第43話 魔を奪う宝石とお祝いハンバーグ
部屋のアトリエに押し掛けるように入る三名。アンナは嘘を吐く人ではないと理解はしているが猜疑心は消えない。
前例が無いのだから。世界で初めてと言える術式を成功させたということになるのだから。
「わぁっ……すごいよ2人共!」
「おお!? 本当に完成しているじゃあないか」
「折角だし時間に余裕もあるから見させてもらうわ」
「キャミルさんまで!? とにかく完成したのでどうぞ――」
テーブルの上に輝き布の上に鎮座しているのは正八面体の透明な結晶体。
「これが件の調合品なのね……」
「名前は決まってるのかい?」
「うん! もちろん! 魔力を吸収するための石。名付けて『アブソーブジュエル』!」
「良い名だ……」
鉄雄は主人が胸を張っての命名宣言に深々と頷き感慨深い表情で太鼓判を押す。
こうして名を与えられ、正八面体の宝石はこの世に誕生した。
「ところで実際の効果は試したのかしら? 名前も大事だけどちゃんと機能するか方が重要よ」
キャミルは言葉と同時に淀みない慣れた手付きで魔力を手に集中させて手を伸ばす。
レクスに触れて何度も魔力を吸われた経験から、対策対応はできると自負して。
「うかつに触ると――!」
「え? あっ──!? これって!?」
だが、想定以上の性能に目を見開く。
触れた一瞬の間に砂漠に落ちた水のように魔力が奪い取られ、強烈な吸収力を認識して手を離した頃には腕に力が入らなくなっていた。
破魔斧レクスは鉄雄が安全装置の役目を果たしていた。危険な状況に陥る前に鉄雄も退避してくれるが、物は違う。遠慮も気遣いも無い、そこにある魔力を全て吸い尽くそうと動くのみ。
人柱となって正しく完成していたこと証明した。
「……黒霧の吸収とは訳が違うわ。本当に吸い取るために造られた宝石。輝きに見惚れて卑しく手を伸ばせば逆にその輝きに喰われるってことね」
「ふむふむ発現している技能は……『魔力を喰らい尽くす』『6天の輝き』『無の加護』?」
ルティはポケットからモノクルを取り出し、手に触れないように離れて確認する。取り出したのは『技能調査鏡』、調合品に発現した技能を確認する道具である。
「どういう効果なの?」
「『魔力を喰らい尽くす』は言葉通り魔力を奪う効果さ『6天の輝き』は6つの属性の力があるってことで。『無の加護』については残念ながらぼくも知らない」
「こういうスキルって全部記されているんじゃないのか?」
「バカ言っちゃいけない。錬金術が進歩して発展するにつれて新たな技能は発見されていくものなのさ。過去に全てが判明して記録されているなんてありえはしない。今ここに錬金史に刻む新たな技能が生まれたと言っても過言ではないのだよ!」
発現する技能全てが解明された訳では無い。歴史は日々更新されていくもの。今この瞬間にも生まれているだろう。
「「おお~!」」
「何だか恥ずかしい……」
無事にマナ・ボトル作成の要となる道具が完成した。
魔力を無差別に吸うという技能上、管理の難しさが問題に上がるが──
「とりあえずこれの保管だな。無差別に魔力を集める力があるならここに置いといたら生活し辛くなるだろうし影響の無い俺の部屋に置いとくぞ?」
「そうだね……検証とはいえ魔力も入っちゃったし、マナ・ボトルの調合前には魔力抜いてもらえると助かるかな?」
「よし、わかった」
取られる心配の無い人間がいる時点で問題にならない。
鉄雄はアブソーブジュエルをひょいと掴んで持ち運ぶ。皆は分かっていたが魔力が無い者が触れると普通の結晶とそう変わらないのだと改めて理解した。
自室に戻りレクスを飾り、その隣にアブソーブジュエルを飾る。確かに存在し輝きを放つそれに体が震えあがっていた。
(ほんっ~と~に! 完成できたんだ!! 俺でも錬金術の手伝いがちゃんとできたんだ!)
