第28話 使い魔仲良し大作戦!
5月1日 太陽の日 9時00分 錬金学校マテリア グラウンド
今日の授業は錬金科の生徒達は珍しく運動着に身を包みグラウンドに集合していた。その隣には自分達が契約した使い魔を連れて。無論アンナの隣には鉄雄がきっちりと立っている。
「ではこれより毎月恒例、使い魔との絆を計測させていただきます」
「使い魔との?」
「絆?」
今日は使い魔を連れての授業ということは知らされていた。しかし、内容までは聞かされておらず、首を傾げ疑問の表情を浮かべる二人。
「アンナさん達は今回が初めてなので簡単に説明させて頂きます。今日の授業の目的は──」
マテリアにおいて生徒の錬金術士と使い魔の関係はただの主従関係にあらず。宝と番人のように命を賭けてでも守り奪われてはいけない大切な存在であるということ。
しかし、使い魔にも感情がある。何でも言うこと聞き、どんな我儘も聞いていればいつかは呆れて主と見なくなり守るべき時に力を発揮できなくなる可能性もある。
だが逆に感情があるからこそ、本気で主を守護する際に普段以上のありえない力を発揮する事が可能となる。
その鍵は両者の間に育まれし絆によって生まれる。なので、互いの仲を確認するために今回のような授業を定期的に行う。ということである。
「俺とアンナの絆なんてわざわざ証明して見せびらかす必要も無いだろうに。何度同じ食卓を重ねたと思ってるんですか?」
「そうだよね。わざわざ調べる必要なんてないって」
自信満々に胸を張って、やましさなど無い声を上げる。同じようなことをしている二人に他者から見てもその絆はなんとなく感じられていた。
コミュニケーションの取りやすさは魔獣と比べて圧倒的に簡単。
「ところがそうは行きません。むしろ人間のように会話が可能な知的生命体と契約した方だからこそ注意をしなければなりません!」
はっきりと確信を持ち二人の絆を怪しむ言葉。有識者の放つ圧に二人は思わずたじろいでしまっていた。
「ど、どういうこと?」
「答えは簡単、嘘を吐けるということです。言葉では仲の良さをアピールできても共に行動する時に歪さは出て来るものです。今回の授業はそれを知るために行うのです」
「もしも、評価が低かったらどうなるんですか?」
「使い魔は錬金術士を無条件で守護する存在であり、主の拠り所でなければなりません。信頼関係が結べないのであれば解消し新たな使い魔を召喚してもらうことになっています」
事実のみを伝えるように淡々と最悪の未来を提示される。
(マジでか……!? いや、大丈夫なはずだ。あの日々が無味乾燥を重ねてきたわけじゃないに決まってる!)
(いまさらテツ以外と契約なんてムリだって!)
「なので、この時間は自由に過ごしてください。ただし勉強や仕事に関することは禁止となっていますのでご注意を。では、説明も終わりましたのでみなさんご自由にどうぞ」
解散の合図と共にグラウンドに広がったり、温室に足を向ける者達。遊具用にと用意されていたボールを手に取る者。手入れの道具に手が伸びる者。様々であった。
だが、アンナと鉄雄は止まっていた。
「……わたし達って普段なにしてたっけ?」
「……………………全然思い出せん」
契約してから今に至るまでの日々を思い返してみても共に食事をすることや会話をすることはあれど、明確な娯楽を共に楽しんだということは無い。
初めてのダンジョンの後はセクリが使用人として仲間となり、間もなく鉄雄が騎士団に入隊することになったり、アンナの昇格試験が重なったりと余暇と言える時間がない。
つまり、二人きりの時間は殆ど無く。互いが互いを理解し頼る前にセクリという万能中継人が現れてしまいぶつかりあって絆を育むことがなかった。
「だが待って欲しい、ダンジョン探索や素材探索が遊びに劣るだろうか? いや、無い! その点では俺達の仲の良さは証明できているはずだ!」
「でもそれはただ単に使い魔としての仕事をしているだけでは無いんじゃ?」
「ぐぼぁっ!?」
片膝をついて狼狽える様子をからかうような笑い声で見る一つの影。
貴族である乙女アリスィートが竜馬を堂々と乗りこなし、目下に悩む二人に向かい言葉の槍を突き刺した。
「まったく、何をやっているのかしらね? 私はこの子、ヴァンロワに乗って壁外の草原を駆けまわったり龍麟を磨いたりしているわ。いくらでも共に過ごしたエピソードを話せるのよ。もちろん、採取に行った話も獣を狩った話だってできるわ」
威風堂々と嫌がる素振りを微塵に見せず背中に乗せたアリスを主と認める姿。料理が皿に乗っているのことに疑問を覚えない程の人馬一体な絆の強さに反論の一つも出てこなかった。
「か、勝てない……! この長年積み重なった思い出の断層みたいな重厚感に……」
「いや、こういうのは……勝ち負けとかじゃない!」
凄まじい精神ダメージから何とか立ち上がり苦し紛れの反論をする。
「その点については認めるわ。仲の良さなんて他人と比べる必要無いので。まっ、精々アピールをがんばることね!」
勝負にならないと言わんばかりに余裕綽々に告げると重厚ながらもリズムの良い足音を奏でながらグラウンドを回り始める。
「よし、こうなったらみんながやってることを俺達もやってみるぞ!」
「うん! それに他の人達ってどうすごしているのか興味ある」
