第37話 俺とわたしの修業の日々
5月7日 太陽の日 15時10分 騎士団訓練場
アンナは学校が終わればすぐに訓練場に向かい修行を開始する日々となる。
視線の先には鉄雄が疲労に打ちひしがれている姿が見えるが、アンナの姿を認識すると空元気を振り絞って姿勢を正して励む姿へと切り替わる。良い所を見せようと必死であった。
さらに、門の影やら壁の上に隠れて二人の様子を盗み見るセクリの存在。二人が大変な状態になるたびに心配する声が漏れ、修行中の二人以外には気付かれていた。
「ししょ~……!! 本当に、効果あるんですか……!?」
中腰なスクワットの体勢を維持しつつ両膝の上に水の入ったおちょこを置き、伸ばした両腕にも同様に置かれている。筋力強化と魔力操作を平行する修行。無論姿勢を崩したり身体を揺らしおちょこを落としたり中身の水が零せば――
「口答えは無用! おちょこや水を零したらやり直しよ! 魔力を抑え込んで10分維持! できなきゃ一生そのままよ!」
(ひえええええええ! ここまで厳しくする必要はあるの!?)
疲労や痙攣よりも恐怖で体を震わして零してしまいそうになっていた。
指示されたことは忠実に守り授業中も指示されたとおり『魔衣』を維持することを意識し、魔力操作に休みは一切無かった。
全ては虚を会得できると信じて。
一時間以上掛けて10分連続の維持に成功するが。運動着がびっしょり濡れてしまっていた。
「はぁっ……何とかできた……姿勢よりも、魔力維持がキツイ……」
「次は瞑想よ。そこに座って足を組んで、姿勢を正して。そして、このおちょこを零さないように」
「あの、メイソウって何ですか?」
指示されるがままに瞑想の体勢を取り、頭の上におちょこが置かれるが当の本人は知らぬ存ぜぬ。
「その体勢のまま体を脱力していくのよ、眼は閉じてもいいわ。無駄な力を削いでいって、呼吸をゆっくりと深く全身に送るように丁寧に、合わせて魔力の流れを意識する。そして自分の心と向き合うのよ」
乾いたスポンジのように言われたことを吸い取り、身体で表していく。
10秒しないうちに銅像のように不動となったアンナがお披露目となる。
(ふぅ……こういう修行もあるんだ……体を動かすだけじゃないんだ……)
「そのまま魔力の放出を抑えること。静止状態でもできなければ行動時でできるとは考えないことね。そこっ──!」
鋭い目つきで警策が彼女の肩に振り下ろされる。
「いったぁ~!? 何を!?」
「油断大敵! 心を緩ませても魔力は溢れさせない!」
「はい! 師匠!」
身体の休憩と精神修行を両立させているアンナ。一方の鉄雄はというと。
「本当にこれも修行なんですかね?」
「全身ガチガチじゃあ運動しても辛いだけよ。こういう状態でも術を扱えるようにならなきゃ」
場所は騎士団医務室、鉄雄とキャミルの二人っきり。
締め切った部屋の中では外の声も聞こえず、互いの呼吸音すら耳に届いてしまいそうな静寂さ。
鉄雄は言われた通りベッドの上で仰向けに倒れ胸の前でレクスを抱いて無機質な天井に視線を向けている。
「そのまま力を抜いて……こら、術が解けてる」
「無理ですってこんなの……正直今、疲労で滅茶苦茶眠くて、小難しい話が子守歌になるぐらいに眠りの世界に片足突っ込んでます……」
ベッドから少し離れた部屋の中央に黒霧の球体が作られている。休んでいるように見えてこれも立派な修行。
鉄雄は朝からミルク缶なマナ・タンクを背負って動き続け、黒霧を出し続けた。
小休憩時も昼食の時間もずっと。消えていたら目敏く注意され、問答無用で術を発動させられる。コツを聞かされることも無い、アドバイスを聞かされることも無い。なぜならそんな必要が無いほど初歩的な技術を継続されるだけだから。
