あと40日
NTR進捗状況
輝が学園祭の駿の漫才を止めようとするが正の説得で戻ってくる。
田中 正 :主人公、
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる。
金谷 駿 :イケメン、クラスでは人気者、幼馴染とフラグ建築中。漫才をやりたい。友達の彼女に手は出さない。
黒川 輝 :チャラい、イケメンの取り巻き。演技派。駿の漫才の相方。
季節外れの文化祭は普段に比べれば大分大人しいものになっていた。混雑を防ぐために教室内の催しは数を減らし代わりに屋外での掲示が目立つ。その中でも一際人を集めているのが校庭の真ん中を占めているステージだ。芸能人でも来るのかという人の集まりだがよく見ればこの辺の高校に通う女子が多いことに気付く。この辺りでは有名なイケメン高校生の駿が学園祭で漫才をするというので集まってきたのだ。ただ、それにしても多すぎる。そして、今はこの多すぎる観客が問題になっている。
正は校舎を走りながら輝を探していた。もうすぐ駿と輝の漫才が始まる予定の時間。にもかかわらず輝が姿を消して行方が分からなくなっている。準備室で会話した駿の様子が頭をよぎる。
「大丈夫だって、どうせうんこで遅れてるだけだよ。それに、いざとなったら俺一人だって。」
あれは間違いなく強がりだろう。思ったよりも数倍の観客の前で、用意もしていない一人のネタをするなんていくら駿でも無理だ。とにかく正は輝を見つけ出して無理やりにでも引っ張っていかなければならない。時間は刻一刻と迫っている。
正は色んな生徒に、それこそ顔を知らない生徒にも聞き込み屋上に上る輝の姿を見たという証言にやっと出会った。予定の時間はとうに過ぎている。正は時計を確認するのを止めひたすら全力で走ることに集中する。
校庭で歓声が上がる。輝が戻ったのかと視線を送ると駿が一人でステージに立っている。駿はもう予定を後ろにずらすことができずに、遂に一人で壇上に上がったのだ。マイクで拾われる簡単な自己紹介が聞こえる。
「あの、今日は集まってくれて、あの、ありがとう、ございます。僕は、いや、俺が漫才を始めたのは、きっかけは、あの、」
いつものリラックスした余裕のある駿の話し方とは違う、緊張し、何度も口ごもり、聞いているだけで怖くて震えてくるような声だ。
正はようやく屋上へと続く扉にたどり着いた。本来なら固くカギで閉ざされているはずの扉が開いている。そして、そこからは笑い声が響いている。
「くっは、くっく、だっせー。何だ今の。」
輝が屋上の特等席で駿の無様な姿を笑っている。正はその場所にたどり着いた。
「輝、漫才が始まる時間だからさ、こんなところで油売ってないで、早く来てよ。」
無駄と知りながら輝に告げる。そんな正を輝が冷たい目で振り返る。
「おう、正じゃん。俺の大親友の正じゃん。」
まったくそんな風に考えているとは思えない表情で輝が言う。
「俺さー、正に感謝してるんだよね。俺、正の話聞いて気付いちゃったんだ。俺がさあ、駿みたいに人気者になれるわけないってさー。昨日の正の顔見て気付いちゃったんだ。正ってさー、俺にちょっと似てるじゃん。他人が羨ましくて、妬ましくて、それで離れようとするか媚びようとするか、そこだけが違うだけじゃん。」
輝の表情にふざけた様子は無い。きっと、これが初めてだ。輝が本音を、自分の心の中を何のためらいもなくしゃべっているのを聞くのは。
「だからさー、気付いちゃったんだよ。俺が何をすべきかって。俺が駿を超えられないならさー。駿に落ちてきてもらおうって。だから正には感謝してるよ。」
輝の目に徐々に暗い喜びがともる。駿が遂に漫才を始めた。ボロボロの挨拶をさらにひどくした内容に校庭は静まり返っている。正はそんな駿を見るのが耐えられなくて、視線を輝に合わせる。
「お願いだ。駿が、このままじゃ。何をすればいい。僕が何かすれば輝が戻るっていうなら、何でも、」
「じゃあさ、土下座してよ。」
輝が嬉しそうに言う。正はそれを聞いて一呼吸もためらわずにその場に額をこすりつける。土埃が口に入りじゃりじゃりするが、そのままの姿勢で待つ。輝が歩き出すのを。
