第46話 黒き過去を白き未来に塗り替えて
5月25日 太陽の日 8時00分 アンナの部屋
朝食を終えてのんびりとしていると、得意顔のアンナが背中に隠しきれずにはみ出た例の物を持ってやってきた。
「じゃ~ん! はい、プレゼント!」
「おっ、とうとう出来上がったのか! それに鞘も随分立派にしてもらって……」
まるで子供の頃クリスマスプレゼントを貰ったときのようなワクワク感が湧いてきた。
中身がわかっていてもアンナが用意してくれたと言うのが何よりも嬉しいく心がポカポカするかのようだ。こういう純な気持ちは年をとっても消えないことを改めて知れるとは。
いや、それにしても……ここまで立派に変貌するとは……。
まだ外装だけなのに好奇心がグングン湧いてくる。
今までの急ごしらえで作った茶色い皮の鞘は、白く滑らかな皮に斧の形に沿った金属のフレームが入り形が崩れないようになっている。
飛び出ている持ち手は黒々と汚れた印象は綺麗さっぱりなくなり。陶器のような艶やかさに純白の色がなんとも映える。なによりも軽く握るだけでも手に吸い付くような一体感。完璧に俺の手に合っていた。
そして、綺麗な包装を破くような心で留め具のボタンを外し、渡されたプレゼントの姿を露わにする。
「これが新生破魔斧レクス……! それに本当に神聖感マシマシじゃないか……」
「ましまし? とにかく、わたしとしても自信作! レクスの改造に試験は関係無いから久々に思いっきりできて楽しかったぁ!」
感動して溜息が漏れるとはこういうことなんだろう。以前までの破魔斧レクスはただの武器だった。武器以外の何者でもなかった。
だが今のレクスはどうだ? 調度品かと思うぐらいに美しい見た目だ。
全体の色が白に統一され、金のラインで描かれた模様。
強欲な邪龍が全てを喰らわんと口を開いていた以前と違い、聖龍が勇ましく咆哮するかのように口を開いていた。
刃の背面には新たに加えられた『マナ・ギア』。元から付いていたのかと思うぐらいに自然な仕上がりで合体している。
それに使い心地もすごい。以前とは違う、軽量化に成功したマシンのように余計なものが削ぎ落とされた感じだ。
明らかに使いやすくなっていて何千回と素振りしても手が痛むことなんて無さそうだ。
「はい、借りてるボトルだけどちゃんと機能するか試してね」
「おう!」
感覚的に言えば玩具を組み合わせるに近い。しかし、空想でも無ければ賑やかな音が鳴る訳でもない。
そして、ギアにボトルをセットし、ひねる。
その瞬間言葉を失った──
「……どう?」
「……ありがとう。正直すごい感動してる」
はっきりと破力が俺の体に流れていく。
誰かから奪う必要もなく、魔力の濃い場所に突き刺す必要もない。ボトルを挿入し捻るだけで魔力が手に入る。感動して言葉が出ないとはこういうことなのだろう。
ボトルから手を離し、レクスを動かし刃を上に向けてもがボトルが外れることは無い。
(俺の為にこんなすごい仕上がりの物を……)
生まれて初めてじゃないか?
