第15話 次に向けての縮み時
4月22日 風の日 18時05分 マテリア寮
疲労で満たされた顔で部屋に戻ってきた三人。
玄関の扉を開けるのでさえも重く感じていた。
「何とか帰って来られたな……道中で野営するかと思ったぜ……」
「まだ終わりじゃないって……これから整理しないと……」
「ボクも整理を手伝った方がいい? 食事が遅くなると思うけ──」
「「食事優先で!」」
二人の欲求は同じになっていた。
「は~い。それじゃあ調理してるねぇ…………ふぅ……よしがんばるぞ!」
ここまで疲労困憊したのには理由がある。
解体を終えた後、天然の休憩所で早めの昼食を取り、後始末を終えると重い荷物を背に帰宅を始める。
最初は順調に進んでいたが、鉄雄が馬車の停留所が通り道に存在しないことに気付く。
だが、頭は動いた。停留所がなくとも直接馬車を止めて乗せてもらえば良いと。
王都からニアート村に向かう馬車は朝、昼の二本だけ。逆にニアート村から王都に向かう馬車は特別な事が無ければ昼と夕方の二本。
そう分かっていても重い荷物で歩みが鈍くなりながら帰る道。飢えや乾きと無縁の道すがらでも徐々に精神的に追い詰められていた。
「馬が欲しくなる」
「転移装置ぜったいにつくってやる~!」
「どれだけ入れても軽いままの鞄も欲しいかな」
なんて不便を感じて湧く欲求。その欲を叶える力が錬金術にあることを知っている。試験の真っ只中でも次に欲しい物が頭に浮かんでいた。
そんな中、まだ馬車道に遠い状態にいながら王都へ向かう馬車が見えてしまった。
走馬灯の如く王都の城壁まで遠い距離を重い荷物を持ったまま歩かねばならないという絶望感に顔が青くなり膝を付きそうになる。が、身体が自然と動いていた。
荷物を下ろし全速力で馬車を止めに向かうアンナ。
下ろされた荷物を持ち、鉄雄を激励しながら進むセクリ。
御者に直接話を付け何とか馬車の進行を止め、頭を下げながら乗車し三人の住むマテリア寮に到着した。
「レクスも後で綺麗にしとかないとな……」
(早めに頼むぞ……)
『ゴーレムコア』と一緒に『ゴーレムクレイ』も同じ鞄に収められ、白き刃に茶色い土汚れがこれでもかと付着してしまっていた。
「明日はもう1度あのお店に行って交換できないか聞いてみる」
「コアは渡せないから……この装甲とか粘土でか? でもあの人宝石とか求めてなかったか?」
「これだけ綺麗に切り取ったんだからいい返事してくれるでしょ!」
そのまま盾として使えそうなほど大きく切り取られた『ゴーレムアーマー』。これを運ぶがために苦労をしたと言っても過言ではない。
と言っても背負っていたのはアンナ。鉄雄もセクリも他の素材やら野営道具で積載量が限界だった。
「本当に元気だなぁ……」
「明日も休んでいられないって! あっ、テツはケガがちゃんと治るまで無茶はダメだからね!」
溌剌とした表情で整理整頓に精をだす。明日への待ち遠しさもあるだろうが、怪我をした鉄雄に余計な負担を掛けない為かより一層やる気に溢れて。
こうして、後始末も終えて二日がかりの採取活動は幕を閉じた。
「本当にお疲れ様」
「そっちこそ」
時刻は9時前、流石のアンナも体力を使い切って入浴後すぐに床に着いていた。1002号室で灯りが点いているのは鉄雄の部屋だけである。そこに集まる二人の従者。
二人の間にあるのは勿論トーンティー。何も気にせず肩の荷を下ろせる憩いの一時はこの仄かな苦みから始まる。
「期限は5月の30日。今日を除いて37日か……順調と考えて良さそうだ」
「でも必要素材の度にこんな戦いがあったとしたら大変だよぉ」
残りは『エアロストーン』『光飲石』『グラスリル結晶』『銀鉱石』。うち一つは交渉事が上手く進めば手に入る。