「えっ何してんの正。じょーだんだよ、じょーだん。」
その輝の一言に正が顔を上げる。その顔を見ながら輝は改めて言う。
「からかってみただけだから。俺はここで駿が落ちてくるのを見てるよ。」
正の表情の変化に満足したのか、輝は駿の様子をじっと見ている。屋上で誰にも邪魔されずに、じっと。
これは正のミスだ。もっと輝の心情を理解するべきだった。これは正が招いたことだ。もっと大勢でここに来ていれば説得できたかもしれない。これは正の問題だ。駿に誘われた時、安易に輝を押し付けた。
「「「しゅんくーん。がんばってー。」」」
校庭に集まった女子生徒の黄色い声援が壇上の駿に飛ぶ。それは駄目だ。その声援で初めて校庭に笑いが起こる。そうじゃないんだ。その笑い声に駿の口が止まる。正にはよくわかる。笑いものにされた時、人はどうすべきか分からなくなる。きっとその笑いに乗っかって陽気に振舞うのが正解だろう。でも、そうしたら、きっと傷ついた自分を裏切ることになる。きっと後で後悔してそんな自分を嫌いになる。きっともう二度とその場には立てなくなる。
正は思い出した。駿が漫才を語っているときのことを。目標を、夢を語るまっすぐな視線を。目指していたもののずっと手前で、こんなところで、駿の歩みが止まってしまっていいのだろうか。
そんな、はずはない。
駿が何か言いかけてどもるたびに笑い声が聞こえる。それは、笑っているのではなく笑いものにしてる声。正の脚が震える。今から、その声の真ん中に行く。恐ろしく怖くて、でもだからこそ行かなければならない。駿が待っている。
「どーもー、遅れてすいませーん。実は渋滞に会っちゃって。あっ渋滞って言っても、あれですトイレの渋滞です。もー前の人がすっごいうんこして行って、流れなくなっちゃったもんだから、これがすごい渋滞で。」
正は頭の中で何度も練習したフレーズを一呼吸でしゃべり切る。何か考えてしまえば、緊張で止まってしまうと分かっていたから。突然ステージに現れたもう一人の高校生に校庭に集まった観客はざわつく。隣に立つ正を見て駿も驚きで何も言えなくなっている。だけど、この場で細かく打ち合わせなんてしている余裕はない。だから、必死に思い出す。きっと駿なら合わせられる会話を。
「そう言えば、この前の授業で王水ってあったじゃないですか。」
大丈夫、駿なら覚えている。化学の勉強で出した話題だ。
「え、ああ、ありましたねえ、そんなの。濃硝酸と濃塩酸でしたっけ。」
駿の表情で思い出したと確信する。正はその表情にうなずく。駿がうまく合わせてくれれば、後は僕の主導でなんとか形にできる。
「あれ聞いて、僕思ったんですよ。濃硝酸と濃塩酸のコンビって実は上手くいってないんじゃないかって。」
「え、どういうことです。」
「じゃあ、僕が濃塩酸やるんで、ちょっと濃硝酸やってください。」
「ええ、いいですよ。」
その駿の一言でコントが始まる。
「どーもー濃塩酸です。」
「どーもー濃硝酸です。」
「僕たち3:1で混ぜると、」「王水になります。」
少したどたどしいが仕方ない。駿はとにかくあの勉強の時に聞いた情報で正のネタに合わせているのだから、テンポが遅くなる。それでもなんとか形にはなっている。
「この前、僕たち合コンしたじゃないですか。」
「ああ、しましたね、合コン。」
「遷移元素の子たち、めっちゃ盛り上がってたじゃないですか。」
「えーあーそーですよね、塩酸と硝酸が合コンするなんて金属ぐらいですよね。ていうかそれ合コンじゃなくて溶かしに行ってませんか?」
「なに言ってるんですか、僕らの業界では合コンって言ったら、溶かすことじゃないですか。そんなことより、濃硝酸さん、ニッケルちゃんとすっごい盛り上がって溶かしてましたよね。」
「ええ・・・、ええ。ニッケルちゃん俺にすっごい反応して溶けてましたよ。」
「・・・今、言いましたよね。ニッケルを溶かしたって。」
「いや、いえ、そんなこと言ったかなあ。」
「おかしいですよね、濃硝酸とニッケルじゃあ不動態ができて溶けませんよね。」
「いや、あの。」
そこで大人しかったしゃべり方を急変させて正が怒鳴る。
