第35話 隣の憧れはあまりに遠くて
5月5日 土の日 9時10分 騎士団本部訓練場
「サリアンさん! わたしに虚を教えてください!」
準備運動を終えて訓練や業務に勤しもうとする空気を払うような元気で若い声。
アンナが頼りにすると決めたのは昨日決めた通りのサリアン・ラビィ。採石場を共に調査した運動能力が優れた格闘家。
「いきなりすぎて失礼すぎね。テツオ、あんたのご主人でしょマナーなり何なり教えるのも従者の務めじゃないの?」
「返す言葉もありませんけど、アンナが必要だと思って頭を下げてるのを取り下げる程、無様な使い魔じゃありませんよ……サリアンさん、そのソラって言うのを知っているなら教えてやってください!」
ぐうの音も出ない言葉だと耳が痛いと感じているが、鉄雄にとって最重要はアンナ。アンナのやりたいことが正しいならば後押しするのが役目。
アンナが45度のお辞儀をして教えを懇願しているなら。その隣で鉄雄は物が置けそうなぐらいきっちりしすぎた90度のお辞儀を行う。
「えぇ……頭下げられても面倒なんだけど……何で虚の事知っているのか知らないけど……私には仕事があるのよだから断るわ」
良心の呵責に苛まれることなく、顔には面倒だと言わんばかりに表情が不機嫌になっていた。
共に採掘場の調査をした仲であっても、それはそれとハッキリと区別しているからである。ズルズルと縁を引きずるのは彼女の性に合ってない。
ただ、もしもアンナとレインの縁が姉妹のように深い物だったら二つ返事で食い入るように許諾するのは想像に易い。
「ああ、昨日言っていたことのもう1つの解答だね。確かにサリーならその技術は扱える。サリー、教えてあげるといい」
サリアンにとって拒否することができない敬愛する者の言葉。
「レ、レイン姉さま!? ど、どうして錬金術士に教える必要があるんですか? それに通常業務もありますし」
「書類仕事はキャミルがやってくれる。君も教育というのを学ぶいい機会だと私は思う」
「え”っ!?」
「で、ですが──」
想定外の流れ弾に不服で拒否の声を唸るが誰も気にしない。
サリアンがレインに哀願するような震えた声で反論を述べようとするが、敬う相手に異議を唱えることは彼女にとって膨大な拒否反応を起こし、かといって指導を受け入れればレインとの時間が減ってしまうかもしれない未来にストレスが発生し、どちらをとっても彼女には毒。頭が愛故に混乱し始めていた。
この隙を突いて鉄雄はアンナに小声で耳打ちをする
「アンナ……どうしてサリアンさんが良いか素直に褒める感じに伝えるんだ。ひょっとしたらだ」
「わかった……!」
(上手い事アンナを指導してもらうにはメリットを示さないと首を縦に振ってくれ無さそうだよな……)
サリアンもキャミルのように褒められることや認められることに飢えているのではないかと踏んだ鉄雄は主の為にと情報を提供。その結果──
「あの! 虚を使える人って武芸がすごいって聞いて、それで思いついたのがサリアンさんなんです。だから──」
「──私よりもレイン姉さまの方が優れているに決まってるでしょ!」
額に青筋を立ててムキになって反論される。
そう、彼女は自分よりもレインの方が絶対的に優れていると盲目的に支持している。故に褒めたつもりでも怒りのツボとなる。
(そんな理不尽な!? でも誉め言葉なんてわたしぜんぜん知らない!)
(攻め所はやっぱりレインさんか……つまりはアンナを指導することでサリアンさんに明確なメリット。それはレインさんとの距離が縮まること……でも、今でも結構近い……距離? いやそうか、縦のだ!)
