表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/403

第32話 迷宮の正体とお墓の前で

 セクリという新たな出会いもあり、これ以上ここにいる余裕もなくなった。持ち物を整えて脱出に向かう。

 最後の荷物であるこのアトリエの主の遺骨。セクリはそれと真っすぐ向き合っていた。


「これがお父さん……昨日のことのようにあなたの顔を思い出せるのに、こんな姿になって……本当に、長い時間が経ったんだね」


 骨となり山なりに積まれた姿。最悪の形で証明される時間経過の現実。変わり果てた産みの親の姿にどんな気持ちを抱くかは分からない。掛ける言葉が思いつかないのがなんとももどかしい。


「セクリ、これがこの人の日記。外に運んだらいっしょに埋めようと思ってるけど。どうしたいかセクリが決めて。最後に残ったつながりだと思うから」


 古ぼけた日記、厚く数えきれない日数を重ねた記憶。全部読んだ訳じゃないが、セクリに向けた言葉も残っているのかもしれない。指先が日記に触れると、そっとアンナに押し当てた。


「ううん、一緒に埋めてもらっていいよ。ボクは主人(マスター)達と一緒に新しい生活を歩むから。お父さんの思い出はお父さんの元に」

「うん、わかった」


 一緒に包まれ身体と記憶が一つとなった。安らかに眠ってくれることを祈るだけだ。

 簡単に整理してこの場にできることを全て済ませ、持って帰る荷物をまとめアトリエを後にする。誰に言われる訳でもなく、俺達はアトリエに向かって頭を下げた。


「あっ、世界樹を切り倒したんだね。だからアトリエに入ることができたんだ」

「世界樹……!? この花がそんな立派な代物なのか?」

「わたしでも知ってるよ!? 伝説の神樹でなんというかすごいやつ! でも、どう見ても花だよ?」


 感慨深そうに落ちた花弁を撫でていると思えばとんだことを言ってくる。

 俺にとっては書物やゲームと言った創作物による知識でレアなアイテムだと認識しているが。アンナは創作物では無く実際に記録されている図鑑による知識。

 どうやら希少性は同じようだな。でも、なんでこんな地下にあるんだ?


「正確にはレプリカで幼木だって聞いたよ。歪に複製した影響なのか暴走して……ほら、あの通路の先は沢山の人が住んでいた居住区だけどみんな養分にさせられたみたい。それ以上はお父さんも知らない」

「止められなかったわけか……」


 あの幽霊娘の力で中心に切れ込みが入っているけど、通路の栓を抜いた跡は微塵にも存在しない。暴走した後、誰もこの先に踏み入れたことの無い未知の領域。

 知らなければロマンでいられた。知ってしまった今はむしろ恐怖や畏怖。あの奥は想像するだけに収めたい、直視できない光景が広がっているだろう。

 踏み込むだけの好奇心は消えていく。


「暴走……まさか! あのツタがこのダンジョンから溢れて村が大変なことになっていたかもしれないってこと?」

「偶然とはいえ伐採出来て正解だった訳か……! レインさん達も来てたからかなり運がよかったな」


 あの大量のツタが入口から溢れて村人を襲うような光景。

 子供達が捕らえられた、アンナだって捕まりそうになった。考えすぎと一蹴するにはあまりにも甘いだろう。


「ダンジョン……? ここはコロニーだよ。地上を洗い尽くすような災害から避難するために作られたんだ。主人達が入ってきたってことは、みんなも外に出られるはずだったのにな……」

迷宮(ダンジョン)じゃなくて居住地(コロニー)?」

「大昔にそんな災害あったってわたしもお父さんやお爺さんから聞いてる。今の地形はその災害で作られたモノが殆どだって」

「うん。その天変地異に耐えるためにここが作られて、それが過ぎ去った後に外に出られるような仕組みも設定されてるんだって」

「今の状況から分析すると、それってつまり……植物の種子が発芽するみたいに地中から地表に目指して通路や階段が作られたってことなのか?」

「……あれ? もしかして、この場所が本当の入り口ってこと?」


 となると岩壁にできていた入口は実は出口で下へ下へと伸びていた階段も逆で、地の底から脱出するため上へ上へと道が作られ続けていたってことなのか?