「警察だあ!お前を詐欺罪で逮捕する。さあ、さっさと吐け。見ろ、こんなに薄いじゃないか。これは、お前は希硝酸だな。」
「違うんですー、刑事さん。ちょっと濃硝酸に憧れて。」
急に変わったテンポに観客は驚き、そしてステージで始まる捕り物劇に興味を惹かれる。
「きさまー。自分がやったことが分かっていないな。さあ、とっとと歩け、署でジックリと話を聞かせてもらうぞ。」
「助けてください、刑事さん。違うんです。無実なんです。」
駿がおおげさな演技で警察に引きずられる犯人を演じる。正は、パトカーに乗り込む演技をして口からサイレンの音を出す。
「うーーーーーー。」
「違うんですーー。」
そのノリで二人は一時、ステージの下に退場した。
集まった観客からさざ波の様に笑いが起こる。ネタの面白さというよりも最後の寸劇が受けたのだろう。とはいえ場の空気は変わり始めている。ステージの下で一時、ネタを合わせられる時間を得た正と駿はこの隙に何とか最低限の打ち合わせをした。
「どーもー、正です。」
「どーもー、駿です。」
さっきのコントが何とか形になったおかげで幾分、好意的な拍手で迎えられる。
「ところで駿さん。アニメって見ますか。」
「ええ、見ます見ます。」
「ほら、電気で動くロボット。いたじゃないですか。」
「いましたねえ。」
「あれ、もし停電になったらどうするんだろうってずっと思ってたんですけど、この前の授業でダニエル電池の仕組みを聞いて思いついたんですよ。」
「え、どうするんですか?ちょっとやってみてくださいよ。」
そこで、一旦、会話を止めると、観客を見る。大丈夫、ちゃんと僕たちのコントを聞いている。それだけ確認すると駿に視線を送り呼吸を合わせる。
「「コント、エヴァ〇ゲリオン。」」
「動いてよ、ここで動かなきゃ。」
「無駄よ、シンジくん。電池が尽きたの。」
駿がワザとらしい女声でしゃべる。内容よりもまずはそのしゃべり方で観客が笑う。何でもいいから笑いのスイッチを入れる。まずはそこから。
「えっ、エヴァって電池で動いてたんですか?」
「そうよ、シンジくん、ダニエル電池で動いてたの。」
「随分原始的な電池ですね。もっとリチウムイオン電池とか最新のやつを。」
「そんなことよりシンジくん。ダニエル電池を復活させるのよ。」
大丈夫。誰でも知っているようなアニメだ。何となくでも観客はついてこれている。
「でもミサトさん、そんなのどうやって。」
「負極の亜鉛が溶けてなくなってしまったの、だからあなたが亜鉛になるのよ。」
「亜鉛ってあのサプリの。僕の父さんがよく飲んでる。」
「やめなさいシンジくん。それ以上は下ネタになるわ。」
「でも、亜鉛になるなんてどうやって。」
「それはね、あなたが電子を放出すればいいの。」
「そんなの、わかんないよ。」
意外と似ている正のモノマネもあってネタの部分でちゃんと笑いを引き出せている。徐々に正と駿の態度に自信が見え、校庭の雰囲気が笑いの方へと傾いていくのが分かる。
「落ち着いて聞きなさいシンジくん。電子っていうのはね男の魅力に惹かれるの。だからあなたが男の魅力を下げればいいのよ。いまアンビリカルケーブルの先には碇指令がいるわ。」
「父さんが!」
「そうよ、シンジくん。だから男としての魅力を下げるようなことを考えるの。」
「わかったよ、ミサトさん。・・・アスカの胸ってちょうどいい大きさだよな。」
「いいわよシンジくん。ぐんぐん電気が流れてるわ。」
「ミサトさんって絶対僕に気があるよな。」
「すごいわシンジくん。もうすぐ全快よ。」
「・・・母x息子のAVっていいよね。」
「いけないシンジくん。それ以上は初号機が暴走してしまう。」
「ウオオオオオオオオオン。」
唐突な正の絶叫に観客が思わず笑いだすのが分かる。
やった。やれた。僕たちはやれた。校庭で膨れる笑い声がそのまま正を称賛する声に聞こえる。笑い声が上がるたびに正の自尊心が満たされ、快感になり、多幸感に酔う。震えていた脚のことなど忘れて。今の光景に夢中になる。まるでこの世界の中心にいる様な、世界中が自分を見ているようなそんな気分。正はただ、そんな笑いの魔力に堕ちて行った。