最も問題とされているのが『光飲石』。店にも置いておらず探索しなければ手に入りそうにもない代物。
ただ、今回の採取活動にて別の問題も現れた。
「一応あの男の事を調査部隊で聞いてみる。ひょっとしたらブラックリストに載ってる人間かもしれないからな」
謎の包帯男の強奪行為。似たような事が再び起きる可能性に不安がよぎる。
それに手慣れた動きで強奪しようとしていた。過去に同じ被害にあった者がいれば騎士団に報告が入っていると考えた。
「ボクはボクで使用人のみんなに素材の事を聞いてみるよ。ボク達が知らないルートとかを知ってるかもしれないし。それに錬金術に詳しい子と仲良くなれれば色々教えてもらえかもしれないからね」
新人でも騎士団員。新人でも使用人。互いに使える情報は何でも使う。全ては主の為、無事にブロンズランクに上がる為。
「……本当に、すごい世界だよなここ。魔術が使えて、土や岩が命を持って動いてるなんて。そして俺がそんな存在を切り落とした」
「前の世界には魔術とか魔獣みたいな存在は無かったんだよね?」
「ああ、想像上の存在だけで実在はしてなかった。だから夢みたいな世界に来られて嬉しいんだ。それに今日が初めてな気がする。ちゃんと自分の意思で動いて、自分で考えて武器を振って戦えたのは」
「かっこよかったよ。これからもっと良くなると思うしもっと頼りにしたくなると思うな」
無力で消極的で情けない男から少しは卒業できたということ。身体の動かし方や戦い方、破術の扱い方、習う時間は少なくとも全てを喰い尽くさんとする学習意欲が平野で戦う為の牙となって研がれていた。
「あんまり照れることを言うな……確かにまあアンナに気に入られたい、見捨てられたくないって気持ちで尻尾振ってる時は本当にカッコ悪かったと思う。――でも、信頼されたいって気持ちは今もちゃんとあるけどな」
言葉の割に伏し目がち。疲労で眠い訳では無い。それに気付かない程セクリの目は節穴ではない。
「何か悩んでることがあるんだよね? アンナちゃんに言えないような事でもボクは受け入れられるよ」
笑顔で両手を広げ、どんなことでも受け入れると言った母性溢れるオーラを発生させる。比喩的では無くセクリは実際に出している。
その輝きに安堵してしまい、悩みを零した。
「ただ、ただな……戦いを楽しかったって思えてしまったのは正しいのか分からないんだ……」
破魔斧を操りゴーレムの腕を切断したことでこれまでの自分ではないと理解してしまった。理想の自分に少し近づいた事実。圧倒的な封殺力と攻撃力。力に酔わずにはいられなかった。
けれど、自分の知っている自分じゃなくなることに恐怖も覚えていた。
「戦いが楽しいに正しいも間違ってるも無いとボクは思う。競い合うことに喜びを感じる人もいる。傷つけたり足蹴にすることで喜びを感じる人もいると思う。でも、テツオは人を進んで傷つける人じゃないってボクもアンナちゃんも知ってる。暗い気持ちで武器を振るうよりもずっと良いとボクは思うな」
「セクリ……」
心に染み入るような優しい口調で言葉を紡ぐ。
鉄雄は本気でレクスに乗っ取られている時も他者の命を奪うことは絶対にさせなかった。誰の為に力を振るうかを知っているから。
「それに、悩んでいるなら大丈夫だよ。きっと酷い人に成らない。もしも成りたくない自分になりそうだったらいつでも言えばいいよ。殴ってでも止めてみせるから!」
力こぶを見せるポーズで止めてみせるという意思表示を力強くアピールしてみせた。
「ああ、ありがとう……」
自分の意思で大きな力を振るった。自身の心に収まりきらなかった感動に迷っていた。
悩みは薄れ、頼れる仲間に安心し、豁然とした心で夜は更けていった。
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