第41話 見ている先は違っても、俺達は同じ場所を目指してる
5月21日 水の日 12時30分 食堂
「最近食堂のレベル上がったよなぁ~毎食ここでもいいぐらいだ」「メニューも見慣れないのが増えてないか?」「伝説のヤキソバパンをこっちにも卸してくれないかな?」
そんな会話を耳にしながら錬金科の生徒だけが利用できる食堂の一角に腰かける俺とアンナ。
使い魔である俺もこの席に座る権利はあるらしく、他の錬金科の生徒も使い魔の獣をクッションの効いたお尻にも背中にも優しい椅子に乗せている。
「明日、調合を始めることにしたから」
「練習はどうするんだ? 別の素材を使って、何か適当な道具を作成するのもいいんじゃないか?」
その言葉に思わず心臓がドキリと跳ねた。
調合を行うための技術は会得した、想定以上の時間を越えそうになったとしても最終手段はある。準備は万端。
そのはずなのに、張り子の虎のように中身が伴ってない空っぽの自信な気がしてならない。俺の不手際で失敗するような事は絶対にあってはならない。
そう考えるとどうしても二の足を踏んでしまう。
「それは思ったんだけど、そもそも調合できなきゃ道は無いんだから確認のための練習はいらないと思う。それに、変な癖や思い込みを付けずにそのままの心で調合に挑んだ方がいいと思って」
「なるほど、背水の陣ってやつだな。アンナがそう決めたなら問題無い。午後は準備に当てるのか?」
何が「なるほど」なのやら。アンナは瞳は迷い無く輝いている。その自信と勇気が10分の1でも俺にもあればこんなに不安に駆られることも無いんだろうな。
「素材の準備は終わってるの、だから後はマナ・タンクに魔力を溜めておくことと、覚悟を決めるだけよ」
「ああ、この後部屋に運んで準備を整えておく」
そう、覚悟だ。
修行も付けてもらった、術も安定してできる。キャミルさんにも認めてもらっている。
できることは確かなんだ。
共に修行を過ごしたマナ・タンクを背負って帰路へと付く。レインさんに説明したらあっさりと帰ることができた。
平和というか融通が利きすぎるというか、前の世界じゃ容赦無く首切られるだろうな。きちんとした理由を考えるとするなら錬金術の発展に貢献するということだろうな。
この国は錬金術第一主義みたいなところがあるし。
「あっ! テツオおかえり! こっちも追加で用意しておいたよ」
「もう1つマナ・タンクがあったのか。これなら魔力切れの心配は完全になくなったな」
結局修行する中でタンクが空っぽになる事は無かった。やはり大型故の機能性の高さ、切り替える必要なく魔力を勝手に溜め込む技能を持っているらしく。
こうして蓋をして貯蓄状態にしてベランダにでも置いておけば明日の朝には満タンになっている。
「レクスと繋げるコードもある。さーて、俺はもうこれで準備万端だな。今日はのんびりさせてもらうぜ!」
「休むのに気合入れてるって矛盾してるよ」
「肩肘張った状態と気が抜いた状態じゃ物の見え方が違うもんだ。準備万端に見えても、意外とどっかで穴が抜けてることもあるからな」
指差し確認しながら持ち物を確認。
六つの素材、綺麗にした釜とかき混ぜ棒、レクスはさっき部屋に飾っておいた。
「そういうセクリは仕事?」
「うん。君のご奉仕したいけど寮内の雑務が残ってるからね。そうだ、夕飯に食べたいのはある?」
「気にするな。一人でのんびりするのも好きだから。そうだ、アンナのお昼はミートパイだったから注意してくれ」
「わかった~」
扉が閉じられると静寂に支配される。
自分の部屋に戻ればより孤独になれる。
ベッドに身を預けて天井を見つめる。
「ふぅ……」
何もしないと本当に静かだ。まるで世界に俺一人だけになったのかと錯覚してしまう。
誰かの会話、電車の音、飛行機の音、暴走するバイクや車、テレビやラジオ、前の世界で耳障りになる程聞こえていた音が一切聞こえない。
こんなにも静寂で穏やかな休みは久しぶり。いや、こっちの世界に来てから初めてな気がする。
休日も何だかんだで街の中を散策したり、調合の手伝いしたり、最近は負担が掛からないようにゆったりめな精神修行をやってたな。
こんな環境だからこそ、自分を見つめ直すのに適していると思う。一つ一つ振り返れば何か見落としているものがあるかもしれない。
「失礼するよ……おや、セクリ君はいないのかい? 鍵もかけないとは不用心な」
当たり前のように届く声に思わず飛び起きる。
ノックも無しに入ってきて言うセリフかと思ったが、この声の主は確かユールティア。アンナの友達でセクリの知り合いだからとにかくおもてなしはしておかないとな。
「セクリに用でもあったのか?」
「おおうっ!? 君か! 騎士団の仕事じゃあないのか?」
「明日に備えて休憩ってところだよ。それよりもどうしてここに?」
「なるほど、だとすれば流石はぼくだなタイミングが完璧すぎるではないか。天才たるぼくはただアイデアを出すだけでは収まらないのだよ! あの調合において改善すべき点が見つかったからそれを授けに来たと言うわけだ」
「おお! それは助かる! 準備も大丈夫なのか不安があったから第三者の目線も欲しいところだったんだ」
改善点も気になるが、俺やアンナでは気付けない欠点が隠れているかもしれない。ダブル、いやトリプルチェックというやつだな。
「ふむ、このぼくの知恵をありがたく受け取るがいい。さて改めて素材の純化作業は終わってしっかりと計量も終えている。ぼくの目でも問題ないと確信したとも」
うん、昨日の夜にしっかりと行わせていただいた。棚に収められた六つの薬包紙の上には細かく砕かれた赤色、水色、緑色、黄色、白色、黒色の六色の細かく砕かれた素材達。
電子天秤なんて代物は存在していないから天秤秤で1gのズレを見逃さず揃えるのは中々苦労したものだ。この時も黒霧を使って魔力反応を0にしたから純粋な素材の重さだけだ。
「破魔斧の運用についてはぼくはあまり口出しできないが、君ならまあ大丈夫だろう。それより調合に欠かせないのは釜、かき混ぜ棒、そして錬金液。1つ問おう、君は錬金液はどんなものか知っているかい?」
「急だな、マルコフ先生から説明されたなあ。確か高濃度の魔力の液体……あれ?」
「どうやら気付いたようだね」
「でも、魔力を奪うから……あれ? そうなるとどうなる? ただの水になるのか? 試してないから何もわからん!?」
見落としてた! これはアンナも気付いてなかったんじゃないか!?
