第4話 陽は沈み、雨と共に訪れるモノ
6月6日 月の日 20時30分 鉄雄の部屋
今日は随分と楽しんだなぁ……失っていた青春が戻って来たみたいだった。少女達と一緒に過ごすと自分も若くなったと錯覚してしまうのは年を取ってしまった証拠なのだろうか?
「どこに飾っとくかな……」
今日の思い出を忘れないために無くさないために、アンナから貰った黒い石のストラップをどこに飾って置くかそれが今の贅沢な悩みだ。この部屋はなにせ物が無い、ボックス棚があっても入っているのは服とアブソーブジュエル、棚の上に破魔斧レクスが飾られている。テーブルなんて無く、ひっくり返した木箱が俺の勉強机。
棚の中にしまうんじゃなくて飾りたいんだよなあ……。
「お望みとあれば壁に引っ掛けれるようにしようか?」
「うおっ!? いつの間に?」
最近また使用人スキルが上がってないか? 音もしなかったし気配も全然気づかなかったぞ……。
「へぇ~、これがアルケミーミュージアムのお土産なんだぁ~」
「あ、ああ……そうだな──ちょっと近いぞ……」
顔を寄せて俺のお土産をまじまじと観察する。
「へぇ~、ほ~ん、なるほどねぇ~アンナちゃんに貰ったんだよねぇ」
この態度……何か変だな? 外にいる時はセクリも俺に仕えている体だが、この部屋にいる間の俺達は同じアンナの従者として対等。上下関係もなくなり言葉や纏う雰囲気が非常にゆるゆるになる。それを抜きにしてもこのねっとりと攻めるような言葉。
「もしかしてセクリも欲しかったのか?」
「──っ!?」
わかりやすく驚いた表情を見せてくれる。図星だな。
「正直言うとボクも欲しかった……2人の為にお仕事がんばってたのにボクにはお土産話だけ……それも嬉しいけどテツオとアンナちゃんが持っててボクだけ何も持ってなくて寂しい……」
「……今度アンナに三人でお揃いの物頼んでみるか」
その気持ちはわからないでもない。むしろわかりすぎる。俺だってセクリとアンナがお揃いの髪型してたら嫉妬の炎を燃やす。いや事実燃やした。髪が短いことを悔やんだ。だからと言って俺とて心が狭いわけではない。対抗心から見せつけるような行為は一切していない。
だが、どうしても感じてしまう。特別な繋がりの中に自分だけが入ってないような疎外感っていうのを。
「3人でお揃い! なんだかいいねそういうの。仲間って証明できるみたいで」
「まあそんな物が無くなって、俺は仲間だって信じてるけどな。俺ですらこう思えているんだからアンナもそう思ってるはずだ、話せば錬金術で何か作ってくれるかもしれないぞ?」
「だといいなあ。今度はボクもアルケミーミュージアムに一緒に行くからね絶対! ボクも一応錬金術で生み出された存在だから色々知っておきたいんだ」
完全に記憶から抜け落ちてた。こうして言われないとすぐ忘れそうになる。セクリはどうやらホムンクルスの完成形らしく。今はこうして使用人として共に過ごしているが、元々の作られた目的は人類種の保全。その為か男女両方の特性を有しているのが特徴。
……この特徴は忘れることは無いのに不思議なもんだ。
「まだ全部見きれてないからな。休み作って行けるようにすればアンナも喜んでいくだろう」
「話にもあったけど人工太陽ソルかぁ~。そういうのがあればこんな雨模様でも気にせず乾かせるんだろうなあ」
「しばらくは止まないらしいな。梅雨、いや雨期に入ったってことなのか?」
小窓に伝う水滴の道。耳を澄ませば心地よく届く雨の音。隙間風も無く雨漏りも無い安心安全の空間。転移したてには考えられない程の楽園だと改めて思う。
6月6日 月の日 20時30分 ???
