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第36話 二人の休日はボクの繁忙日

 5月6日 月の日 8時00分 アンナの部屋


「……」

「……」


 昨日の修行の影響が大きいみたいで今日の2人は疲労困憊の呆然(ぼうぜん)状態。

 今日が休みだと理解した上であそこまで無茶させたのだとしたら、師匠の2人は中々ないい性格をしていると言うしかないね。

 テツオは空っぽのカップを片手に部屋の何も無い場所を見ているし、朝食を食べたのに空のお皿に手が伸びてる

 アンナちゃんは両足に湿布を沢山貼ってソファーで足を伸ばしている。筋肉痛が酷くて歩こうとすれば激痛で足が震えてまともに歩けないみたい。

 でも今日1日ゆっくりと休めば治るらしいからオーガの回復力はすごいと思った。

 アンナちゃんをここまでボロボロにしたのは魔衣(まごろも)状態を維持して訓練場の内周を走ること。ほんの僅かでも強く発生させたら1周追加。ちゃんと出来ない限り永遠に続く中々酷い内容だった。その周回を3桁越えたのは覚えている。

 中でも理不尽だったのは──


 アンナちゃんが魔衣のまま1週できたと思っていたのに。


「もう1週追加ね」

「えっ!? でも、ちゃんと──」

「迷っている時点でダメね。自分が魔力を放出したと心のどこかで思ってしまっているなら認める訳にはいかないわ」


 温情の欠片も感じさせない淡々とした言葉。隠れて聞いているボクでさえ寒気がした。


「できて──!」

「私の目を誤魔化せると思ってるの? 10週追加……返事は!」

「な……はい! 師匠!」


 出来ていたように見えていた。けど、認められず。ほんの僅かに反抗しようものならペナルティで周回追加。

 アンナちゃんも怒りの感情が高ぶっていたのが声にも混じってた。


「師匠は……はぁっ……できるん……はぁっ……ですか……」

「丁度いいわね。ここいらで実力の差って言うのを教えないとね」


 そう言ってサリアン様は『虚』の状態のままアンナちゃんのペースに合わせながら目の前を見せつけるように走り。

 細波1つない無風の水面のように魔力の揺らめきは感じられなかった。

 師であることに相応しい実力を証明してくれた。


「わたしにも……はぁっ、同じことが……できるように……なるんですか?」

「できるわ。これは才能じゃなくて努力で身に付くもの。あなたが求めて前に進めば必ず手に入れられるわ」

「……はいっ!」


 その後は残念だけどノルマを達成できずに時間が来てしまって、アンナちゃんは杖が3本目の足になるぐらい限界まで走り込むことになっちゃった。



「やばっ……半分寝てたか……!?」


 テツオの方は体力よりも精神的に疲れてると思う。

 何せひたすらに黒霧を使い続けるのが修行だもん。身体を休める時も食事をする時も忘れずに術を使う。

 ボクも真似して光球を出し続けてみたけど10分ぐらいが限界だった。

 魔力の量じゃなくて術を使ってるって意識がフっと消えると合わせて術も解けちゃった。言葉にすれば簡単そうでもやり続けるのはとても大変だと思った。

 その証拠に午後の修行中、灯りが消えたかのようにテツオの意識が急に失われた。思わず飛び出しそうなったけどすぐに目が覚めてくれて本当に良かった。

 精神が限界を迎えるとああなるなんて怖いと思う。

 多分その反動が今も緩く続いてるのがテツオの惨状なんじゃないかな?


 そんな2人をこのまま置いていく外に出るのは気が進まないけど、今日はどうしても外せない用がある。

 なぜなら最後の素材『グラスリル結晶』が手に入るかもしれないから。そうすれば素材探索を意識することが無くなって2人は修行に専念できる!

 

「それじゃあ市場に行ってくるから。緊急事態だと思ったらすぐにボクに念話(テレパシー)を送ってね」

「……お、おう」

「お、おねがいね……」


 帰って来たら酷い事になってないよね? とにかくなるべく急いで済ませないと。



「やっぱり活気づいてるなあ……ってそうじゃなかった!」


 ほのぼのと感心している場合じゃなかった。

 グラスリル結晶が入荷されているかの確認は早めにしないと! 期待だけさせて買えませんでした。

 なんて使用人失格だから。前と同じ場所で開いているならこのあたり……あれ? なんだか人が変に密集しているような。それに争うような声も──


「金ならある、早くそれを売りたまえ! 定価の倍でも構わないぞ!」

「だ~か~ら~! こいつはある人に頼まれて持ってきたんだよ! 金の問題じゃない! その人に売ってからお前さん達に売る。それが筋だろうが!」

「私達も必要としているのよ!」

「あぁ~埒が明かねえっ! 早く来てくんねえかな──っていたぁ!!」


 自分の太ももを勢いよく叩きパァンと小気味いい音出して。その真っすぐと槍のように突き出した指は間違いなくボクを狙い定めていた。


「ど、どうも……以前頼んでいた『グラスリル結晶』はあるかな?」

「見ての通りだ! ちょっと欲張って大箱に入れてきたがこの様子じゃ売り切れるかもしれねえと来た。さあどれぐらい──」

「待ちたまえ! 何でそんな使用人を優先させる?」

「そうよそうよ、順番よ!」


 確かに順番言われたら強く出れないけど……。


「この石を最初に買うのはこの人に決まってる。俺の店は元は干し物屋だ、干し物を買うならその理屈は通してやる。遠慮はいらない。さあ、あんた達の求める物はどれだい?」

「うっ……それは……」


 思わず感嘆の溜息が漏れる程、綺麗に啖呵を切った。商売人としての信念がはっきりと感じられる。これが本職(プロ)なんだ。ボクも見習わないと。


「決まりだな。っでどれくらい欲しいんだ?」

「とりあえずこの鞄満タンにお願いします」

「よっしゃ任せろ!」


 ザラザラガラガラと音を立てながら透明な石が流れて音を奏でてくれた。カバンが透明な結晶で満たされると小さな光でもキラキラと輝いてくれる。

 こんな達成感をボクが最初に味わっていいのか、いいとこどりしたみたいで少し気が引けるけど。許してね2人とも。


「え~と、100gは12キラで重さが8kgだから960キラだ」

「はい、1000キラ金貨でお願いします」

「ほい、40キラ、商談成立! また来てくれ!」

「はい、ありがとうございました! 今度は食材目当てでお世話になりますね」


 他にも買い物をしようと思ったけど、これは1度持って帰らないと大変な事になりそう。

 背中越しに突き刺さる視線の鋭さったら、虫が肌の上で蠢くような嫌な感じが伝わってしょうがない。

 テツオがボクの身体をチラチラ見るぐらい可愛げがあって欲しいな。


(わっ! すっごい勢いで人が群がって……あぁ、口論まで……)


 芸術祭に必要なのはわかるけど、心の優雅さや気品さの方がもっと必要だとボクは思うな。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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