「昔の錬金術士はこんなすごいの作れたのね……」

「セクリも封印状態で動ける人はいなかった、つまりは自動で道を作っていた訳だろ。なんというかすごいな……」


 本当に桁違いな技術だ……どんな仕組みでこの道が作られたんだ?

 今立っている場所、これから戻る道。何年かかって繋がったんだ? こうしてセクリと出会えたこと自体も奇跡なんじゃないか?

 ダンジョンにはロマンが埋まってるってこういうことなんだな! 


「あとそうだ! こんな事も伝えてくれたんだった。「もしも自然に封印が解けてしまった場合外に出て塔を目指すんだ」って。二人は何か見覚え無い?」

「塔? そんなのなかったよ? ここから出た場所はけっこう高いから塔なんて目立つのがあればすぐにわかると思う」

「天変地異って呼ぶ災害なんだろ? 地殻変動やらなにやらで塔も崩れてしまったか埋まってしまったんじゃないか?」

「やっぱりそうなのかな~? でも、今は主人達が新たな居場所だから気にしない気にしない!」


 この言葉を区切りに初めてのダンジョン探索は幕を閉じた。

 行きよりも帰りの方がやたらと大変で、巨大花の素材で増えた荷物に後悔しそうになりながら階段を上り、裸足のセクリを気遣い、とうとう最初の一歩を踏み出した入口へと帰って来られた。


「ついたぁ~!」

「おお! やっとだ……! とうとうやり遂げられた!」

「これが外の世界……!」


 誰も失うことなく戻ってこられた。

 全身を襲う疲労、最後は気合だけで動かしていた足、溢れていた冒険心が大きく満たされていく。前の世界では到底得ることのできない経験。

 茜色に染まる空の下で長年の夢の一つを叶えられた! ああ、生きていてよかった──


「帰って来られたぞ!! 英雄達のご帰還じゃ!!」

「──ん!? 何だ何だ!?」


 達成感に浸ろうと思っていたのに、歓喜の雄叫びと共に嬉々とした笑顔で俺達の周囲を取り囲んでくる人達。この人達はニアート村の人達じゃないか?

 なんでこんな歓迎みたいなことを受けるんだ? そんな俺達の気持ちを理解してくれたのか一人の老人が一歩前に出て周囲の騒めきを収めてくれた。


「失礼しました。私はニアート村の村長をやっております。レイン殿から話は聞いております。我々に告げることなく子供達を助けに向かってくれたと。さらに、原因となる生物も倒してくれたと。感謝しきれません!」

「自分の手柄にすればいいのに……あの人は……」


 アンナは別に褒められたくてここに入っていった訳じゃない。子供を託した時点で自分のやりたいことは終わって満足していた。もう済んだことだと言わんばかりに堂々としていた。

 流石は我が主と言った振る舞いだ……。


「それに、まさかここまでボロボロになるまで尽力してくれたとは……!!」

「えっボク!?」


 薄着だけで履物も身に付けていないセクリ。確かに一番ダメージを負っているように見えてしまう。本当は一番体力的に余裕はあるんだが、この姿を見て感謝の念がより強まっているようにみえる。


「ささっ! お礼の準備は済ませておりますので今宵はこちらで体を休めてください」


 何とも魅力的な提案だろうか……! 顔に出さないようにしても疲労は凄まじく溜まっている。気を抜いたら破裂した風船のように地と一体化してもおかしくない。


「ありがとう。でも、最後にするべきことがあるから。それが終わったらお世話になるから」


 アンナはセクリが持っている袋に視線が向けられる。ああ、確かにそれが残っていた。ちゃんとこの人を外で眠らせないと。


「我々もお手伝いを──」

「わたし達だけでしたいことなの。だから手伝わなくて欲しい」

「……分かりました。では、村の宿場でお待ちしています」


 村人達の感謝や待ち望む声が少しづつ遠ざかり、再び静寂が訪れた。


「ちょっと厳しい言い方だったんじゃないか?」

「わたしがやると決めたんだからいいの。それに」

「ボクは何もしてないけどお世話になってもいいのかな?」

「状況的に一番お世話にならないといけないのはセクリだろうに」


 埋葬が終わって村に戻ったら、セクリの恰好をどうにかしないとなぁ。

 さて、あともうひと頑張りやるとするか!