こんな心のこもった送り物を貰ったのは。これを「嬉しい」という言葉だけで済ませていいんだろうか? 欲しいと思った物が想像を越えてやってきた。
戸惑いもある。本当に俺が貰ってもいいのか。分不相応じゃないのかって。
「あれ……もしかして泣いてる……?」
「目を開け過ぎて乾燥しただけだ……」
色々な感情が心に湧いてくるけど、体は素直に想いを吐き出していた。
アンナはそんな俺を見て何かを言う訳でもなくご満悦な笑顔を浮かべている。セクリも何か台所からこっちの様子を微笑ましく覗いているし……。
「まっ、そういうことにしとこうかな? それと今日はマナ・ボトルの調合を行うからテツもここにいてね」
「また黒霧内での調合が必要なのか?」
アブソーブジュエルの特性上ありえなくもないか。魔力を無差別に吸収する技能を有している以上普段と同じような調合は難しいのかもしれない。
「う~ん……そこまでは必要ないと思うけど念のためね。できるだけジュエルに魔力は残したくないから」
「そういえばユールティアも管理をどうするかで困ってたな。あっ、後アンナが来なかったから寂しそうにしてたぞ」
その時のやり取りを正確に言うなら「君1人なのかい? アンナ君はいないのかい? まったく、君だけが来られたってぼくも困るんだがね。そこに複製完了したのがあるからさっさと持ち帰りたまえ。ぼくじゃあ運べないからね」なんてぶっきらぼうに言い放たれた。俺に対して冷たいってレベルじゃない。
「複製のお礼もしときたいなぁ。それに色々助けてもらったのに『ルティ』って呼ぶだけで良いって言うのも納得できないのよね……」
彼女にとってはそれが非常に価値のある対価だと言う事は伝える必要は無い。
セクリと何度か話したりしてルティの状況も少しわかってしまった。エルフの少女で才能豊かな彼女は過去に起こした問題により引きこもりになってしまったようだ。分かりやすい弱所は嫉妬や怨嗟に狂った生徒達にとっては望んでいた機会。それから逃げるように部屋にいるというわけらしい。
「なら何回もお菓子やお茶を一緒に楽しんで来ればいい。大きいお礼をドンとするだけが友達付き合いってわけじゃないからな」
「……確かに! 別に1度にまとめてお礼する必要ないんだよね。いいアイデア!」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
多分これで正しいはずだ。別に彼女の為じゃない、ナーシャ以外の友達を増やして欲しいというお節介な願いもある。
破魔斧の改造も済み、残されるは「マナ・ボトル」の作成のみ。
「さてと、準備もできたことだし始めるよ」
テーブルの上には金の糸、吸収・放出を司る金の機構、必要な分を裁断した剛化ガラス、そしてアブソーブジュエル。
ブロンズランク昇格試験に合格するため、アンナが考えた「マナ・ボトル」に必要な素材がここに揃った。
「前と同じように黒霧を発動させるのか?」
「ううん、必要ない。ただ、わたしの言ったタイミングでアブソーブジュエルを入れて欲しいの」
「了解した」
鉄雄は緊張した面持ちでジュエルを片手に釜の近くに寄る。ほのかに湧きたつ湯気に汗をかきそうになりながら、万全の体勢を取る。
「じゃあ、いくよ!」
釜の中に投入される剛化ガラス、数分経って金の糸。そして──
「──今!」
「はい!」
はっきりとした返事と共に鉄雄の手からジュエルが離れ、小さな飛沫と共に釜の中に沈んでいく。それを見届けると跳びはねるように釜から一気に距離を取る。
「怯えすぎなんだけど……そんな心配しなくてもだいじょうぶだって」
「ふぅ……俺には何が何だかさっぱりな分野だからな。不安に──」
「あっ──やっぱり、変化でてきた。手を離せなくなりそうだから最後の機構をわたしが言ったタイミングで入れて」
気が抜けた瞬間に空気が引き締まる。最後まで言葉を告げられず変化した状況。心臓が高鳴り置いて行かれないようにと血の巡りが速くなる。
そんな鉄雄とは反対にアンナは予習して覚えた問題を対処するように虚状態に移行し冷静にかき混ぜ続ける。
「わ、わかった!」
(落ち着け、焦るな、こういう時が一番失敗しやすくなる。金の機構を手に取って……言われたタイミングで投入する)
(テツもいっしょで正解だったわ。普通の調合だったらセクリでもよかったけど特殊な状況下だとテツの方が向いてるわね)
今か今かと待ち続けるその心の緊張を解す言葉が──
「いま!」
「よし!」
最後の材料が投入されると、釜の輝きがゆっくりと中心に集まり始め。
「できた……!」
その言葉を持って調合が終了し、網杓子によって引き上げられたそれは。
「これが俺の知ってるマナ・ボトルなのか……!?」
想像以上の輝きを秘めていた。
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