第13話 魔を払う斧
「ふざけるな! ……ふざけるなふざけるなっ!! バカにして! 俺を誰だと思ってる! こんな武器何て必要無いんだ、本当は俺の、俺だけの実力で勝てるんだ!」
「そんな言葉はわらわに一撃でも当ててから申せ。実力が伴ってない威圧の言葉など陳腐で耳障りじゃ」
蛇のように黒霧を自由自在に操作し追い回す。蛇行し接近するかと思えば二股、三股へと枝分かれし速度と方向に違いを与え、進路を塞ぎつつ別の位置へと移動させる。
男はもはや盤上を必死に逃げる一つの駒、大量の駒から王手詰めを受けないように逃げることしかできない。
(この霧に触れたら魔力が無くなる? それなら触れずに術を発動すればいい! この程度の攻撃、避けられないわけじゃ無いんだよ!)
男は余裕の表情が崩れ、必死に魔力吸収の黒霧を回避し続ける。
いや、正確に言えばレクスが回避させている。少しづつ距離を取らせアンナと距離を縮めるために。
「助かったぁ……あなたはレクスでいいんだよね?」
「そういうことじゃ、わらわから離れるなよ? それとご主人、あ奴はこれから──するはずだから──を頼む」
「……わかった、まかせて」
短い作戦会議を行い、レクスは改めて男と向き合い、アンナは指先をこめかみに当てて集中する。
「くそっ! スティンガー! ……何故動かないんだ!?」
「無駄じゃ、あの玩具は魔力によって操作されていた、わらわの依り代を傷つけた危険な玩具をそのままにしておくと思うたか?」
無造作に地に突き立てられた螺旋槍、それを覆う黒霧。これにより遠隔による操作を阻害し、込められていた魔力を奪い尽くす。
改めて操縦権を握るのは単純明快、再び自分の手で掴めばいい。
だが、子供が散らかした玩具の如く全てがバラバラの位置に散在しているのに加え、掴んだ時点で霧に包まれ魔力を奪われる。トラップとして機能し始めていた。
「貴様の剣技は不細工すぎる。心得一つ感じさせぬほどな。故に本業は魔導士、それも力任せにしか攻め込めない3流以下と見た」
「確かに間違ってないよ! でも、オレの魔術は魔女にだって届く代物なんだ! 剣技なんてあの人がいればそれで充分! オレにはこれがある術式開放! 八咫烏!」
霧の網から抜け出し距離を取り、詠唱を紡ぐことなく魔術を発動し男の背後にゴーレムを簡単に飲み込むサイズの巨大な三つの獄炎球が出現する。
太陽を思わせる炎球は空間を焦がし尽くしそうな熱気を放ち、草地の水分が奪われ萎び始める。
「最上級火炎魔術の3発同時速攻! この平野を焼け野原にしちゃうけどいいよね? せいぜいその子を守り抜いてみせなよ!」
「貴様は力よりも判断力を学ぶべきじゃったな」
撫でるように緩やかに斧を振ると、黒き巨大な三匹の蛇が男の背後から天へと昇り獄炎球を飲み込んだ。
魔力を喰らい、術式を砕くことで保たれていた炎は解けるように空気中に霧散し、地を焦がすことも植物を燃やすこともなくなった。
「は……!? 消えた? 嘘だ……嘘だ嘘だうそだ!? 俺の切り札が……こんな簡単に!?」
「何も成果を上げられず、道具だけを消費し何たる醜態をさらしておるのかのぉ? 遠距離戦でわらわに挑むにはいささか児戯程度の腕前じゃったな」
男の動きはあまりにも迂闊だった。膨大な魔力を使った魔力なら食い切れずに燃やせるだろうと思いついても、相手が悪かった。
黒霧に触れた時点で魔術はお終い、速度も量も許容範囲。
そもそも膨大な魔力を溢れさせることは、破魔斧へ燃料を与えていたようなもの。
回避させる過程で掠め取り生産していた破力は最上級魔術を食い破るまでに至ってしまう、加えてその力を喰らうことでより大量の破力を得ている。
溢れる破力は凄まじく、できないことは何もないようであった。
「クソッ! まだだ、飲み込め『ブラックリバー』!」
再びマントの中から出現する一つの道具。
黒々しい筒を地面に叩きつけると、筒の容量を遥かに超えたタールのように粘度が高く黒い液体溢れて地表を走る。
回避させる間も無く二人の足元を覆い尽くすと瞬間的に固まり、周囲一帯の地表を黒く塗りつぶした。
「何これ!? ベタベタして──って固まったぁ!?」
「こんな道具もあるとは中々面白いのお。まっ、ほんの数秒歩けん程度だな」
もはや警戒心の欠片すら感じない余裕の表情と言葉。
防御と攻撃、どちらも最高のパフォーマンスを発揮できる。
それでも唯一気を使うべきなのはアンナ。庇うように立っていても動けなければ完璧に守れない。どの方向から来ても対応できるように黒霧が二人の周りを渦巻いても、もしもは存在する。それを悟られない為の余裕でもある。
しかし、そんな心配とは裏腹に選択された行動は想定とは違っていた。
(最低でも任務だけはこなさないと! 奴らにバカにされてしまう!)