 4月14日 火の日 14時30分 


 三人が脱出する数時間前、先に脱出したレイン達はというと。


「おお! 流石はレイン殿! よくぞ、よくぞ子供達を……!!」


 入口の前で今か今かとずっと待ち続けた村長と子供の親達。

 背中に抱える我が子の姿が瞳に映った瞬間。抑えられていた感情が溢れ出した。


「全員命に別状はありません。魔力を大量に失っただけで安静にしていればまた走り回れますよ」

「よかった……! もう会えないかと思ってた!」

「まったく! まったく……」

「ありがとうございます! ありがとう、ございますっ……!」


 それぞれの親の元に託され命の危機を忘れたかのように穏やかに眠る子供達。涙溢れる顔で抱きとめる親の姿は残念ながら見えていない。


「こんな急なお願いを達成していただき感謝します。お口に会いますかわかりませんが村でご馳走の用意──」


 その言葉を手で遮り。


「その子達を助けたのは私達ではありませんよ」

「何ですと?」

「本当の英雄は私達より先にダンジョンに向かい、脅威を排除し、子供達を助けた者がいます。彼女達に子供達を託されて運んだに過ぎません」

「その者達はいったい……?」

「アンナ・クリスティナ。錬金術士の少女です」

「――クリスティナ!? ここの領主様の家名ですと?」


 騒めく声が広がる。その名を聞けば驚くのは当然のことだった、貴族は領民から税を毟ることはあっても施しを与えることなど無い。

 ましてや村人個人が起こした自業自得な粗末事。その尻拭いを行う事はありえない。まさに夢に見ることもない超常。嘘であることの方が真実、しかし発言した人物が人物。嘘ではないと信じざるを得ない。


「彼女とその使い魔の活躍が今を手にしたのです。礼なら彼女達にお願いします」

「それでもあなた達も……」

「これが騎士の役目ですから。あなた達の感謝の念で十分すぎる礼ですよ」


 凛々しく堂々と歩み騎士の背中を見せる。その姿に村人達は見惚れ敬い頭を下げて道を譲った。


「本当に演技が上手いことで」

「全部本心さ」


 キャミルがからかうも、冷静に受け流すレイン。

 なにせ惨劇の斧が再び王都に入る前に対策を立てる必要あった。ここで足を止めるわけにはいかなかった。だが、この展開は非常に彼女達の味方となる。

 与えられる謝礼を彼女達が受け取ることで起きる状況。それこそが狙い。


「でもこれであの子達は今日王都に帰って来れない。相当時間が稼げるわ」

「まあいいではないか、村の方々はお礼ができる、あの子達は自分達の行ったことと向き合える。我々は時間が稼げる。嘘も無く全員が得をした。良い事では無いか! はっはっは!」


 子供達を助けることができ最初に与えられた任務もほぼ完遂。達成感を胸に上機嫌に話すゴッズ。離れた親子の再開に自身もその腕に娘を抱きしめたいと想いが湧いていた。


「さあ、私達の成すべきことを成すために帰ろうか」

 