まるでマラソンをしながら誤答が許されない計算問題を解き続けているようなもの。精神的体力的疲労は計り知れない。加えて、先週起こした気絶に対しても対策を打っており、絶妙なタイミングで休憩を挟み、気絶で逃げることを許さなかった。
「別に寝るのは構わないわよ。ただ、術が維持できなくなるのが問題。だから、術が解ける度に注意するし、寝てたら無理矢理起こすわよ」
「これが地獄かっ……!」
術を維持できれば寝てもいいという、無茶苦茶な譲歩。
ただ、鉄雄を襲う睡魔の誘惑は強烈だった。アンナが頑張っている。だから自分も負けられない。成長している自分を見せたい。そんな想いが体と精神を支えていたが、ここにそんな相手はいない。
心の中の天使と悪魔が「休むべきです」や「アンナにはバレやしないよ」と疲労を回復させようと身を案じて囁く。
「意見は求めないわ。最終的には寝ながらでも維持できるようにするつもりだから……そういえば難しい話をすればいいのよね? なら――」
「ちょっ――!? 待って──」
「魔力というのはね、知ったと思うけどこの世界に住む殆どの生物が持っている不思議な力で未だに解明されてないことが多いわ。でも、体内の中心に目に見えない魔力を生み出す核。『魔核』を有していると仮定されて研究が進んだのよ。長年の研究成果で核があって魔力が生み出されていると証明できたの。それと自然由来の魔力が空気のように空間を漂っていて、自然環境によって魔力の属性に偏りが見られているのよ。ちなみに大きく「火・水・風・土」の4属性に分類されている。人によって扱える属性に得手不得手が――」
感情の起伏が少なく、ただ相手に伝えるだけの抑揚の無いなめらかな言葉。右から左へと流れ、覚える価値が無いと脳が言葉を認識するのを諦めた瞬間。
「ぐぅ……」
肉体が静止し、力が抜け、心も緩み、眠りの世界へと真っ逆さまに落ちて行った。
「……1、2、3、4…………10秒。……起きなさい!!」
「はうっ!?」
鉄雄と黒霧を見比べ、術が解けて霧散すると同時に宣言通り叩き起こされる。
「黒霧が消えたら魔術攻撃の餌食になるのよ! 意識飛ばしても死んでも維持し続けなさい!」
「そんな無茶な……」
「その無茶が通せなくて後悔することもあるのよ! どんなに万能で理想的な力があっても思考の枠に収まる程度の使い方で満足して慢心していたんじゃ宝の持ち腐れよ! あの子を本気で支えるつもりならこの程度のこと越えなきゃダメよ」
「言いたいことはわかりますし、目指したいと思ってますけど、術の発動って寝相とは違うじゃないですか。寝ながら風景画書くようなものですよ。意識が二つ無ければ……あっ!」
「何か思いついたの?」
「一つだけ……ちょっと待っててください──」
自分の言葉に思い当たる存在が一人いた。今現在両手に抱えている破魔斧に眠る霊魂レクス。何度か体を明け渡し、自分の意識とは無関係に破術を扱っていた実績もある。
意識を破魔斧に集中させると、レクスのいる空間へと意識が飛んだ。
(なあ、もしかして俺が寝てる時ってレクスって起きてる?)
(いきなりじゃな……とはいえ答えてやろう。わらわは肉体を持たぬ身、眠ると言う行為は特に必要ないのじゃ)
(じゃあ俺の意識が無くなった時にレクスが俺を使って術を維持することってできるのか?)
(可不可で言えば可能なのじゃが、お主都合の良い想像をしておらんか? 今のままではできん。わらわはお主に干渉するためには許可が必要じゃ。でなければ普段眠っている時にお主の身体を使い放題じゃろ?)
