第12話 留置場での乱闘
留置場になっている石造りの塔の入り口は、大きな木の扉でできていた。鉄板で補強され、重厚感がある。
もとより留置場というのは、気楽に入って、気軽に出られる場所ではない。
人間であれば、の話だが。
レブとしては、普通に入り、ウィルを外に出せればここでの用件は穏便に終わらせられる。
しかし、レブが中に入れないだとか、ウィルを外に出せないとか、そうした事なら話は別だ。
尖った嘴のついたマスクを被ったレブは、快活な足取りで歩きながら、留置場に近づく。それを門番が見咎めた。レブより幾分、背が低い。
「おい! そこの奴! とまれ!」
厳しい顔つきの門番が、レブを指を差して怒鳴っている。
「初対面でそんな口のきき方をするもんじゃねえぜ」
歩みを止めることなく、レブは言った。
マスクをしているので、声がくぐもっている。はっきりと相手に聞こえたかどうかはわからない。
――まあ、いいか。
レブはマスクの中で呟いた。
門番や看守を殺すと後が厄介なのは、レブにもわかる。
せいぜい紳士的に話をするつもりだ。
向こうが何か言っているが気にもせず、レブは至近距離、互いに手が届く距離まで近づいた。
「昨日捕まったウィルって奴の面会に来た。入れてもらえるか」
レブがそう言うと、門番は胡散臭そうにレブを見た。
「なんでマスクをしてるんだ?」
「そらおめえ、顔を見られたくねえからよ」
「誰だかわからん奴を入れるわけにはいかん。マスクを取れ」
「じゃあ、押して通るしかないわけだな」
レブは被ったマスクが首の下に作る影から、魔槍ディウスクを呼び出した。
門番がまだ何か言っているが、レブには聞く義理も答える義理もない。
無言のまま槍を回して、門番の腹を石突で突いた。
一撃必倒の技があるなら、先手を取れば必勝ということである。
腹をおさえながら、門番は倒れる。
このくらいはレブにとって、一種の作業のようなものだから、たいした手間ではない。ウィルを救出する為の必要な作業だ。
扉から中に入る。石でできた階段をのぼり、石でできた通路を歩いた。レブの左右には鉄格子がはまった牢が幾つも並んでいる。
留置場は、過去には政治犯なども収監された歴史があるが、今は傷害や窃盗の容疑で逮捕された者でひしめきあっている。まだ裁判で刑が確定していない者たちだ。
彼らは下卑た罵声をレブに浴びせてくるが、それらを無視して、ウィルを探す。
悪意というのは呼気に含まれるのだろうか。薄暗い気が、レブの足元でのたくっている。
ここではない。ウィルは殺人犯と目されている。窃盗や傷害で捕まった輩とこんな鉄格子の簡素な檻に入れられている筈がない。
ということは厳重な場所にいるだろう。
たとえば、上の階、もしくは地下牢あたりが怪しい。
単純に二者択一だ。
ウィルが見つかるまで探すつもりでいるレブとしては、どちらを選んでも、早く見つけられるか、遅く見つけられるかの違いでしかない。
だから最初に目に付いた階段を使おうと決めた。
「何者だ!」
という声に振り返ると、短い警棒を手にした看守がレブをにらみ付けている。
せっかく背後を取ったのに、わざわざ声をかけるあたりが人間と言うものは非効率的だ。黙って後頭部を殴りつけた方が、向こうが求める結果になる確率は高いだろうに。
しかし、レブにとっては都合がいい。
内部の人間なら、ウィルの牢の場所も知っているだろう。あてもなく探すより効率がいい筈だ。
レブは一歩二歩と看守に歩み寄る。看守はまだ手を出してこない。素晴らしい。
右手を伸ばし、レブは看守の首を掴んで、壁に押し付ける。
犯罪者たちが歓声をあげている。自分がやっているわけでもないのに、調子のいい奴らだ。
「何をする」