天啓を得たかのようにその両眼は全てを見通すかのように輝いた。
「やっぱり、新人教育できる先輩っていうのは頼りにできると思うんだよなぁ。そんな人こそが上に行って欲しいと誰もが願うんじゃないかなぁ? 隊長と並び立つには下の者の信頼を勝ち取ってこそだと俺は思うんだよなぁ」
ワザとらしい独り言、自信満々な表情で紡がれるその言葉、その意図。
現時点でレインの懐刀は副隊長のゴッズ。それは調査部隊の誰もが認めていること。肝心な状況下で声をかける相手はキャミルでもサリアンでもないゴッズと決まっている。
実力だけではない、人を導ける能力を持っているからである。
サリアンは実力はあるが常にレインのことを念頭に置いてしまい、他者を蔑ろにしてしまいがちで頼りにし難いのが現状の評価。
「ゴッズは世話焼きだし、周りをよく見てくれるから私からしても頼りにしやすいのよね、だから自然と副隊長になれたし誰も批判しなかったのよね」
「急に言われましても照れますなあ!」
ただ強く、知識が深いだけで騎士団を出世できるわけが無い。
実績も必要だが何より人を任せられる器を持っているかどうかが重要視される。尊敬する部隊長に並び立とうとするならば部下を思いやる心と余裕を持ち、守るべき民の声を聴き行動し信頼を得る能力が必須となる。
騎士は民がいてこそ騎士成りえる。
レイン・ローズが隊長の任に就けているのは強さという土台に信頼という立派な城壁が築かれているからである。
無論そんなことはサリアンにとっては既知とした事実。
「……仕方ないわね。これも良い経験になるかも知れないわ……教えてあげるわよ」
「わ、ありがとうございます!」
「ただし! 泣き言は聞かないわ、それと私のことは『師匠』と呼ぶこと。いいわね?」
「……はい! 師匠!」
こうして熱い握手と共に師匠弟子関係が築かれた。
「さて、話もついたことだし私達も修行開始よ。昨日のような情けない姿をアンナには見せたくないでしょうけどね」
「中々性格悪いこと言ってくれますね……」
先日、準備万端で修行を開始した鉄雄であったが記録は20分過ぎた辺りで限界となった。タンクの魔力が尽きた訳ではなく、体力と集中力が続かず、無様な失敗を晒すだけとなった。
(不動状態なら結構いけるんだけどな……)
(効率よく鍛えるならこっちの方がいいであろう。楽はいかんぞ楽は)
タンクの入ったリュックを背負い、魔力の供給を開始。黒霧を頭程の大きさで維持しつつ歩行。昨日と同じ。しかし、足に込める力強さは、維持する心構えは前日の比では無い程高まっている。
なにせ、いい恰好を見せねばいけない相手が同じ場所にいるのだから。
「へぇ~……あんな風にテツは修行してるんだ……そういえばここでのテツって初めてみるかも」
「よそ見をしない。ちなみにだけどアンナはどれくらい魔力を抑えられるの?」
「大体これぐらいです」
元々はモチフに触れ合いたいという邪な欲求より始まり、思い出せば特訓しており今では体表から1cm程に抑えることに成功している。
「錬金術士でそれぐらいできるのは上等。ちなみにその技術にも『魔衣』という名があるわ。狡猾な魔術士や優秀な狩人が身に付けているのよ、戦力を欺くという目的もあってね」
無駄に魔力が減らさないことで長期的に戦うことが可能となり。
常に少なく見せることで実力を誤認させる狙いと継戦能力を悟らせないことが可能となる。
アンナがモチフに触れるようになるためといった利用方法は、後者の実力を誤認させることに当たる。
「そしてこれがあなたの求める『虚』よ」
「わ……人が変わったみたい。あれ? でも、同じように魔力を放出してないテツとは何か違う気がする」
確かにそこにいる。目で見えていても物の一部、風景の一部かと錯覚してしまう程存在が希薄となっていた。しかし、鉄雄と並んだ場合どちらも魔力が放出されていなくてもサリアンの方が存在感が薄いとアンナの目に映った。
「流石に魔力の無い人と一緒にいるだけはあるわね。これが虚をする上で大事な要素とも言えるわ。父曰く「魔を閉じ世界受け入れよ、さすれば見えぬモノ、聞こえぬモノ、触れられぬモノ全てを感じ取れるだろう」って」
「はぇ~……つまりどういうことですか?」
「それを自分で掴むのが修行よ! まずは魔衣状態のまま10週走ってきなさい。途中で強く漏れ出したらカウントしないから。体に覚え込ませなさい!」
「はい、師匠! 行ってきます!」
こうして始まった二人の修行。その光景を門の影から見やる一人の人物。
「がんばってね二人とも! ボクも応援しているから!」
セクリが気付かれないように見守っていた。
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