あと72日
田中 正 :主人公、好きなマンガは月下の棋士。
橘 鈴 :幼馴染、寝取られる。
金谷 駿 :イケメン、クラスでは人気者、幼馴染とフラグ建築中。友達の彼女に手は出さない。
黒井 光 :小学生、頭の回るクソガキ。両親が喧嘩していて家に居難いから鈴の家に転がり込んだはずが。
正は鈴の家にもう一度来た。つい一昨日のことが頭をよぎる。光を糾弾したことで逆に鈴の家族から敵視されたことを。あの、大人に敵意を向けられる感覚。正のまだあまり長くない人生で初めての経験は、大人相手には大人しさを処世術に生きていた正には明確に恐怖の記憶だった。だが、それを理由に逃げることは考えられない。そう、昨日の決意は正にとってそんな生易しいものではない。鈴への気持ちをあきらめることは、その何百倍も恐ろしい。正は明確なヴィジョンを持たないまま、構わずインターフォンを押した。
「あはは、ほら鈴のここ、こんなに柔らかいよ、ほらほら。」
リビングに通された正が見たのは鈴にまたがってその服の裾から手を入れている光の姿だった。小さい子供がふざけて、くすぐっている。きっとそういった体を光は演出しているつもりなのだろう。だけど光の手を止めようとする鈴の目には小さな子供のふざけ過ぎを諫めるというには悲壮なものが見える。
「ちょっと、ダメよ、光くん。放して。」
「あはは、いいじゃんいいじゃん。」
「そうよ、鈴。光くんは家族の愛に飢えてるんだからこれぐらい。」
「あはは、そうだ、鈴。僕寂しいから今夜は鈴と一緒に寝るね。これ、もう決まりだから。」
「鈴、家族同然なんだからそれぐらい恥ずかしいことないのよ。」
光は鈴の母親を完全に味方につけ、我が物顔でやりたい放題していた。そこに鈴の意志は大した意味を持たなかった。
「いい加減にしろ。」
正は感情のままに光に怒鳴った。光と鈴の母親と、鈴が正を見た。
「お前の本性はもう分かっているんだ。それがただのいやらしいセクハラだって。」
正が遠慮なくぶちまける。だが光の余裕の表情は崩れない。それを証明するように鈴の母親の怪しむ視線は正に向けられている。鈴は、しかし正を心配する表情をしていた。
「なに言ってるの、正。そんなのただの妄想じゃん。」
「ただいま。」
正が何かを言い返す前に鈴の父親が返ってきた。
「なんだ、また居たのか。」
鈴の父親は正を見た瞬間、冷淡な態度が露骨になる。
「あのね、鈴のパパ。正が、ひどいんだよ。正が僕が鈴にいやらしいことをしてるって。」
光が慣れた手つきで鈴の父親に取り入る。鈴の父親はもう何度もそうやっているかのように簡単に騙される。
「また、光くんに難癖付けに来たのか。いいから、帰ってくれないか。」
一昨日向けられた敵意は如何程にも弱くはなっていなかった。だがそれに立ち向かう正は一昨日とは違い、少しも怯むことは無かった。
「いいえ、帰りません。帰るのは光の方です。」
「何を根拠に、そんなことを。また証拠もないことを言うつもりか。」
そんな緊迫した鈴の家に、無遠慮にインターフォンが鳴る。正はそれを待っていたかのように鈴の父親に向けて言った。
「証拠なら、今来ましたよ。」
鈴の家に新しく訪れたのは光や鈴の両親が知らない人物、鈴と光のクラスメイト、駿だった。
「こんばんは、夜分遅くに失礼します。ちょっと準備に手間取りまして。」
いつものふざけた調子とは違う、礼儀をわきまえた態度は鈴の両親が文句をさしはさむ有無を与えなかった。
「僕、こんな人知らないよ。こんな人、ただの嘘っぱちを言わせるために連れてきただけだよ。」
「そうだぞ。こんな知らない人間が何を言ったところで光くんの言うことを信じるに決まっているだろう。」
「そうよ、光くんはもう、うちの家族同然なんだから。」
鈴の両親が一斉に光を擁護する。
「お父さん、お母さん、もういい加減、目を覚まして。」
鈴そんな両親に切実に言うが、自分の娘の言葉が聞けないほど二人は妄信していた。
「ああ、もちろんですよ。俺が何か言うわけじゃありません。ただ俺は連れてきただけですから。ちょっと許可を取るのに時間がかかったので遅れてしまいましたが。」
駿がそう言うと、スマートフォンでどこかに電話をかけ、そのまま家人の了解も得ずに玄関の扉を開ける。
「さあ、入って。」
駿の言葉に促されて入ってきたのは、小学生ぐらいの女子児童だった。ぞろぞろと、一人や二人ではない。十人以上、そうまるで一クラス分の女子児童がさして広くはない鈴の家のリビングをすし詰めにした。
「げっ。」
女子児童の顔を見て光が一瞬悲鳴を上げる。光は当然、彼女たちの顔に見覚えがあるはずだ。忘れるはずがないだろう、ほとんど毎日、学校で顔を合わせているのだから。
光のクラスメイトの女子たちが互いの目を見合わせ、息を合わせて証言を始めた。
「わたしたち、この光くんのクラスメイトです。」
「このお兄さんに、光くんのクラスでの話をするように言われました。」
「光くんはクラスでいつもいやらしい話をしています。」
「光くんは女子のおっぱいを触ろうとしました。」
「光くんは近所のお姉さんの家に上がり込んで、一緒にお風呂に入ったって自慢してました。」
「光くんはスカートをめくって、めぐみちゃんを泣かせました。」
「光くんはおばさんでもいけるって言ってました。」
「光くんは近所のお姉さんの両親はちょろいからいくらでもだませるって言ってました。」
「光くんは今夜、大人の階段を上るって自慢してました。」
「光くんは・・・。」
二桁分の口が一斉に光の悪行をしゃべりだす。そこには光の鈴の家での振る舞いの真意だけでなく、まったく関係ない学校での悪行も含まれていたが、それがますます彼女たちの言っていることが真実だと物語っていた。ほとんど騒音に近い言葉の嵐を前に、もはや疑う態度など鈴の両親はとれなかった。光は小手先の技術では対抗できない迫力というものに直面して為す術を持たず圧倒されていた。鈴の両親の目は真実をようやく認め、そんな様子の光に対して徐々に冷淡になっていった。
彼女たちの、あの以前光に泣かされた女子の敵をとるという怨念がそうやすやすとは消えることは無く、そんなことはすっかり忘れていた光の足をものの見事にすくって見せた。あっけにとられる光と鈴の両親を見ながら、見ず知らずの小学生の両親たちを説得してここまで連れてきてくれた駿に正は感謝を示すようにハイタッチをする。
未だに鳴り続ける、女子小学生たちの声の洪水の中で直ぐに消えてしまったその手を鳴らす音は、しかし正の心の中ではしっかりと刻まれていた。




