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第32話 ぐるぐるする頭を止める大事なもの

 5月3日 水の日 21時00分 アンナの部屋


「本当にどうしよう……」


 理想的なマナ・ボトルを作ることは試験期間にはできない。ううん、試験を過ぎても作ることはできないかもしれない。

 テツがあれだけ嬉しそうに期待していたのにわたしはそれに応えることができない……実力も知識も足りないから。

 グラスリル結晶を手に入れて、あの時と同じように調合すれば完成する。

 ユールティアが言うことが本当ならそれで合格できる……でも──

 それじゃあ意味がない!

 破魔斧が使えるようになってからテツは自信を持つようになってくれた!

 前は殻に閉じこもってるような、ずっと何かに怯えてるような感じだったのに。破魔斧を手にして色々できることがわかって、わたしの隣に立ってくれるようにもなった。

 本当に嬉しい変化だった!

 これが使い魔との本当の関係だって思えた。

 だから諦めたくない! 

 わたしを期待してくれていたのに、わたしはそれに応えることができないの? 違う!

 あの失敗作がわたしの実力だと終わらせたくない!

 誰にも使われない失敗作で合格して満足したくない!

 悩むのはもうやめだ!


「よしっ――!」


 気合を入れ直して両頬を叩く。「パァン!」と耳が痛くなるぐらいに気持ちよく響く音。

 ちょっと強く叩きすぎたけど、悪いことを考えてるわたしにはちょうどいい。

 すごい道具がないと作れないとか、すごい技術を覚えないと作れないとか、どうしても時間が足りないとか、そんな決まったようなことを言われて。

 はい、諦めます。なんて絶対に言いたくない。

 いくらユールティアがわたしより錬金術に詳しくても、全部知ってるわけじゃないはず。知らないこともきっとある。それに、今この間に新しい技術が作られてることだってある。

 ここにこもって考えてもいい案は思いつかない。わたしだけじゃダメなんだ。テツやセクリ、レクスにだって聞いて針の穴でもいいから突破口を見つけないと!

 あとはどうにかするから!


「あれ? 誰もいない……?」


 覚悟を決めてアトリエに戻っても誰もいない。

 セクリは地下の部屋に戻ったのかもしれないけど、テツの気配が全然しない。ひょっとして寝てる?

 そう思って、音を立てないようにそっとドアを開けると灯りが点いたままの誰もいない静かな部屋がそこにあった。


「夜の散歩?」


 テツは結構外を見るのが好きみたい。よく空を見上げては「空気が綺麗」とか言ったり夜ならベランダで「星がよく見える」なんて満足した顔で言ったりしてる。

 わたしも見習って空を見上げてみようかな?

 屋上で空を見上げれば何か思いつくかもしれない。うん、そうしよう。


「ん……?」


 廊下に出るとどこからか声が聞こえる? 静かな寮だから普通に喋るだけでもよく聞こえる……こっち? 階段の方? 

 屋上は1つ上った先、誰だろう?


「――がんばってきたことが意味の無いことだと否定されたと思ってしまったのか……?」


 その聞き慣れた声にドキっとして。思わず入口の影に隠れてしまった。

 どうしてここにテツが? それにセクリも……あっ、ユールティアもいる。


「そうじゃないと思う。だってアンナちゃん作ることは一生懸命だったけど、合格することはあまり口に出してなかったから……作れないことも悔しいんじゃないのかな?」


 何のことかと思ったら、わたしのことだった……。

 わたしが悩んでいたことを心配してくれていたみたい。

 それに、2人がわたしのために何かをしようとしてくれる温かい気持ちがすごく伝わってくる。

 でも、否定するところは否定しないと……悩んでいるのはテツのせいじゃない。確かにテツのためにすごいのを作りたいと思ってるけど、テツのせいで辛いとか苦しいなんて欠片も思ってない。

 わたしが喜んでる未来を見たいからしているだけなんだ。

 飛び出してそういいたいけど…………絶対にへんな空気になる。

 タイミングを計りながらユールティアの話を聞いてると参考になる。

 わたしがなんとなくこうなるだろうってことがちゃんと言葉にできるのはやっぱりすごいと思う。ちょっとスケベなところがあるけど知識は尊敬できる。


「──ならばどうすればいいか? 答えは簡単、魔力を一切無くして調合するということなのだよ!」

「「えっ?」」

(えっ?)


