第20話 闇を払う光
「なら聞かせてもらおうじゃない? この闇を払い奥へと進む方法を」
光飲石が放つ光を通さない闇の粒子に満たされた道。道だと思い込んでいても実際は崖の谷間かもしれない。不可視の恐怖で満たされている。
「そもそも光飲石の粒子ってずっと残らないの。こうして光を当てるだけで少しずつだけど減ってく。でも、ここは満たされている量が多すぎるから減ってないように見えてるだけ」
もしも闇に粒子が消えずに残るのなら、世界はいずれ暗闇に閉じ込められるだろう。その疑問を明確にする為、過去に研究が行われた。
その時点で光を捕まえて対消滅していると推測されており、実験はシンプルに行われた
遮蔽物の無い広い平野で、夜のうちに密閉した容器に光飲石を入れて闇で満たす。石が見えなくなった事を確認後、日の出を待つ。
そして、陽光が容器に降り注ぎ始めると徐々に闇は消え石の姿がはっきりと確認できるようになった。
これは素材図鑑にしっかりと記載されている情報である。
「今持ってる光源を全部使ってもこの闇は到底払いきれない。だからやっぱり、テツの力が必要になる」
「えっ!?」
「黒霧じゃダメだって証明してたの忘れたの?」
「そっちじゃなくて、レクスって消滅の力も出せるんだよね? それを黒霧みたいに出せない? ここにある闇を全部消滅させれば光が奥までとどくはずだから!」
戸惑う鉄雄と確信を得ているアンナ。
「それは……」
(できるのお、あの生意気な小僧との戦いでも使ったことを覚えておったか。代わってもいいが破力が足りなすぎるな)
レクスと鉄雄では力の使い方の思い切りが違う。空間に消滅の軌跡を描く際に流麗な線か澱んだ線と大きな差が生まれる。その歪みこそが未熟故の恐怖。失敗した時の最悪がイメージできてしまう。
「できる。けど──」
「けどはいらない。できるならやるだけ! この闇を払えるのがテツしかできないならわたしは手助けする。どうせ、破力が足りてないんでしょ? わたしの魔力あげるからやってみせてよ」
全幅の信頼。言葉が届く時点で破魔斧の白刃に手を触れていた。
(なんだ、この子はちゃんと分かってるじゃない。光飲石の闇を払えるかどうかはまだ不明。でも、試す価値は十分ある。問題は鉄雄が使えるか──)
その疑問は意味の無いものへと変わっていた。アンナが白刃に触れ、破力となって自身の身体に流れた瞬間に迷いは消え顔に覚悟の色が現れた。
「ふぅ……分かった。任せてくれ! サリアンさん、止めないでくださいよ」
「生意気抜かす前に見せてみなさいよ」
破魔斧を正面に構えて目を閉じ、火の付いた心をより大きく、焦りが無く穏やかに温かく。受け取った気持ちに恥じないように。
「名付けるなら……そうだな……」
(低級の消滅なら簡単なのでいいじゃろ? かっこよい名前しておきながなら貧弱技などわらわは使いたくないからな!)
「なら、消滅の力で決まりだな」
左手の平から生み出される黒き光球。霧とは違いハッキリとした存在を放ち浮かんでいる。
「離れてろ、弱めとは言っても触れたらまともな怪我で済まないかもだ」
「わかってるって」
そうして闇に向かって放たれる消滅の力。空間そのものに影響を及ぼしているのか細やかな風が新たに生まれ。後を追う光が黒球が進んだ道筋を作り上げた。
「闇が減った! これで先に進める。どーよ! わたしの答えは正しかった!」
「はいはい、奥に進むのを認めるわよ。鉄雄、もう数発奥に放っといて相当密度が濃いから遠慮の必要は無いわ」
「あ、はい!」
自慢気で得意顔な表情で煽るように話すが、サリアンにはまるで効いていない。
(アンナがいて、ようやく一人前かしら? 自信の無さが異常、最初から選択肢にあったはずなのに出来る事しか選択してない気がしてしょうがないわ。ああ……だからイラつくのね)
なにせこの障害と対面した瞬間に消滅の力が答えになる事を分かっていた。彼女は瞬間的な判断力がずば抜けて早い。レインを独占していることも気に喰わないと思っているが、できるのにしようとしない消極的な選択の仕方にも苛立ちを感じていた。
「これで普通の道と変わらないぐらい明るくなった! でも、奥から流れて来るのは止まらないみたい」
砂の山が崩れるかのように闇の粒子は足元に流れ落ち、広がっていく。
闇を消し去りながら奥へ奥へと歩んで行く、しかし上を見れど横を見れど目的の光飲石は姿を見せない。
「なんか吸収できる魔力の量が多くなってきてる気がする……」
「大地の魔力が濃くなってるのよ──止まりなさい!!」
先頭を歩む鉄雄はサリアンの言葉に踏み出す足を空中で急停止させ、そのままゆっくりと足を戻す。
「わっ! 大声出していったいなに?」