拘束した上でゴーレムに向かって邁進し駆け出す。そもそも男の目的はゴーレムの素材を手に入れること、二人との戦いは遊びみたいなもの。真面目に仕事することに切り替えたのだった。
伸ばす手の先には横たわる岩石の身体。
「はははっ! 結局は俺の物になるんだ! 勝ちは最初から決まって──」
だが、言葉を最後まで紡げることはできなかった。
平野外より放たれた一筋の光線。瞬きする間も無く男に直撃し、魔力が奔流し渦巻き、光の粒子を煌めかせ炸裂した。
「まったく……最後にボクを頼ってくれるんだから好きだなぁ」
盤外でずっと待機していた頼りになる仲間の狙撃魔術。
意識外、想定外の一撃により、伸ばした手は届くことなく弾かれ、驚愕の表情のまま全身が地に転げ落ちる。
「やった! うまくいった! さっすがセクリ!!」
「ぐっ!! 援軍なんていたのか……」
「ほう、あの攻撃が直撃したのにまだ立てるか。自慢するだけあって魔力の密度は伊達では無いか」
称賛の言葉を贈るが、その相手は立つのがやっとな満身創痍。遠距離から狙われ、近くには魔力を喰らう存在。勝ち目が無いと否が応でも分からせられた。
「大人しく負けを認めさせてもらうよ……。次会ったら絶対に殺す──」
飄々な態度は見る影も無い、負け惜しみな言葉を必死に絞り出し終えると、マントから一つの球体を取り出す。それが弾けると光の粒子が溢れ、男とゴーレムの腕が包まれる。
そして、爆ぜるように大きく発光すると男と腕はその場から消えてしまった。
直前まであった戦いの空気感が瞬く間に消え去り、その場は静寂に包まれた。
「あっ! ゴーレムの腕がっ!!」
「よい。あの程度の雑魚何度来ても児戯と変わらん、死ぬまで足掻かれるよりも退ける理由を与えてやってこそ大人の対応と言った所じゃ」
「もぉ~! ……まぁ、これで終わりならそれでいっか」
もしも胴体部分に手を掛けようとしていたら、男の命は無かった。最初からゴーレムの影に蓄えて置いた黒霧を使い魔力と自由を奪い、純黒の無月によってその身は切られていた。
レクスは鉄雄より容赦が無い。アンナを傷つけようとし正義の欠片の無い者に対し不殺の温情が湧く由も無い。
「2人共大丈夫~!? もう周りには誰もいないから来たよ~!」
「問題無い。この塊もこれで──」
駆けつけるセクリの心配をよそに、破魔斧を固まった黒い地表に叩きつける。すると、拘束は砕け散り灰のように風に吹かれて消えていった。
「セクリありがとう! あと、レクスも……」
「期待に応えられたようでボクは嬉しいよ」
「ではわらわはここで舞台を降りるとしようかの──」
突如として現れた来訪者は退けられ、奪われた物はあれど命を失うことは無かった。
少し時は遡り、セクリが指示を受けた内容と狙撃に至るまでを振り返る。
森の中に身を隠し、抱えていた荷物を全て下ろし何時でも前に出られるように構えていた。そこに届く一つの念話。
(セクリ……あの男がゴーレムに近づいたらどんな方法でもいいから迎撃して!)
(え! 急だね……って! アンナちゃん!?)
一方的に伝えられ、一方的に切断される。余裕が無い状況なのは見ていれば理解できており、作戦の共有ができただけありがたく、成否の要を握っているのは自分だと期待されているようにも感じていた。
「ふぅ……近づくのは悪手。だとすれば、遠距離で最速で狙撃するしかないよね」
深呼吸を大きく吐いて周囲の状況を改めて確認、自分の身を隠せているか包帯男の視界に映らないかを分析しつつ、直線状にゴーレムの胴体と二人が重ならない位置へと移動する。
腕を矢の如く真っすぐ構え、中三本の指で狙いを付ける。
「──光暈より零れし薄明よ、天の羽衣に導かれ一閃の祝福となり邪を滅したまえ」
手の甲より出現した二枚の羽が弓の形を作り、指先にスコープサイトを模した魔法陣が作られる。自身の腕を砲塔とイメージし呼吸を穏やかに魔力を腕から指先に集中させ、その時をただじっと待つ。
(そのままテツオとアンナちゃんで倒せそうな気がするけどなぁ……あ、だからかな? 何か変なことするかもってことかな? ゴーレムに近づいたらってことはあの男はゴーレムが欲しいってことだよね……)
圧倒的な実力差、盤外で戦況を見続けるからこそ正しく判断できていた。
男の目的は勝つ事では無く、素材を奪い去ること。勝てると踏んで挑んだ遊びで敗北して何も得られないは恥もいいところ。
流れを見続け狙いを定め続け──
そして、その時は訪れた。『ブラックリバー』により足を封じた後、強奪に向かう瞬間が。
「──天の鏑矢」
光速で放たれる魔力の矢。狙いが分かっている以上意識するのはタイミングだけ。外す方が難しく、男に向かって吸い寄せられるように残光の軌跡が描かれていた。
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