 その言葉に心臓がすごいドキリとした。でも、この高鳴りは嬉しさで満ちてる。

 真っ暗な山道を歩いていたときに遠くで光が見えたぐらい希望が湧いてきて安心できた。

 その方法を行うための道具はある! すぐ近くに。目の前に。

 

「ナーシャの言った通り、あなたって天才錬金術士なのね」


 もう、隠れて盗み聞きすることなんてない! この熱くなった心のまま動かないと最高の未来が離れていきそうだから。


「ア、アンナ!?」

「アンナちゃん!?」

「「どうしてここに!?」」


 綺麗に揃った言葉に本当に安心できるぐらい仲良いのが伝わってきて笑顔になってきた。



「部屋を探しても2人がいなかったから、気分転換に屋上に向かおうと思ったら偶然見つけたの……ねえユールティア。そのやり方で本当にできるの?」

「試せる者がいないから何とも言えないが、理屈的には正しいとぼくは確信している。机上の空論と言われれば返す言葉もないがね」


 得意顔で胸を張りその言葉に嘘は無いという自信満々な態度。

 それに対して──


「できるよ。テツとレクスがいればね」

「へ?」


 流れるように机上の空論を受け入れる。

 アンナの視線が鉄雄に向けられ、その意図を汲み取った鉄雄がレクスを取り出しその姿をお披露目する。その斧を前にしてもルティは皆目見当つかず顔に疑問が浮かんでいた。


「君も聞いたことがあるかも知れないけど、俺が持ってるこの武器は元々『惨劇の斧』って呼ばれていて魔力を奪い取る力を持っているんだ。この力を──」

「ふぁぁああああああ!? 何でそんな危険遺物をお菓子を出す感覚で持っているんだい!? 国の一大事じゃあないか! ってうわおっ!?」


 蒸気機関のような驚愕の声を上げながらズリズリと破魔斧から逃げるように下がるが。

 背後の下り階段の存在を忘れていたのか足を踏み外し、バランスを崩してしまう。


「あ、危な──あう……」


 が、セクリと鉄雄が手を伸ばす必要も無く、丁度よく昇って来たアンナが倒れそうなルティを何食わぬ顔で片手で支えて、踊り場に押し戻す。


「もうその話は終わってるからへーき。ユールティアが来てない間にね」

「へ?」


 階段落下を助けられ説明を聞かされ得られた二つの安堵。


「お国から許可を得ているというわけだ。ふむ、とは言っても本当に大丈夫なのだろうね? ぼくが実家にいた頃からその恐ろしさは伝えられてきたからね。おいそれと信用できる訳じゃあないんだ」

「なら、触って確認してみるか? 魔力が取られるだけで怪我はしないから」


 刃は向けず、側面を表にして捧げるような丁寧さでルティの目の前に見せつける。


「なら試して……う。ぬぅ~~……!」


 まさに鬼気迫った表情で体はのけぞらせ片手の指先だけを恐怖が重しとなったかのようにゆっくりとカタツムリのような速度で近づかせていく。


「えいっ!」


 その手首を掴み無理矢理容赦なく指を刃に当てる。瞬間、目が見開き。

 抜かれていく魔力の感覚に合わせて顔色が青白く変化していった。この時点でアンナは支える程度の力しか入れてないが、未知の感覚が手を体を動かす事を拒み、数秒後弾けた。


「うわぁあぁあああ!? あ!? あぁ!? あぁ~! なるほど、なるほど……実に興味深い……脳が爆発しそうな衝撃ぶりだったよ……」


 冷静な体をふるまっているが手すりを支えに震える足で何とか踏みとどまり続けていた。


「でも、これで証明できたでしょ? その調合方法ができるって」

「とんだ使い方にぼくは驚きを隠せないよ。『国落とし』や『土地食い』の異名を持った危険遺物の力を利用して錬金術を行うなんて」

(そんな異名もあったのか……)

(懐かしいことよ……誰もが恐れおののきその名を叫んだのを今も思い出せるのぉ……)

「使えるものは何でも使う。それがわたしなりの錬金術だから。あなたの知識も借りさせてもらうから」

「まったくしょうがない。セクリ君にもお世話になっているし、ヤキソバパンの礼もちゃんとできなかった心残りもある。それにボクの仮説が正しいことを証明したくもある。叡智(えいち)を貸そうとしとうか」

「うん、よろしく!」


 固い握手をして、共に力を合わせることを約束した。知識と技術を差し出し合い新たな可能性を模索するために。


「面白くなってきたけれど。ふぁっ……すまないね。もうぼくはお(ねむ)が近い様だ……この続きは明日の授業が終わってからとしようか……楽しみにしておくよ」


 欠伸を一つ吐くと、眠気眼に移行し始める。


「それじゃあボクはルティ様を送ってそのまま部屋に戻るね。おやすみなさい2人とも」


 手を引いてエレベーターに向かい、ルティの部屋がある二階まで下りていく。


「あっ、そうだった。テツに言っておくことがあったんだった」

「ん? 何か気になることでもあったか?」


 しっかりと目を合わせ向き合い、心を落ち着かせるように呼吸を一つ。


「心配かけてごめんね、もうだいじょうぶだから。それと……テツのせいだなんて1度も思ったことはないから!」


 屈託のない笑顔でそう伝えると、照れくささで顔が赤くなる前に顔を背け、疾風の如く足早に部屋へと駆けるアンナ。


「本当に強いよなアンナは……」


 すぐに部屋に戻ろうとせず、窓から見える夜景を眺めながら改めてアンナの芯の強さに感心していた鉄雄であった。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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