「こっちも気が緩んでた、危ないからその先は踏み込まないように」
「ん?……げっ!? 道が無い?」
光を当てても闇の空間。先は見えない。サリアンの言葉に半信半疑ながら膝を付いて進む先に斧を振ると空を切り、地面を撫でるように前へと伸ばすと指先が宙に浮かび寒気が引き起こされた。
「それだけじゃ無さそうよ」
手甲を打ち鳴らすと反響音が返ってくる。
「まさか、大空洞になってるの?」
「底も見えなきゃ壁も見えない、光飲石が長い年月をかけて闇を重ねていった結果というわけよ。おまけにバット達のねぐらになってる可能性も高いわ。ここが限界と言ったところね」
深く先の見えない闇、落ちてしまえば前後左右分からぬまま二度と這い上がれない恐怖が纏わりつく。ここで撤退することに恥は無い。だが、二人はその場から動こうとしない。
「ここから漏れ出してるってことは、この下に沢山あるってことで間違いないじゃない!」
「主人がやる気なのに、使い魔が引く訳にはいきませんよ。帰りの心配が無さそうなので、やれるだけのことはやらせてもらいますよ」
「はぁ……まあ好きにしなさい。危なくなったら何時でも助けてあげるから」
呆れに怒りは湧かず先輩らしく、年上後輩の我儘を見守る心情となる。サリアンは気に入らないから何でも不条理に起こる程心は狭く無い。
(多分ただ消滅の力を使っても意味が無い。今こうしている間も少しずつ闇の量が増えてきている。魔力を奪いつつ闇を消滅させる……)
呼吸を整え、自分に出来る事可能性を一つ一つ拾い上げて組み合わせ、目の前の障害を突破する方法を探し出す。
(同時運用……黒霧に消滅が接触したら黒霧も消えるはず。ゴーレムを引き寄せたみたいに地に突き刺して下の方の魔力を吸い上げつつ、上から消滅の力を広げる。これだな!)
崖ギリギリに破魔斧を突き刺し、魔力吸収の根を下へ下へと伸ばし広げていく。
「ぐっ!? 何だこれ……!」
「どうしたの?」
「量が多いと言うか重い!? 少し離れてくれ! 放出しながらどうにかする!」
鉄雄が奪おうとしている魔力は自然そのものが生み出す膨大な魔力。人間と比べることさえおこがましく。世界を構成する四大元素の一柱を相手にしているようなもの。
器に収まり切るはずが無い。
自分の器を空けるために消滅の力で破力を消費。それを鱗粉のように崖下に向かって流れ落とす。
(そういえば……どうしてダンジョンや訓練場の時は膨大な破力を扱えていたんだ? 元から溜まってたとしてどこに溜め込まれてたんだ? 破魔斧や俺の体を合わせてもまるで足りてないんじゃないか?)
(知りたいなら教えてやろうかの)
圧倒的容量の差。溜まっていた力を全部吐き出したのは自身の選択であっても、原理は謎のまま。あの時のように潤沢な破力が扱えていればこの闇は難なく消し去っていただろうと確信が持てていた。
(簡潔に言えばこれまで切り裂いてきた人間や魔獣の血肉が影響しておる。白刃が黒刃へと塗り替わる程の膨大な死肉を積み重ねてきた成果じゃな。魔力は血や肉に宿る事が多いからの、破力でも同様の現象が起きたのじゃ。まあ、貴様が全部吐き出したせいで貯蔵庫は全て剥がれ落ちたがな)
(そういうことだったのか……じゃあどう足掻いてもあの黒龍は出せないってことなんだな)
(お主が大量殺戮をして黒く染めればあるいは、な)
今現在の鉄雄は消滅の力を垂れ流す装置と化していた。確実に闇は減る、けれどもどれだけ時間がかかるか分からない。
後ろで見守る二人は微弱な変化に退屈を覚えそうになっていた。
「もっとドバーって闇を消す方法ってないのかな? 全部テツだよりってのもカッコ悪いし」
「魔力を吸収することで光飲石の闇発生を抑えつつ、消滅で漂っている闇を消し去る。こうして光を当てても鉄雄の辺りで押しとどめるのが精一杯。光属性の魔術を使える人がいるなら話は変わってくるんだけど、中々使い手がいないのよ」
またどこかでクシャミが出そうな話題を繰り広げている。
ただ、鉄雄に全てを押し付ける現状では到底突破は不可能と理解していた。破魔斧の力は無尽蔵に無限に使える力では無い。疲労も溜まりいずれはダウンする。もう一押しの何かが必要だと考え付いた。
「もっと光があれば……釜と火薬さえあれば閃光弾を調合して援護できるのに」
「無いものねだりね。手持ちのライトやランタンじゃ魔力を込めても大して変わらないもの」
「光……光……あっ!」
何かが閃いたのかライト片手に来た道を戻っていく。
「ちょっと!?」
「サリアンさんはそのままテツを守ってて! すぐ戻るから!」
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