こうして二人は他の主従達がどのように交流を深めているのか観察することにした。無論最初に声を掛ける相手は決まっている。
「あっいたいた! ナーシャ! 少し話してもいい?」
「ええ、かまいませんわ。この子にお水をあげ終わったので」
「その子がナーシャの使い魔なの? そういえば今まで見たことなかったけどそういうことだったんだ」
数少ない友であるナーシャ。使い魔と一緒に過ごしている姿は見た事は無かったが、その理由は使い魔の姿を見たらすぐに理解できいた。
「ええ、そうですわ! アルラウネの伽羅といいますの。普段はベランダで日光浴をさせていたりしますの」
そよ風に揺れる葉と花。大きな鉢植えに根を張り、緑の身体は樹木の様であり頭に花を吐かせる植物の少女。人の子供と大して変わらない大きさで紹介通り陽の光を浴びて眠っていた。
「へぇ~キャラって言うんだ。何だか人に似てる部分もあるんだ」
「でも何というか戦闘能力はあんまり感じないな。それに台車に乗せないと移動できないのも大変だな……」
彼女はここに到着するまでも台車にキャラを乗せて押してやってきた。その間彼女は一切目を覚ますことなく台車の揺れをハンモックの揺れのように穏やかに眠り続けていた。
「元より戦闘は求めていませんから問題ありませんの。この子には園芸の手伝いをしてもらう大事なお仕事がありますので、そちらでは大変頼りにさせて頂いていますのよ!」
「へぇ~、それじゃあ普段はどんな風にすごしてるの?」
「そうですわね……水やりや虫が付いていないかの確認は日課ですので。あ、笛を聞かせていますわ。眠っている時は偶に曲調に合わせて揺れてくれるのが愛らしいんですのよ! 後は近くで本を読んでいると私に気付かれないようにツルを伸ばして足に絡もうとするのもたまりませんわね! 他にも──」
火が付いたように二人の繋がりを話し続けるナーシャ。知らず知らずのうちに話したい欲求が溜まっていた現れなのか思い出話が思い出話を連鎖して呼び起こされていくかのように話を続けていく。口が止まったのは喉が渇いて水分補給を求めた時だった。
「すみません、つい話が弾んでしまいましたわ」
「う~む、やはり年季が違うな……」
「やっぱり他の人達のやってることを真似してみるのが近道かも!」
こうして他の主従達の行っていることを自分達でも行い、自分達に会った過ごし方を模索することにした。
~STEP1.キャッチボール~
こうしてキャッチボールするのなんて何年? いや十何年ぶり? 学校の授業であったかなかったか怪しい記憶が最後だ。
グローブはないけどこんな柔らかゴムボールなら怪我の心配は無いな。
最初はアンナに投げさせて、今度はこっちが投げる。懐かしさを覚えるコミュニケーション。今時はもうこんなことをする親なんていないんだろうな……。
「よし来い!」
「いくわよ~! ……えいっ!!」
瞬きの間に点のような距離にあったのが壁のように迫っていた。
「は──?」
額から響く衝撃。天に打ち上がるボール。痛みは少ないが驚きに心と頭が付いて行けてない。
今の今まで忘れていた。アンナの肩力はすごいんだって。これが硬球だったら間違いなく俺の頭蓋骨は粉砕されていた。柔らかゴム製だったおかげで空を見上げるだけで済んだ。
「だ、だいじょうぶ!? 力加減がよくわからなくて……」
「も、問題無い……この通りだ──」
綺麗に打ち上がったボールが俺目掛けて落ちてきたのを何とかキャッチする。
相手が乗せた感情を何としてでも掴み取る。これこそがキャッチボールだ。
……いや、これをキャッチボールというのは流石に失礼かもしれない……。
~STEP2.ブラッシング~
俺の鞄には幾つかの用意がある、怪我をした時用や、非常食、他にも身だしなみを整える為の櫛も。
「これって逆じゃない? ふつうはわたしがテツの頭をどうこうするんじゃないかな?」
「間違って無いと思うぞ。俺はそんなに髪の毛長いわけじゃないし、こっちの方が俺が楽しいからな!」
ずぅ~と! 俺はセクリが羨ましいと思っていた。寝起きのアンナは髪をまとめておらず寝癖が目立っている。何時の間にやらそれを治すのはセクリの役目。
もっと別の髪型とか試してみても──
「そういえばいつもサイドテールだけど何か拘りがあるのか?」
「ん~? ああ、わたしって片方にしか角が生えてないでしょ?」
「そうだな」
「バランスを取るために反対側にまとめてるの。こうした方がなぜか調子出るの」
興味本位で聞いてみたけどかなり重要な情報を耳にした気がするな。となると髪型変更のアレンジの幅もそこまで広くできないってことか。編んだりすることは問題ないかもしれないけど、片側団子とかは似合わなさそうだ。
「あっそうだ、角もしっかり見ておいてね。見えない所に汚れや傷がないか確認おねがい! やっぱり角は1番見られるんだから綺麗にしておかないと」
「ああ、任せとけ」
これは種族的な嗜好なんだろうな。角が美しく立派であることがその者の格を現す。って訳だろう。
アンナの角は白くて綺麗だ。武骨さというよりしなやかで陶器みたいだ。でも、触るととても硬い。
「先端がとがりすぎてるとぶつけたときが危ないのよね。そろそろ艶出しするのもいいかも……」
ということは角磨きってあるのか? やはりこういうコミュニケーションってちゃんと取った方がいいな。こういう身だしなみに学や理解が無いと、相手を知ろうとしてないと思われかねない!