(確かに……意外とそういうルールはしっかりしているんだな)
(だからこそ、わらわが顕現した際の力は凄まじいのじゃ)
(じゃあ――)
(話は最後まで聞け。小さな契約でも重なれば自身が取って代わられる危険性もあるのじゃ。それに解釈によっては簡単に乗っ取られてもおかしくは無い)
(随分親切に説明するんだな……俺の体を乗っ取ろうとした者の言葉とは思えないな)
アンナのおかげで成り代わりを強制的に解除し事なきを得た。あの時と目的が変わっていないのなら。注意喚起することは彼女にとって不利となる。しかし――
(契約事は相互理解をしてこそ絶大な効果を発揮するのじゃ。今、こうしてわらわが話したということでお主は意識し理解し、自らの意志でわらわの力を受け入れるということになるのじゃ!)
親切なのには理由がある。それこそが契約をより強固とする鎖だから。
説明を聞いた上で契約したとなれば簡単に解除はできなくなる。例え自分が望んでいない方向に進んだとしても対価と褒美が釣り合うまでただ見ることしかできない。
(なら、問題無い。だから今、改めてお願いする。俺が意識を失った時、アンナの近くに脅威が残っていたらレクスがどうにかして守ってくれ。冒険の最中で同じような状況になったら遠慮なく変わっていい。となると、今回のはどれだけ動かせるのかお試しで頼む)
想定していた警戒は一切感じられず。あっさりと受け入れた。その証明と言わんばかりにレクスの姿が少し輝いた。
(…………お主はアホなのかのぉ。前の世界ではどうだったか知らんが、この世界じゃ下手な許諾1つで魂レベルの制限が掛けられてもおかしくないというのに)
(前にも言ったかもしれないけどレクスには命を助けてもらったし、この世界で戦うための力を貸してくれた。俺にとってレクスは希望みたいなもんだ)
(ふん……まあ良いか。貴重な依り代を守るのも吝かではないからの。出番となれば手を貸してやろう)
(よろしく頼――)
(このタイミングで寝おった!? ……仕方ない、試してやろうかの)
体力精神力の限界で完全に眠りに落ちると同時に操縦権が完全にレクスへと移った。
「テツオ? 完全に寝てる?」
「いや、今目が覚めたところじゃ」
「もしかしてレクスに変わったの!?」
キャミルは懐の武具に手を伸ばそうとするが。レクスは仰向けになったまま動こうとせず、修行の続きと言わんばかりに黒霧を維持していた。
「喚くなまったく。なぜわざわざわらわが修行の真似事をせねばならんのだ? この契約は受けぬ方がよかったか……?」
(まさかレクスと入れ替えるのを選択するなんて……! これは私はもちろんだけど誰にだってできることじゃない……!)
新たな可能性に喉を鳴らす。
だがこれは新たな危険の芽ではないかという不安もキャミルの心に宿っていた。
こうして二人は限界まで肉体と精神をいじめる修行を来る日も、明くる日も、繰り返された。
限界を迎えても互いが互いに負けじと、無様な姿を晒さぬように競い合い、時には励まし合い、時にはセクリに励まされ、成長していった。
この二人の光景をほのぼのとした表情で見守る隊長と副隊長。
「いやぁ~こうしてみると懐かしい光景ではないですかな? あなたも昔はあんな風にがむしゃらで、錬金術士と共に訓練していましたな」
「ああ、忘れる事の無い良い思い出だ。そんな光景を見る側になるなんて昔は思いもしなかったな」
騎士見習いだった頃を偲ばれる表情は、夕暮れ時のような寂しさを感じさせながらも柔和で愉し気で誰の目にも誇らしい過去があったのだと思わせた。
「私はあなたが隊長となることは昔から予想していましたがね。それと彼女は今どうしているんでしょうな?」
「たまに手紙は届くが、こちらから連絡できないのが玉に傷だよ。大陸全土を旅するのが彼女の夢だから仕方ないけどね」
「……隊長も付いて行きたかったのではありませんか? あんなことが無ければ……」
「君が気にすることはない。調査部隊隊長になるのも私の夢であることに変わりはないから」
嘘では無いが本当ではない。どんな思いで隊長になったのかどんな経緯で隊長になったのか、それを知っているゴッズには選択を蒸し返すことはできなかった。
「ええ、なら私もどこまでも付いて行きますとも!」
「ああ、頼んだ」
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