだよね。
さて、どうしましょう。
「おぉ、そっちの嬢ちゃんはよく落ち着いていられるな」
『いや、もう……さっきからゴロンゴロンともう……何か他に弱点ないの?』
腕組みして体育座りのままで、船が激しく揺れる度、起き上がりこぼしみたいにコロコロ転がされてみなさいな、流石に私でも痛いよ。
ちなみに、例の子はまだピンピンしてる。戦闘能力ないからって、ちょっと開き直り過ぎてないかな?
「あ、思い出した。この貝って、八聖神への牽制として生み出したって、父様が言ってた」
『なんでそんな事を?』
もう何も思いつかないから、この子に何とかしてもらおうと思っていたら、そんな事をポツリと呟いてきました。僕じゃなかったら聞き逃していたよ。
「あ、聞いてたんか? しゃ〜ねぇ。八聖神ってのは、ある事の為に生み出されたんだけれど、何せ力も凄かったから、反逆されるとマズイと考えたんだ。だから、そいつらを抑える為の天敵を用意した。それが、あの貝。ドリル・シェルだ」
『そのまんまな命名』
「まぁ、分かりやすくだな。というか、僕が言ったんだ。最初なんか、ドルルゾッゴ・アツェイトルフ……なんだっけ? なんか、そんなややこしい名前を付けてたからな」
ネーミングセンス皆無ですね。それは確かに、直せって言いたくなるね。
ただ、そんな天敵を用意してまで、八聖神を作った意味が分からないんだよ。
「この世界の奴等、野生の動物や生き物に、あんまり名前を付けてないだろ?」
『あぁ、そういえば……』
ある程度は名前で呼んでいるけれど。要するに学術名や、研究するために必要な生態名というものがあんまり無い。それってつまり……。
『この世界って、研究者がいないの?』
「ご名答」
待って待って。それじゃあ、生態研究もしていない事になるから、誰がどうやってこの貝の特徴を知ったの?!
「そういう生態の特徴や、野草とか薬の知識を与える役として、八聖神がいるんだ。奴等がその知識を人々に与え、生活を豊かにさせている」
なるほどね。そういう役割があったんだ。それで、念の為に反逆しないようにと作ったのが、この貝ですか。ややこしいことを。あれ? それなら……。
「お〜気が付いたか。そうだ、この貝が暴れても困るから、こいつらにも天敵がいる」
『そんなややこしいことをするくらいなら、研究者も生み出したらいいのに……』
「父様が嫌いなんだよ。あいつら偉そうだし、あいつらの考えてる事が分からないってさ」
とんだイチャモンつけてる。それはそれで困っているだろうに、全くもう……。
それでも、私の考え通りなら、この貝達を何とか出来るかも知れないね。天敵がいるのなら、そいつらに登場してもらえばいいんだ。
『こいつらの天敵は?』
「浜辺の蟹だ」
『そっかそっか〜って、カニ?』
「そう、蟹。小さいけれど肉食性にしていて、集団で獲物に襲いかかって、あっという間に肉がなくなり骨だけになる。あの巻き貝だと、隙間から入り込まれて、あっという間に中身を食われて貝殻だけにされてしまう。とても恐ろしい天敵さ」
『そんな生物を浜辺に置くなよ』
人間の方も危険じゃないか……。
「ただ、こいつの身は絶品だからな。食通の人間達がかなりの量を漁るから、こいつらの天敵は人間だ」
なるほどね。ということは、その蟹の対処法もあるということか。って、今その蟹にやって来てもらおうとしても、小さいとなるとそれなりの数が必要になるじゃん。こんな大量の巻き貝に対して、どれだけ必要なんだろう。
あぁ、もう……それはそれで面倒くさいね。仕方ない。
「私も、この巻き貝達の天敵」
「え? あ、お前!! また世界を……!!」
そうなんだよ。この子が居る以上、目の前で世界改変なんて事をしたら、こうやって文句を言ったりしてくるだろうなって思っていました。だから、極力したくなかったんだ。だけど、もうこれしか方法がないです。
『このままだと、私どころかあなたも海の藻屑になるよ』
「……はぁ、そうなんだよな。まぁ、それくらいならしゃ〜ないか。せいぜい巻き貝達の天敵が1つ増えただけだし、それ以外には特に影響はないか。お前が余計な事さえしなければな」
『大丈夫、そこまではしないから』
そんな訳で、船を貫こうとしていた巻き貝達は、その攻撃を一斉に止めた。何せ、今この瞬間から、襲っている船に天敵と同じ気配を持つ者がいるから。
自然界の動物達は、天敵に対して為す術もなくやられる事もあれば、足音や動く時の微かな音、後はもう気配とかそういうものを敏感に察知し、一目散に逃げる時もある。立ち向かう時もあるけれど、それはかなり限定的なんだよね。
ということで、巻き貝達はあっという間に海へと潜っていき、そのまま退散していきました。