看守が今になって棒を振り回すが、遅い。それを左手で掴み、レブは看守を完全に抑えつけた。
「ウィルってガキが捕まってるだろ。どこにいる?」
「そ、そんなこと、教えるわけないだろ」
首を掴む手に力を込める。徐々に徐々に締め上げていく。失神されると居場所が聞けなくなるので、調節が必要だ。
だが、看守は答えない。
「面会に来たってのに、マスク被ってるからっつって、会わせてくれねえんだよ。ひどくねえか?」
「殺人で捕まった収監者には、面会できない」
「だから、場所だけ教えてくれればそれでいいんだよ」
かなりの強情者のようだ。腕っぷしは弱いが。首を絞められているくせに、その目はレブを睨みつけている。
これは自分で探した方が早いのではなかろうかとレブは思い始めたとき、通路が騒がしくなった。複数の足音がする。
前後の通路から何人もの看守が現れた。通路の左右は鉄格子がはまっている。つまりレブは前進するか、後退するしかない。
応援が現れたことで、捕まっていた看守は勇気づけられたようだ。
「逃げ場はないぞ! 観念しろ!」
レブはため息をついた。
「ウィルってガキがいる牢屋の場所、話す気がある奴は手をあげろ。手加減してやる」
レブを挟み撃ちにする体勢の看守たちは、レブに棒を打ち込む間合いを探るだけで、一言も話さない。前に五人、後ろに六人というところ。
「そうかよ。こんだけいて、一人も協力的な奴がいないとはな」
レブは、右手を離して看守を自由にした。
それを看守が認識するより前に、レブは看守の顎を下から蹴り上げた。
蹴られた看守の体は砲弾のように宙を飛び、レブの前方にいる看守の集団にぶつかった。看守たちがクッション代わりになって、衝撃を吸収したが勢いは収まらず、巻き添えを食って全員が揃って倒れる。
その間にレブは闇から魔槍を取り出した。
「バカか。こんな狭いところで槍とは」
看守の誰かが嘲るように言った。
レブの左右は鉄格子だ。槍を振り回すには狭すぎる。
しかし、レブは仮面の中で笑った。知は力であり、無知は罪だ。
レブは、槍の穂先で球を描くように魔槍を振るった。
目のいい者がこの場にいたら、槍の残像が、鉄格子をすり抜けたように見えただろう。
最後にレブは槍の石突で床を叩いた。
それは軽い衝撃だったが、次の瞬間には、鉄格子が細切れになり、ばらばらと崩れ落ちる。
人間は自分を基準に相手を判断する。看守たちも御多分に漏れずそうだった。
だから彼らが想像していなかったことだが、レブの高速の槍さばきと、魔槍ディウスクの切れ味。この二つが合わさると、鉄をも切断することが可能になる。
魔族たちは、それをこう言う。
『黒騎士レブの槍は速すぎて、切られた相手が気づかない』と。
「邪魔するなら、お前らもこうなるぜ」
看守たちは迂闊に近づけなくなった。
レブが近づくと、ざざっと看守たちは下がるが、レブが一歩下がれば、向こうも一歩動く。
これでは事態が膠着したままだ。
――ウィルを探すのに時間がかかりそうだな。
レブがそう思っていると、それまで鉄格子の向こうに隔離されていた犯罪者たちが、雄叫びを上げながら、看守たちに襲い掛かった。
鉄格子をレブが斬ったせいで、遮るものがなくなったからだ。
狭い留置場の通路で、看守と囚人たちが殴り合いの大乱闘を始める。
警棒がある分、個々の戦闘力では看守に分があるが、数では囚人が上だ。
一人二人が殴り倒されても、留置場に入れられ鬱屈していた囚人たちの暴動は止まることを知らない。
混乱はレブの求めるところだ。
階段へと歩を進める彼の邪魔になる輩であれば、看守でも犯罪者でもおかまいなく蹴りつけて壁まで吹っ飛ばし、殴りつけて床に倒した。
階段を見つけたレブは、ゆっくりと一段一段、上がってゆく。




