第33話 一人とみんなの錬金術
5月4日 風の日 15時20分 アンナの部屋
翌日、授業を終えたアンナは鉄雄と一緒にルティを引っ張るように自室に連れ込み、先日聞いた方法を試すことにした。
「ふむ、では実験の準備といこうか。きりきり動きたまえよぉ」
ルティは招待された人間の権利をこれでもかと行使し一早くソファーを陣取り、その身を深く沈めて息抜きの大きな溜息を吐き、風船が萎むかのようにだらけた姿を恥ずかし気も無くお披露目する。
「まったく、教えてもらう立場じゃなかったらぶん投げてる!」
「こらアンナ。そんなトゲトゲしい言葉は使うんじゃない」
「むぅ……しかたない」
頬を膨らませながらも、想定していた調合の準備に勤しむ。今日はあくまで『破魔斧レクス』を使用した調合の際に起こるであろう問題点を洗い直すための模擬的な物。
本番で起こさないために今のうちに失敗を重ねるために。
「気にしないでくれたまえ。ぼくとしても実に興味深い実験でもあるからね。元々は『惨劇の斧』で今は『破魔斧レクス』……かの悲惨な歴史を刻んできた遺物がこうも変わって、錬金術の助けとなる。まさに誰も想像してない光景が今広がっているのだから!」
「わたしはぜんぜん知らなかったんだよね。そんなに有名なら村にまで届いてもおかしくないと思うんだけど?」
「意図的だとぼくは分析するね。オーガ達は比較的魔力が少なく肉体に優れていたからね、破魔斧を持った者が挑んだとしても勝ち目は薄かっただろうし、ひょっとしなくとも破魔斧レクスを扱える者が現れたら相当危険だろうからね」
「なるほどね~。でも、魔力の無い人はわたしの村にはいなかったから結局使いこなせないけどね」
肉体が優れた者が魔を破壊する武器を手にした時の危険性。箝口されていたことに納得し破魔斧談義も和やかに過ぎていく。
そうして、本番を想定した位置取りに付いた。
錬金釜にはアンナが棒を持って立ち、鉄雄はその近くでレクスを構えて立つ。
「えぇ~と……わたしが調合している最中にテツが黒霧でわたしごと周囲を包み込む」
「大きさとしてはそこまでじゃないな。アンナが動き回るわけでもないからサイズ変更は考えなくて良さそうだ」
「ふむ、部屋の隙間から入り込んだりアンナ君の発する魔力を完全に閉め出す。そうすれば属性の力が発生することは無い。調合の安定性は増すという訳だ」
釜とアンナを黒霧で包み込むことで魔力が無い空間を作る。
この空間に魔力が入り込もうとすればたちまちレクスの白刃に吸い寄せられ食べられる。
「配置や回転速度に気を付けながらかき混ぜ続ける……」
「この間はずっと黒霧を維持し続ける必要があるってことだよな? となるとそこが最初にして大きすぎる問題だな……」
「どんな問題があるのかね?」
「単純に魔力が足りない、安定して覆える量を長時間維持するとなると……考えたことない量が必要になるんじゃないか……?」
そうは言いつつレクスの刃が黒刃だった頃を思い出す。尽きることの無い深い泉のような破力。あれなら余裕で維持できるだろうと。
消費量が吸収量を上回れば黒霧を維持することは無論不可能。研究により魔力が破力に変わる変換効率は『1:1』と判明している。
だとしてもロスは生まれる発動に10の破力が必要だとしても、11、12と無駄に多く使用することもある。
「なるほど、通常の調合なら10分~20分。長くても1時間。ただ、魔力消失下での調合となると何時間かかるか分からないのも事実。下手すれば半日、いや1日がかりかもしれない。その間ずっとアンナ君は釜をかき混ぜ続け、君はずっと術を発動し続けなければならない。という訳だな」
「マジでどぎついな……」
「それにもう1つの問題としてアンナちゃんはずっと魔力を吸われ続けるってことでもあるよね? 命に関わるんじゃ……」
セクリの指摘通り大きな問題の一つ。
黒霧の中にいるということは魔力を吸われ続けるということ。そして生まれながらにして魔力を持つ者が魔力を失えば凄まじい疲労感と脱力感に襲われる。
そうなれば調合の続行は不可能、魔力吸収を解除して失敗を受け入れるしかない。
「やはりこれはぼくの妄想のまま封印しておくべきじゃあないか? 魔力の放出を完全に抑えないと実行は不可能と判断すべきだろうね」
言葉と表情に不安と心配が映る。自分でも言っていた物理的身体的特徴を無視すればできるということ。
すなわち人道的に反した実験となりかねない。ルティはそこまで狂気に堕ちていない。危ないと思った物には注意深く離れ、甘えて良いものには心の赴くまま飛び込む。そんな心を持っているのだから。
「……それに関してだけどいい方法を知ってそうな2人がいるの。1人はこれからすぐに聞きに行って来るから」
「俺も俺で魔術に明るい人がいるから長時間の運用について聞いてみることにする。魔力に関しては大容量のマナ・ボトルがあれば解決すると思うから、まずはそれを見つけて試すべきだな」
「ならそれはボクの役目だね。立派で大きいマナ・ボトルを探してくるよ!」
ルティの不安とは裏腹にそれぞれが解決に至る道を思案しており、不安の色はどこにも無かった。むしろ心配することが失礼だと言わんばかりに互いの事を信頼しているようにも見えた。
(う~ん、ぼくが無理だと思ってもアンナ君達は諦めることしない。知識はぼくの方が圧倒的に上だけど、何かが違う……ぼくに無い何かを沢山持っている。それが前に進ませているのか?)
錬金術の知識、技術、発想力、全てが優秀であり何時しか誰も彼女に並ぶ者はいなくなった。教師と同等、いやそれ以上の能力を持っていた。
故に頼るという言葉を知らない。全部自分の頭で解決できたから。
故に信じるという言葉を捨てた。全員自分よりも劣っていると理解したから。
「まだ休むには早すぎるからやるだけのことはやるよ!」
「「おおー!」」
まるで光と影のように眩しすぎる一体感に焼かれてしまいそうになる。そして、ルティを忘れたかのように部屋を後にする3人。
「ぼくはどうすべきかな……」
ドアが閉じれば静寂が訪れ、部屋の主でも無い客を一人その場に残した。
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