こんな落とし穴があるなんて思いもしなかった。全然準備万端じゃなかった! たしか調合の時短に使われるとか、錬金術を使えなくても作れるとか言ってたけど、これは教科書にも載ってないんじゃ?
「という訳で魔力を失うことを前提とした錬金液を用意しておいたとも。ここまで持ってくるのは重くて無理だからセクリ君に頼もうと思っていたが、暇してるなら君が手伝いたまえ」
「ええっ!? いいのか? でも、どうしてここまで力を貸してくれるんだ? アンナと友達だからか?」
正直、羨ましさを感じる程の友愛。
修業に集中できたのは魔力無し調合のアイデアがあったからが大きい。もしもこの方法が見つかって無かったらまだ探し回っていたかもしれない、仮に見つかっても虚の会得は間に合っていなかったかもしれない。
「と、友達……もうなのか……!? こんな簡単でいいのか……? か、勘違いしないでくれたまえよ! 僕は別にアンナ君達と青春をしたいのではなく、このぼくの偉大な知識を敬わせるために力を貸しているのだからその辺りを弁えてくれたまえ! 友を増やすチャンスとは思ってはいないんだとも!」
「そういうことにしておくよ」
青春したい。そんな気持ちが伝わってくる。
ともあれ、これで本当に穴が無くなった。物の不足で失敗するという情けない結末は無い。だから後は──
「ところで君は自信が無いように思えるがどうかしたのかい?」
「いや、そんなことは……」
人の心が読めるのかと思ってしまう程完璧に俺の心が見抜かれた。
「隠さなくてもよいさ。君のような目は何度か見たことあるからね。偉大なるぼくの案について来れるかの不安もあるだろうし。話してみたまえ楽にはなるだろう。こう見えてぼくは口が堅い。話す相手がいないからじゃないから、そこの所は間違えないでくれたまえよ」
俺にプライドは無い。あったとしても支えたい人の足を引っ張るようなプライドなら犬に食わす。年下に相談なんて情けない姿を晒そうともこの不安を無くせるならなんでも良い。
「俺はさ、成功体験に無縁な人生だったんだ。他人に誇れるような成功なんて無い、そんな俺がさアンナの合否が関わるような大事な場面で大事な役割を担ってる。俺が何度も望んだ俺にしかできない役割でさ。それが本当に重い……」
彼女だけじゃない、調査部隊のみんなやナーシャ、多くの人の世話になった。ここまで到達できたのはみんなの協力があってこそ。
だから怖い、積み上がってきたモノの大きさがわかるから。
ゴールに手が届きそうだと本能的に察することができる。でも、最後の最後ゴールに届かせる台座が俺になっている。ここで失敗すれば全てが崩れ落ちる。
俺の失敗で俺だけが傷つくなら別にいいんだ。成長の糧にできるから。
でも、今回は違う。俺一人だけの問題じゃない。
俺の失敗で誰かの足を引っ張るようなことや信頼を裏切るような真似は失望させるのは本当に嫌なんだ。それが大事だと思える人なら猶更。
修業して、破魔斧の扱い方にも破術の使い方にも慣れてきた。同じ目的をもって行動して前より仲も良くなったと思う。
だからこそ失敗したらその積み重なった全てが消えてしまうんじゃないかって不安が付きまとってくる。
「なるほどつまり君は成功したいのか、失敗したくないのか。どちらなのだい?」
「そんなの失敗したく──あれ?」
聞いてることは同じじゃないか?
「気持ちの矢印は同じでも。前を向いているか後ろを向いているかの違い。アンナ君は明るいぐらい前向きできっと成功させるつもり満々なんだろう。ただ現実として全部が全部都合よくいくわけじゃあない」
それはそうだ、俺だって全部上手くいっていたらこんな不安に押し潰されたりしない。
「君は後ろ向きで物事を考えているかもしれないけど、それでいいんだとぼくは思う。一緒に同じ目的に進んでいるなら、位置が違っても見ている先が違ってもいいと思う。それに振り向いたら自分の零したモノを拾ってくれる誰かがいるっていうのは安心できるからね」
「本当にいいのか?」
「天才たるぼくの言葉が信じられないと言うのかい? とはいえ、この言葉はぼく由来じゃあないのが残念だ」
故郷を懐かしむような表情を見せて話してくれる。きっと彼女も天才故の何かがあったのかもしれない。
でも、心が楽になった。こんな考え方でも認められて、救われた気持ちで一杯になる。
「本当に……アンナといい君といい。子供とは思えないな」
「ふふん! これでも15だからね。もう大人の階段を上り始めているのさ!」
アンナといいユールティアといい、この子達の理想や参考となる立派な大人になろうと思ったらどれだけの努力をしないといけないのやら……。
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