第34話 今、修行の時
5月4日 風の日 16時10分 調査部隊部署
早退した人物が血相を変えて戻ってくるという行動に、部屋にいた団員(二名)は疑問と驚きを隠せず、レインは密かに食べていたお茶請けを咄嗟に机の下に隠した。
「キャミルさん。黒霧を長時間発動するにはどうしたらいいんですか?」
「……あんたねえ、私はあんたの便利屋じゃ──」
もう片方のキャミルは仕事を終えてのんびりと読書をしていた。その穏やかな時を邪魔されたこともあり、若干不機嫌な表情をみせるが――
「こればっかりは誰よりもキャミルさんが一番頼りになると思います! キャミルさん以上にこの国で魔術に詳しい人はいないと俺は確信しています! ぜひご教授願います!」
信念に満ちた瞳に嘘偽り無い心からの賛辞によって。
「…………しょ~がないわね~!」
ご機嫌な表情となり簡単に篭絡されてしまう。
この表情の変化にレインは「段々とチョロくなっていないか?」と心配の念を抱いた。
「で? どういう風の吹きまわしなのよ? たしかに黒霧の長時間利用は色々な面において便利だけど、どんなことをしたいのかしら?」
「実は――」
キャミルに黒霧を利用した魔力消失空間内における錬金術を説明する。これには聞き耳を立てていたレインも聞いたことのない試みに驚きを隠せなかった。
「へぇ~、錬金術に応用するだなんて面白いこと試すのね。怪我の心配は薄いけど不確定要素が多いわね……」
「だが、試す価値は高いと私も思う。キャミル、可能かどうかの判断は君に任せる。テツオもそれでいいね?」
「わかりました!」
「はいはいっと……じゃあ早速始めるわ、本格的なのは明日からにするとして、訓練に必要なの考えるわよ」
夕暮れ時が近くなった訓練場に足を運び訓練方法について思案するキャミル。
破術を使用するには破力が必要、破力を得るには魔力が必要。魔力を得るには人が必要となる。
「とは言っても、私が魔力を渡し続けるのも難しいわね。指導に集中したいし……レインから提供してもらおうかしら……」
「でも、レインさんって国の大事な戦力ですよね? 魔力をいたずらに消費する事態は避けた方がいいんじゃ……?」
「それも問題ね。ケインとかゴッズなら問題ないかしら……」
誰を贄するかのような物騒な事を言い出していると、訓練場の門から見慣れた桜色の髪をなびかせながらやって来る者がいた。
「お~い! 主人! すぐに見つかったから届けに来たよ~!」
「おお! 流石はセクリ! ありが……なっ──!?」
想定以上の早い仕事に感謝の気持ちが溢れるが、セクリが抱えて持ってきているのは10ℓは余裕で入りそうな金属の光沢を放つミルク缶。そしてそれが間違いなく大型の『マナ・ボトル』であることはセクリの表情が絶対的な自信を宿した笑顔が証明していた。
「なんだそれ!?」
「エレベーターに使われているものの予備部品なんだって。魔力も満タンだからいつでも使えるって」
「ああ、確かにこれがあれば魔力の心配無くなるわね。地味すぎて記憶に無かったわ」
重々しい金属音と共に地面に置かれ、見た目に違わぬ重量感を見せつける。同時に湧き上がる期待感に喉が鳴る。そう――
「このサイズでどれだけ魔力が入ってるんだ……?」
調合を行う際に必要な魔力がこれで賄えるのではないかと。加えて、採掘場の時と同じように遠慮なく使えるという高揚感。
「いいこと思いついた!! あれとこれを組み合わせれば……! やるわよ!」
「え、あ、はい!」
ほんの数分で終了した改造作業。調査部隊支給の背負い鞄にミルク缶型を入れて出来上がり。そして、それを鉄雄が背負う単純なもの。
「中々重いですね……」
両肩に食い込む肩紐。容赦なく地面に引き寄せる重量。アウトドアの経験があれば慣れた重みなのだろうが、インドア派な鉄雄にとっては未体験の重みを只々耐えるしかなかった。
「そして、ボトル。いえタンクと言うべきね。これをレクスとコードで繋いで……完成よ! 恰好はともかくテツオの理想になったんじゃないの?」
