第22話 大人になるって笑顔で汚いことができることなの?
道中の魔光石を殆ど取り尽くしたのでライトやランタンを頼りに無事脱出した三人。
魔光石の山はあのまま大空洞の地面にランドマークとして残した。例え光飲石の闇が再び溢れても最低限押さえつけるために。
その後は他の廃棄された採石場の調査も行ったが、入る前から落盤で通行不能であったり、異様な獣臭さから獣達の巣穴になっており入ることが叶わない場所もあった。
再利用できる可能性があるのはアンナ達が最初に探索した洞窟だけであった。
「いや~、予想通りと予想外、2つ報告があって驚きましたよ。皆さんが再利用可能と判断してくれた洞窟もバット達を一掃してこちらでも調べてみますね」
「なるべく再稼働を検討するなら早く実行する事をお勧めするわ。光飲石を全て採掘できた訳でもないから時間が経てばまた闇で溢れる筈だから」
「ええ、御忠告感謝します。……ところでそちらの物理的に妙に暗い方は」
「調査の際に採掘した物を持ってくれているのよ」
鉄雄は光飲石の入ったリュックに破魔斧も一緒に入れて持っていた。それなりの量が採れたので対策していなければ漏れ出す闇に飲まれて存在が薄くなってしまう。
漏れる闇に身体が隠れ、日陰では幽霊かと見間違えてしまいそうである。
「なるほど、それでは早速採掘した物を回収させていただきますね」
「えっ!?」
脅す訳でも下手に出る訳でも無く当たり前と言った口調で、アンナ達が集めた素材を貰い受ける要求をしてきた。
アンナは寝耳に水の入るが如し言葉に驚きを隠せなかった。
「そんな驚かれましても、ここは我々の土地であるのには変わりません。我々が許可したのはあくまで調査のみ、採掘の許可はしていませんよ」
「まっ、そういうことね。探索の邪魔になる光飲石の採掘はさせてもらったけど」
「そんな……」
「ええ、ええ。若き錬金術士様を盗掘者にしたくありませんから。これも致し方ないのですよ。必要とあれば店舗でお買い求めくださいな」
顔を伏せて落ち込む様子を見せるアンナといけしゃあしゃあと憎たらしい笑顔を浮かべる採石場の管理者。
「仕方ないな……これが回収した光飲石だ」
飲み込み切れないが仕方ないといった顔で渋々とリュックを下ろし、破魔斧を抜き取り床にガラガラと光飲石を拡げると、飢えた獣のようにそれに群がる大人。
本物だと示すように部屋の魔力に反応して闇が発生し始めた。
「これだけでも長年溜まるとあれほど闇が溜まるのか……」
「では、我々はこれで失礼致します。こちらに調査終了確認の署名を――」
「ええ、ええ! ごくろうです! ご自由にお帰りください! 私達はこれから会議をしませんといけませんから」
素早くサインを記入すると、興味の対象は光飲石に完全に移りもう用は無いと言わんばかりの態度で半ば追い出される。
手ぶらのアンナに空のリュックを背負う鉄雄。軽い足取りで採石場の騒音から離れると。
「本当にこんなことがあるんだ……」
無慈悲に素材が回収されたのに落ち込んだ色が微塵も残ってはいない。
むしろ呆れと失望で彩られていた。
「ここの連中は自分達が錬金術士達に素材を提供してやっていると思ってるのが多いからね。内心自分達ができなかった事を私達が成しえたことが悔しくてしょうがないのよ」
「世界が違ってもそういう人はいるもんなんだな」
「さてと、回収して帰るわよ。調査任務は大成功、採取も大成功。言う事なしね」
帰り道の途中、道から少し外れた低木の影に闇に覆われたリュックが一つ。紛れもなくアンナの物。
そう、サリアンは回収されることを見越して管理者に会いに行く時は鉄雄のリュックに少量の光飲石を収め、生贄とした。他の採石場の調査する途中で本命のたっぷり素材の入ったアンナのリュックを別の場所に隠して。
「でも、本当にいいのかな? 泥棒なんじゃ……」
「元は廃棄されていた採石場。再開の基盤を作ったのに礼の一つも無いなんて大人として礼節に劣るだろうに。本当の泥棒が入っていたら教えられることなく全部回収されてたかも知れないんだぞ? それに比べればこの程度ダメージにもならないはずだ」
「私は別に聖人を気取ってるわけじゃないし、媚売ったところで調査部隊に恩恵がある訳じゃないのよね」
良くない事をしている。それを理解しているから晴れやかな顔になり切れない。大人二人はこの行為に罪悪感が無い。だからこそ自分がどうにかせねばという想いが湧いていた。
「やっぱり――!」
「ただ、事実を言うなら仮に全部渡したらアンナの下には当分の間届くことはないわね。希少鉱石なのは変わらないから、鉱石店に高額で卸されるか、錬金貴族に貢がれるかのどちらかね」
「え!?」
良心の呵責に苛まれて振り返ろうとした足が止まる。
「その気持ちは間違いじゃないし、大事にしてほしい。けど、偉い人の食い物になることが正義じゃないぞ?」
アンナの気持ちを肯定しつつ、戒めを伝える。
ここで自分の荷物を正直に渡しにいけば、試験に間に合うか怪しくなる。もしもあの時持っておけばという感情に襲われるかもしれない。警備を掻い潜って本当に泥棒することになるかもしれない。
「自分の選択で誰かが傷つくのか、自分だけが傷つくのか、誰もが笑顔になるのか。よく悩んで選べるようになってくれ」
「そんな難しいことを言われてもよくわからないって……大人ってその選択がうまくできるの?」
鉄雄は一つ息を吹くと堂々と――
「ぜんっぜんだな! 俺なんて自分が得する選択すらできた記憶が無いな!」
「……大人になるって笑顔で汚いことができることなのかな?」
アンナの記憶には二通りの大人がいる。
平気で嘘を吐き、他人を騙し自分達が得するように動く者。
泥に塗れようとも、理不尽に襲われても笑顔で誰かを守ろうとする者。
どちらの姿も心に深く根付き、これからの自分の生き方に影響を与える程の姿。
「結構辛辣なこと言うなぁ……アンナもこれから色々な人に出会ったり色々な事を経験して清濁理解していくもんだ」
「使い魔なのに親みたいな事を偉そうに言ってるのね。思わず呆れるわ」
弱い所を突かれたのか渋い表情を浮かべてしまう。血縁関係でも無いのに年下の世話を焼くような行動。無意識でするには末っ子の鉄雄は経験値がまるで足りない。
歪ながらも理想的な大人を演じているようなもの。
「う~ん……使い魔も家族みたいなものだから別にいいと思うけどね。まあ、わたしのお父さんはお父さんだけだから!」
「ちゃんと二人を合わせるために俺がいるんだから。その間は大人として見本を見せないとな」
(お主が見本!? くははは、鏡を見てから言わんか!)
(ほっとけ!!)
そう、父親と出会うまでの代替品。
本人も理解はしている。そして、本物の父親に会わせたいと思っている。
しかし、心に小さなトゲが刺さっていた。どこにいるか不明ということは逆に明日にでも帰ってくるかもしれないこと。喜ばしいことでも、そうなってしまったら自身の存在理由が無くなるのではないかという不安。
抜けることの無いトゲが確かに刺さっていた。その時が来たらより深く刺さるか抜けるか分からないトゲが。
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