 馬車を走らせ王都へ向かう。日はまだ高い。しかし、決して余裕があるとは言えなかった。移動の時間も休みに当てることはできず、通信具を取り出し起動させた。


「クラウド王、レイン・ローズです。お伝えしたいことが──」


 同日 17時40分 ニアート村ダンジョン近辺


「ふぅ……こんな感じでいいかな?」


 ダンジョンの入り口が突き出た小高い崖の上。青々と葉を付ける木の下に予め所持していたスコップで穴を掘った、


「墓標になりそうな岩はあったぞ」


 大人の顔以上のサイズはある楕円形の灰色岩。ただし、持っているのは鉄雄では無くセクリ。筋力という面でも人並み以上有しているのが判明した瞬間である。


「よいしょっと! ここなら空も見えてお父さんもきっと喜んでくれてると思う」

「お礼なんていいって。わたしがやりたくてやったことだから」


 布の中に遺骨と日記を収めてゆっくりと地面の中に眠らせる。

 最後にここに眠る証として岩を置こうとするが──


「まってまって、それじゃあ寂しいから。テツ、表面を平らになるように削って。名前を刻むから」

「別に構わないが本当に便利に使うなぁ……」

「使える物は使わないとね」


 縦に割るように斧を食い込ませていき、ただの自然の流線を含んだ石板へと変貌し。そこへたがねとハンマーを使いアンナは文字を彫り始めた。


「そんなことまでできるんだな……」

「山育ちだからね、村には採石場もあったから石を彫ったり削ったりはよくやってたのよ。え~と確か名前は『ファスタ・グランダリア』っと……」


 言葉通り慣れた手付きで文字を刻み始める。その様子を感心して眺める鉄雄と景色を眺めるセクリ。


「……これが外の世界なんだね」


 夕日に照らされ、眼下には赤みがかった森林、村の屋根、広い草原、駆け巡る野生動物、羽ばたく鳥達。そして、王都の城壁。

 全てが新鮮に目に映っていた。


「まだまだ世界は広いって、ここからじゃわたしの村も見えないし。それに山の上から広い世界を見たと思っても、近づいたらぜんぜん違って、ここからじゃ小箱みたいに見えても近くで見たら首を上げないと見えないぐらい大きいの」

 

 アンナは初めて城壁の門をくぐった日を思い出していた。近づいて行くほどに視界に収まらなくなる巨大な壁。自分の想像力の小ささを理解したあの日。


「どうしてボクを使用人にしようと思ったの?」

「……うらやましかったの。寮の門や学校の門で毎日のように「いってらっしゃいませ」って挨拶されてるのを見ると、なんだか寂しくなってね」


 手は止めず岩に文字を刻む作業を進める。


「それに他にもある! お風呂でもそう! 自分は何もせずに体と頭を洗ってもらえて。正直うらやましい!」


 感情に呼応して削る音も激しくなる。


「わたし達なんて洗濯してもらえるだけ! 掃除や料理もわたし達でやらないといけない。別にいいんだけど! でも他の人達は授業を受けている間に何もかも綺麗になってる。ずるい!」


 アンナ達は知らないがマテリア寮では使用人を雇うことができる。

 ただし、毎月の雇用料金は錬金術士という肩書があり国からの補助があっても高額。

 理由として国に定められた厳格な試験を突破した最上級の使用人達が従事しているからである。

 美麗な容姿、豊かな教養、瀟洒な佇まい。表面的な要素も高水準に加えて。

 調理、製菓、清掃、裁縫、修理、精錬、園芸、護衛、御者、演奏、会計。様々な技能を会得した万能使用人。

 しかし、昨今において寮を利用する生徒も少なく、使用人の人数が生徒を上回る状況となり貴族の家に出稼ぎに赴く者が多い。

 現在は寮の運営が成り立つ程度の人数が在籍している。

 無論だが、国から派遣されている使用人であり。無条件で信用する者も少なく無い。なので実家から手綱を握っている従者を世話役として呼ぶことも多いのも使用人飽和の原因の一つとなる。

 なお、各貴族達はマテリア寮の使用人を喉から手が出る程欲している。有能であることは勿論であり、存在自体が格を高める勲章でもあるから。


「他にも──!」

「ストップだアンナ。熱くなりすぎてるし墓標が大変なことになってる」

「あ……質素に仕上げるつもりが、凝ったつくりになっちゃった」


 抑えていた欲を吐き出しながら掘り進めた結果名前だけでなく周囲に凝った意匠の模様を刻み上げ、墓標というには華やかすぎる代物になってしまった。

 その結果に。


「あはははは! アンナを主人に決めて良かった。それに何となくで言ったわけじゃなくて嬉しかったよ」


 笑顔を浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