嬉々として叫びそうな心を抑え込み、全身の動きだけで喜びを表現した。雄々しく腕を天に振り上げ床を跳ね、まるで子供のようにはしゃぐ綻んだ顔。
一番喜んでいるのはアンナよりも鉄雄かもしれない。
家族と思っている大切な仲間と共に手にしたこの成功体験は絶対に忘れることはできないだろう。
重ねた努力は無駄では無かった。手にした力は無力では無かった。レクスに切り替わることもなくやり遂げた。
異世界に来て初めて得たであろう胸を張って誇りだと声高らかに宣言できる成功。
喜びと安堵、達成感、高揚感、どこかに置いてきたような感情が一気に押し寄せ、心で処理しきれずに体に現れている。もしもこんな奇天烈な姿を見られたなら──
「主人! これから下の食堂でお祝──い……ごめん」
「…………気にするな」
ポーズを決めて飛び跳ねた体がそのまま床に着地し繕うことをせず、震えた声で応えることしかできなかった。
5月22日 13時00分 風の日 マテリア寮食堂
「やっぱりお祝いといったらハンバーグね! 村でお祝いするときはこれが出されるんだ。それでがっつりと『オニンニク』をすりつぶしたのが入ってるのがまたたまらないんだよね~」
熱々の鉄板が小さく見えるほど肉厚のハンバーグがドンと中央で丘を作りソースや肉汁が荒々しく弾けるように焼ける音が奏でられ。
スパイスと混じる肉の香りが鉄板を爆心地として広がり顔面を逃げ場なく覆い尽くす。
「ぼくもご相伴にあずかって良かったのだろうか?」
「ユールティアのおかげでもあるんだから遠慮されたら困るって」
不機嫌など辞書には無いと言ったほどのご機嫌な様子でハンバーグを口に運ぶ。
その笑顔を見ているだけで鉄雄も胸一杯になろうとしていた。
「デザートにはキャミル様が差し入れに下さった果物ですよ」
「そうだった、キャミルさんも休憩時間をわざわざ使ってくれて来たのに、お礼もできなかったな……借りばっかりは増えていくな」
魔力を吸われたものの、所持魔力が凄まじい彼女にとっては大したことは無かった。ただ単に驚いただけ。完成を確認すると持ってきた紙袋を渡してすぐに帰ってしまった。
「う~ん……! おいしい! こっちのハンバーグは丁寧で味が何層にも深くていい~、ナイフを刺したら湧き水みたいに肉汁が溢れるなんてすごい技術!」
「ところで借りのことは覚えているかね?」
ご満悦な様子で二人よりも倍近いペースで食べ進むアンナに、話を切り出すルティ。
「あ、そうだった。色々お世話になったから。できることなら何でもするよ! ただ、大変なことなら試験終わってからにしてほしいけどね」
「そ、それについてだがね……」
普段の自信に溢れた敵なしといった立ち振る舞いとは違い。視線もアンナから少し外れ指先同士を合わせ緊張を誤魔化しながら
「ぼ、ぼくのことを「ルティ」と呼びたまえ。な、仲の良い人はぼくのことをそう呼ぶから……」
「……それだけでいいの? え~と……ルティ?」
どんな難題かと身を引き締めていたが呼び名を変えるだけでいいというなんとも拍子抜けなお願いにアンナは気の抜けた笑顔を浮かべ、それだけのことでもルティにとっては大きなことを成したと変わらず安堵の笑顔を浮かべた。
「ああ、それでいいとも!」
「では僭越ながら俺も──」
「君は呼ばなくていい!!」
「ええ……」
冗談半分とはいえ本気気味に拒否されたことに若干の悲しみを鉄雄は抱いた。
ルティにとって仲の良い人物とは認められていなかったようだ。
(まあ、アンナとちゃんと友達になってくれたみたいだからヨシとするか!)
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