第14話 負傷で名誉なご褒美を
4月22日 風の日 9時30分 平野
「はぁ~、何とか助かったか」
襲撃者を退け安堵の溜息を一つを吐くも、険しい表情をしたアンナが鉄雄の怪我をした左腕を掴む。
「ケガしているのに助かったもないでしょ! 早くケガしてるとこ見せて! セクリは薬と包帯!」
「お、おう……!」
「はいは~い、準備できてるよ。あと水で綺麗にしないとね」
「この鎧解除して、傷が見えないから、は~や~く~!」
「あ、焦らないでくれよ……」
有無を言わせぬ迫力に圧倒され大人しく従い袖を捲り、絆創膏代わりとなっていた黒鎧を解除すると固まり酸化した赤黒い血の跡が露わになる。
指先まで伝っていた血の道筋。水筒に貯めておいた岩清水の冷水で洗い流され切られた証が鮮明に映し出される。
(こんなにパックリ言ってたのか……あっ、ダメだ、理解し始めたら痛みが、あっ――!)
「思ったよりも深く無さそうで良かった、汚れも無いし切れ味も良かったからちゃんと治療すればすぐ治りそう」
弱気な声を出さないように必死に口を閉じて耐え忍ぶ。
荷物の中に常備させていた錬金術製の軟膏『キュア・リキッド』、打撲・切り傷・擦り傷・火傷とあらゆる怪我に有効な治療道具。
基礎的な錬金道具であるが、この道具の出来で錬金術士のレベルで測れる試金石と言われ、まずはこれを頼んで実力を見るというのが一般的である。
「痛みは無いと思うけど……」
「っ──!」
腕を掴まれ、指先に溜まった軟膏を傷口に沿ってゆっくりと丁寧な手付きで撫で広げられる。
声のない叫び顔で痛みに耐えようとするが、肌を伝わるのは心地良い冷たさで半透明なクリームで傷は覆い隠されていた。
(はぁ……沁みなくてよかったぁ。でも、何というか悪くないかも……こんなに甲斐甲斐しくお世話された記憶なんてあっただろうか?)
腕に触れる手の温かさと軟膏が広げる冷たさに優しさも塗り込まれていくようで、真剣な表情で治療をしてもらうという待遇に、厚かましくながら愛情を感じてしまっていた。
そんな幸福な時間というのは流れが早く、手際よくこなされガーゼと包帯で傷は完全に保護された。
名残惜しそうに包帯の巻かれた手を見つめ、そっと撫でた。
「これでよしっと! それとセクリはだいじょうぶなの? 腕の部分がほつれてるような気がするけど」
「魔術の反動に服が耐えきれなかっただけだと思うよ。でも、ボクに傷は無いから平気平気!」
嘘である。目立たない傷が出ていないだけで衝撃はその身に降りかかっている。ホムンクルスで回復力が高いセクリだから目立たずに済み隠し通せているようなもの。
封印から解かれ初めての魔術が高火力狙撃魔術。本来なら負担の小さい術で感覚や負荷に慣れて強い術を扱っていくのが普通。
今回は幼子の身体でに無理矢理160kmの剛速球を投げさせるようなもの。今、もう一度やれと言われても発動はできない。
「それにしてもあの男何だったんだろうね? あれぐらいの道具を持ってるならわざわざ横取りなんて考える必要なんてないと思うんだけど?」
鉄雄の治療が完遂したことを確認後、話が広がらないように別の話題に切り替える。
その疑問にアンナは何かが繋がったような思いついた表情を浮かべる。戦闘時には気付くことが出来なかったが落ち着いた今だからこそ。
「……確かにな、あいつが持ってた道具ってどれもゴーレムに対して有効な技能持ってたような……」
螺旋槍、回刃剣、ブラックリバー、道具の技能を駆使し使う順番を考えればゴーレムを圧倒できると容易に想像できる。わざわざ横取りを選択し刃を交える必要は無い。
「答えは単純に俺らが弱そうに見えたから横取りの方が楽だと思ったのかも知れない」
「確か普通だったら出てくるのを待つんだったよね? それもずっと……いつ動くか分からないゴーレムを森の中で監視し続ける……」
破魔斧があったから最短で済んだが、本当だったら寝泊まりを繰り返していた可能性もあった。あの男がゴーレムを引きずり出す道具を持っていたかは定かではないが、同じように待ち続ける日を送る可能性もあった。
「……そう言われるとわたしの計画もあまかった気がする……今回はたまたまうまくいっただけなような」
「まあ気にしてもしょうがない。運もこっちを味方してくれた、ゴーレムから大分魔力を奪ってたから余裕を持って対応できたようなものだし、先にあいつと戦ってたらレクスと交代もできなくてどうなっていたやら……」
破魔斧の技能が相手の天敵であっても、残存破力が無ければ消滅はおろか黒霧も出せない。加えて戦闘経験値の差による思い切りの差によってやられていた可能性があまりにも高い。
「うん、そうだね。まずは手に入ったことをよろこぼ! 腕1本持っていかれたのは悔しいけど、全部持って帰るのは……うん、無理そう!」
自分達が持ってきた鞄の容量と見比べればゴーレム身体は圧倒的に巨体。
苦労して倒したという感情が全部持ち帰りたい欲を沸かせるが。どうあがいても入りきらない。おまけに重い、土塊岩塊入り混じり形も揃ってない。
「とにかくまずは『ゴーレムコア』! これを詰め込んでから他の素材を考える!」
「よし、解体なら任せろ!」
「傷が開いたらダメでしょ! 左腕に力が入るようなことはさせないから。解体順は決まったから後はわたしとセクリでどうにかするから。破魔斧の力だけ借りるからテツは休んでて!」
破魔斧を引っ手繰り、軽く素振りをして装甲に白刃を当てようと試みる。
いくら「私は扱えますよ」と素知らぬ顔をしても、破魔斧をアンナが扱えるかと言えば不可能である。持つ事は可能でも技能を使おうとすれば――
「うぅ……力が抜けるし、何かが入ってきて気持ち悪い……」
となりまともな運用ができない。
「片手でも力は使えるから、そんなに重病人扱いしなくていいぞ」
「しかたないか……それなら力だけ放出してて、あとはわたしがテツの手を使って解体していくから」
消滅の力を放つ破魔斧を握る鉄雄の手をアンナが握り、共同作業が開始される。
鉄雄は電動丸鋸になった気分でアンナの動きに川を流れる葉っぱのように身を委ねた。
そんな鉄雄を無駄な揺れ一つ起こさない職人染みたがっしりとした手つきで動かすアンナ。
(全然線が歪んでないな……俺が使うよりも線が綺麗じゃないか……?)