「……あっ! 確かに!」
重量に難ありとは言っても、鉄雄が望んでいた序盤の弱点が消えたということ。味方の誰かから魔力を貰う必要もなければ、敵から無理矢理奪う必要も無い。
「おお……! でも、この姿で冒険や戦闘って現実的じゃないよね?」
「まあな。こんなでかい弱点剥き出しで、的みたいになってたんじゃ足手まといも良い所だろうな。それに冒険に行くとしても食料も持てない、採取物も回収できない。利点ゼロ。訓練用だな」
セクリの指摘など言われる前に理解しており、装備して軽く動くだけで悪い所がいくらでも浮かんでいた。肉体の未熟さもあるが、これを装備することは現実的ではないことは鉄雄も反論の余地無く納得していた。
「雑談はそこまでよ。終業時刻までそんなにないから今日は黒霧を低出力で発動させたままここを周ってなさい。意識すべきは術の維持。術が解けそうになったら足を止めてもいいわよ」
「了解しました! ……よしっ!」
一足先に修行が始まった鉄雄。体力の向上と破術の効率的運用の会得。
意図せず効率的な方法が生み出された瞬間であった。
一方その頃。
「ナーシャ! 今平気?」
「わわっ!? いきなりどうしたんですかアンナさん?」
勝手知ったる我が家の如く、ノックすること無く遠慮の欠片無しにドアを開けて突入。
これには穏やかなナーシャも驚かざるを得なかったようだ。
「ナーシャって魔力の放出を抑える技術知ってるよね? それを教えてほしいの、完全に放出を抑えるレベルのものを!」
「そうはっきりと申して下さるということは、何か光明が見えたということですか?」
「? あっ、そうだった! 昨日の夜に新しい調合方法はわかったの。それは――」
キャミルの時と同様の内容を説明し――
「なるほど……確かに森で教えた技術を完璧に扱えた場合、魔力を体内に収めることになるので黒霧に触れても奪われることはありませんね」
「なら、さっそく教えて! 今だとどうしてもちょっと纏うぐらいまでしか抑えられないの」
前のめり気味にナーシャに近づき教えを乞おうとするが。
「申し訳ありませんが私もそこまではできませんの」
「ええ!?」
「その技術の名は『虚』、文献に記されてはいましたが必要性も非常に薄く。扱える方もそうそういらっしゃらないのが現状ですわね」
「そんなぁ……」
この世界の人間のとっては魔力は生まれた時から着ている鎧。あらゆる危険から身を守ってくれる己が生み出す衣服。わざわざ脱いで自らを危険に放り出すことは誰もしない。
「ただ、虚を治めた者は武芸に秀でていると書いてありましたわ。……いえ、今思うと逆かもしれませんわね。武芸に優れているからこそより何かを求める為に会得したのではないかと」
「となると魔力に頼らないで強い人か……やっぱり知ってそうなのはあの人? 隊長の人達は魔力に頼った戦い方してたし……」
「誰か思い浮かぶ方でもいらっしゃいました?」
頭に浮かぶ強者達。調査部隊、討伐部隊、防衛部隊の各隊長と副隊長の姿。しかし誰もが当たり前に魔力に頼り黒霧にしゃぶり尽くされ、一方的で圧倒的な戦いを思い出す。
ただ隊長格でもないのに、妙な魔力を放っていた人物は覚えていた。さらに自身と同じくらいのそれ以上の運動能力を有していると予想もできた。その名は──
「サリアン・ラビィって人。兎耳の頭飾りを付けててナーシャみたいに普段から魔力ぜんぜん出してなかった、それでわたしと同じくらい動けてた」
「それは大変興味深いですわね……」
「騎士団のお仕事ってどうなってるかわからないから明日聞きに言ってみる。今日はありがとね、また明日」
「ええ、また明日」
勢いそのままに部屋を後にするアンナ。賑やかな存在が離れて部屋には静寂が訪れる。
「がんばってくださいね。アンナさんには落ち込んでる顔は似合いませんから」
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