日も沈み街灯が道を照らす王都クラウディア。昼の賑わいは鳴りを潜め夕食を終えたような時間に働いている者は殆どいない。いるとしても王都の門を警護する者程度。
だからこそ、王国騎士団調査部隊・防衛部隊・討伐部隊の隊長副隊長計六名が一堂に会している状況は異常事態を意味していた。
「地下収容所管理室より緊急の連絡が入った。人工太陽ソルに不調が見つかり、収容所の機能に関して言えば問題は無いが戦闘利用は不可能だと」
「何だってぇ!? いきなりすぎやしねえか!? だとするとこの情報が洩れたらやってきてしまうんじゃなねえか? アメノミカミが!」
「我々が極秘に集められるということでもしやと思いましたが……恐らくこの情報はバレているとみて判断していいでしょう。楽観的な考えは捨てるべきでしょう」
驚愕し声を荒げるは討伐部隊隊長ラオル・ブレイブ。事の重大さを受け止めるは防衛部隊隊長ホーク・ジャスティ。
アメノミカミという単語が出た瞬間、場に緊張が走り全員の表情が重くなる。
十年前の悲劇の参加者である二人にとってこの情報は苦い記憶を呼び起こすのに十分で姿勢を正させた。
「この集会ですらレインの能力を使って知らされたんだぜ。知る要素何て無いだろう?」
「不調の事実は隠しきれるものではない……1番ソルを見ている受刑者達が何らかの方法で外に漏らす可能性も高いだろう。だが、そんなことは関係ない。迎え撃つ備えはできている」
レクスと対峙した時とは比べ物にならない程の冷たい目つきをする調査部隊隊長レイン・ローズ。その瞳が宿す覚悟に誰もが息を呑むことしかできなくなりそうであった。
その空気の中手を上げるは若き討伐部隊副隊長ビート・アルファロア。
「今更な質問なんですけどアメノミカミって何ですか? 10年前に現れ名前や所業については知っているのですが、詳しい情報となると本も無く誰もが口を噤んでしまって……」
「そうだね、改めてアメノミカミについて説明しておこうか――」
アメノミカミとは、錬金術士が生み出したマナ・モンスターの1種。
見た目はスライムを想像してほしい。そう、全身が半透明で液体の性質を持っているそのスライムで相違無い。ただ全身を構成しているのは水だ。川を流れ雨で降り頻る水なんだ。それが膨大な量貯め込まれ一般的な家屋と変わらない巨体を成している。
そして、人間の頭以上の巨大なコアによって支えられている。
モンスター・コアによって制御されていることから10年前の被害は天災では無く人災だということ。なによりも未だ判明していない操縦者も影にいることを忘れてはいけない。
「要は巨大な水塊が意思を持って動いてくるってことですか?」
「ああ、その通り。だが、お前さんも知っての通りその程度の能力じゃワシらを退けることなど不可能。どれだけでかかろうとも水の塊に過ぎねえからな、まだバイソンの群れの方が恐ろしいわい」
続き、アメノミカミの能力は周囲の水を操ること、基本的にはこれだけだ。しかし、雨期という環境が合わさることで無敵に近い能力を発揮する。
自然に溢れる魔力を集め、周囲の水を利用して無制限に無尽蔵に攻防一体の水の魔術を発動し、こちらが水塊をいくら蒸発させたり吹き飛ばしても雨や地表の水分を集め再生する。コア以外に攻撃しても意味が無いが、水塊を剥がさなければコアには攻撃が届かない。
奴の攻撃は影響下にある水全てと考えていい。水溜まりに足を踏み入れた瞬間全身が水に覆われ溺死した者もいる。陸にいるはずなのに波に襲われた者、噴水に吹き飛ばされた者、ありとあらゆる水の現象が襲い掛かって来た。
大きな問題として雨期によって水属性の魔力が満ちていることもあり、他属性の力は激減している。影響を受けていなかったのは水、氷、風だったはずだ。
「ただ減少するのは魔術の類であって錬金術で生み出した火属性の魔石や炎の爆弾フェルダンは使うことができます。しかし……決定的な攻撃にならなかったのも事実」
加えて雨雲や雨量を操作する能力を有していると考えられる。これが奴を無敵と言わしめた鍵だ。
雨期によってライトニアの空には雨雲で満たされそれが1ヶ月近く続くのは君も知っての通り。奴はこの雨雲を自由に操作し自身周辺を豪雨にすることで絶対有利な環境を作り出してくる。
だが、この力には大きな制限があると考えられる。好きな時、好きな季節に大雨を降らせるような自然の流れに逆らうことは不可能であると。あくまで元々存在している雨雲を操作しているということ。
「もし年中問わず天候を変えられるのなら錬金術の範疇を超えていますし、可能だとしても対価に見合う何かを用意できるわけがありません」
「あっつい夏や乾燥した砂漠とかなら最弱もいい所だろうが、最強となるタイミングで攻めてきやがったのがアメノミカミというわけだ」
「これが大体の説明となるかな。10年経った今でも心の傷が癒えて無い者も多い。雨を見る度に当時の光景を思い出し、恐怖で外を出歩けない者もいる。2度と悲劇を起こさないためにみんなに集まってもらった」
水の巨体、水を自由に操り、雨期という環境を味方に付けて弱点を無くす。ライトニア王国に未だ癒えきっていない傷を残した存在、それがアメノミカミ。
切り札の無い状況での討伐。次を無くす為に操縦者を捕らえなければならない。犠牲者を出さないために国民の避難場所・経路も確保しなければならない。
なさねばならない課題が多く存在していた。
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