(ほんとこの力って便利。斧じゃなくて針みたいに尖ってたら細かい彫刻も作れそう……!)
間接的とはいえ破魔斧の力に感激しているアンナ。この力は何度も目にしていても自分が使うと感動が違っていた。
なにせ自身の攻撃を弾いた強固な装甲が紙にハサミを通すように簡単に切れていく。苦労がまるで違う。破魔斧が無ければノコギリで地道に削り切るか、装甲を諦めて砕くしかないのだから。
そうして蟹の甲羅を解体するかのように正面の装甲を開き、粘土が詰まった胴体を露わにする。
「岩、粘土、砂、土……本当に大地の要素が詰まってるな」
「土の巨人の名を持つだけあるわね。粘土もねっとりしてるし掘るのもひと苦労……あ、あった!!」
両手を土で汚しながら粘土を掘っていくと、黄土色に輝き人の頭はある巨大な宝石が姿を現した。
アンナはあせらず丁寧に周りの土や粘土を払い、少しずつコアの姿を露出させていくが半分程になると待ちきれないという様子でがっしりと手で掴み。
力ずくで引っこ抜いた。
「おっとっとと! これがゴーレムコアなんだ……きれいだけど中々重い……テツ、注意して持ってね」
「任せろ」
重いという言葉を聞いて油断は無かった。しっかりと右手の平に収め、左手は添えて支えるだけ。
だが、常人の重いとアンナの重いが別物だと気付けていなかった。アンナの支えが失った瞬間、その重みは右手に容赦無く襲い掛かる。
「あっ! ああああぁぁぁぁぁぁ~!?」
片腕で持ち上げられずゆっくりと地面に吸い寄せられる。
「あぶないっ!? だいじょうぶ? ってこれ本当に重いね」
すんでのところでセクリが奪い取り惨事を防ぐ。
「油断した訳じゃないんだ……予想以上だったんだ……」
「しかたないなぁ。でも、これを持ち運ぶのはテツだからね?」
「大役なのは嬉しいけど何でだ?」
「だってこれ魔力に触れてると土が染み出てくるから、レクスといっしょの鞄にいれないと」
(はぁっ!? わらわを土で汚す気か! ってこら! 着々と準備をするな! あからさまにわらわと差し込むスペースを作るな!)
この叫びは鉄雄にしか聞こえない。切り替わって直接文句を口にしたいが、作業で破力も少なくなり一人の頭の中で叫び続けるしかできなかった。
こうして装甲を綺麗な形に切り分け、粘土や土を持てるだけ詰め込み、コアと破魔斧は同じ鞄に収められ、ゴーレムの討伐及び採取活動は終了した。
けれど、まだゴーレムの身体は多く残っている。次に来た人物に与えてしまう形になってしまうが、割り切ることに決めた。
「1度休憩できる場所まで言って食事にしよっか? 食材はまだ残ってるし戦いの後はしっかり休んだ方がいいと思うな」
「悪く無いな、むしろ良い。アンナそろそろ……アンナ?」
アンナは回収されることなく地に突き刺さった螺旋槍の近寄り、迷わず抜き取り手に触れて調べ始める。
「たしかスティンガーって言ってたよね……こんなに軽くて地面を掘るぐらい硬く鋭いなんて」
石突を指一本で軽々とバランスを取りながら支える。
乾燥した木の棒かと感じてしまう程軽く、折るつもりで曲げても不変を維持する強度。初めて体験する知らない素材で作られていることを理解した。
「何か忘れ物でもあったか? ──ってあいつの忘れ物か……」
「ちょっと気になって」
「これも錬金術で作られた道具ってことだよな? それに空間を越えた道具も黒い接着剤みたいなのも」
「うん、父さんもあんなふうに空間を超える道具を使ってた。でも、もっと綺麗で速かった」
「ひょっとしたらお父様のことを知っているんじゃないのかな?」
「あんなのとお父さんが繋がってるなんて考えたくないなぁ……それに、聞いたところで答えてくれなさそうだから追いかける気もないけど」
アンナは四本の螺旋槍を回収し、束ねて刃物部分を布で覆い隠し鞄にしまう。
「持って帰るのかそれ? 危なくないか?」
「大事なのは使いかた。あの男が使えば凶器でも、わたしが使えば削岩機になる!」
便利なことに変わりは無い。道具は使いようで如何に使いこなす事が肝要。
ゴーレムの素材だけでなく、強力な戦利品も獲得し、怪我人はあれど重傷ではない。誰の目に見ても成功と言い切れる結果で幕を引いた。
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