「ふぁ……髪とか角をいじられるとなぜか眠くなるのよね……」
~STEP3.乗馬~
「アンナ乗れ! 合体だ!」
「えぇ……本気でするの?」
「やるしかない!」
俺は片膝を突いて合体の時を待つ。
渋々ながらも俺の両肩に白い体操着と褐色の太もものコントラストを乗せてくれた。
「主従合体! アンナリオン! ここに見参だ!」
「えぇ……どういうことなの……」
こうして現れるは全長2mは優に超すアンナリオン。
右手には杖を持たせ、左手には破魔斧レクスを持たせる。扱えない武装かもしれないのはご愛敬だ。
「高さだけは私に届いたようだけど、それだけね」
「テツ、動けないの!?」
「肩車なんてまともにやったの初めてで動き方が全然分からん……!」
本当の気持ちは絶対に口に出してはならない!
それ即ち、俺の男としての沽券関わるだけではなくアンナに恥をかかせてしまうからだ。
アンナは良く食べ、良く動き、良く鍛えられている。見た目以上にその体の密度は高く重い。
「えい」
アリスィートがささやかな威力でアンナを杖で突いてくると。
「あわわわわ!?」
「うおっとっとっとっと!?」
大きくバランスを崩してしまい、強制的に合体が解除されてしまう。
「随分と貧弱な足だこと、この程度じゃいざという時に運べないのではなくって?」
「テツ! リベンジよ!」
「……すまん。はしゃぎすぎて次の合体シークエンスまで冷却期間が必要だ」
「ようするに休みたいってことね」
なんとも不甲斐ないが、肩車を提案しても嫌がられないというのは何故か気分は悪く無かった。絆というのがはっきりと育まれているのだと思う。
ただ彼女の言うことには一理ある。肩車ではないにせよ、アンナを運んで逃げる時はありえる。もっと安定感を出すためには鍛えないといけないな。
「はい、では今回の使い魔交流は終了とさせていただきます。使った物はちゃんと戻してくださいね」
太陽が真上に上がる頃、終了の報せを受けた生徒達は解散しグラウンドを後にする。ただ一組、マルコフに近づいて行く。
「マルコフ先生! これの評価はどういう基準なんですか?」
「ほっほっほ、心配なさらなくても、あなたやアリスィートさんが言っていた通り仲の良さに優劣の付けようはありませんし評価なんてしようがありませんよ」
授業始めに言っていたことなど覚えてないかのように穏やかに髭を撫でる。
その言葉に二人は破裂寸前だった風船から空気が漏れるような安堵の溜息を吐いてしまう。
「あんまり深く考える必要はなかったのね……」
「そうだな……じゃあ、今日はこれで終わりなら気分転換にどこか食べに行くか?」
「セクリの料理もおいしいし、何かチャレンジさせるのもいいんじゃない?」
「何か干物色々買ったとか言ってたしなぁ……」
軽い足取りながらも同じ歩調を合わせて去っていく。加えて服が擦れ合いそうな距離感。この事実に二人は何も気付いていない。
(あなた方も気付かれていないだけで十分絆を感じられる仲ですよ)
他人のことは良く見えていても自分達のことはまるで分かっていない。誰しも私とあなたは仲良しだ。なんてことを口にすることは無い。他人に言われて初めて意識できるようなもの。
誰がこの二人の絆について口を出すのかは未だ不明である。
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