第13話 天幕にはもとより入っていない
留置場の上階は、各房が個別に仕切られ、木の扉が並ぶ通路となっていた。
それぞれの扉には覗き窓があり、下の方には食事を入れる為に隙間が空いている。
レブは覗き窓を一つずつ覗いて、中にいる囚人を確認していく。幾つか見ていくうちに、ウィルのいる牢を見つけた。
牢の中では、壁から突き出た木の板にウィルが座り、うなだれているところだった。この騒ぎにも気づいていないのか、それとも元から興味が無いのだろうか。
「おい。ウィル」
レブが声をかけると、のろのろと顔を上げたウィルの顔が引きつった。
「どちら様ですか?」
そういえばマスクをしていたのだったとレブは思うが、マスクはまだ外さない。
この頼りない少年従士は、顔を見せたら最後、レブの名前を呼ぶだろう。
ここまで来て正体がバレるのは、避けたい状況だ。
「俺の名前、呼ぶんじゃねえぞ。昨日会っただろ」
「ああ。あなたでしたか」
生気の無い、幽鬼のように青ざめた顔だが、ウィルは一人で頷いた。
「どうしてここに?」
少年の質問には答えず、レブは自分の疑問を口にした。ウィルを助けることは既定路線だ。だが気になることは早めに決着をつけたいものだ。
「お前、取り調べの時、何で俺の名前出さなかったんだ? かばったのか?」
「あなたをかばったというつもりはないんです。サー・エルバリオが殺されて、何と言えばいいんでしょうか。もうどうでもよくなったと言いますか。体に力が入らないんですよね」
ウィルは力なく頭を垂れた。
「二年前です。サー・エルバリオは身寄りの無い私を拾って、従士にしてくださった。一人の人間として扱ってくださった。そのサー・エルバリオがいないと思うと、もうすべてが無価値に思えてですね。喋るのも面倒臭くなっていたんですよね」
レブは、それでわかった気がした。
ウィルが彼の名前を出さなかったのは意地からではなかった。ただ、どうでも良かったのだ。
――俺と似たようなものだな。
レブは、魔王シャルクが亡くなった後、魔王の息子たちから魔杯を授かる気にならないでいる理由がわかった気がした。
レブと魔王シャルクの関係は、ちょうど今のウィルとエルバリオの関係だったのだ。
レブも自分では気づかなかったが、喪失感によって彼の心に開いた穴は、想像以上に大きく深かったようだ。
それに自分でも気づかず、その穴がふさがらないうちは、誰かの配下につけるものではない。
レブが一人でいたいと言っても、周りがそれを許さないだろう。
しかし、配下の側にも、主を選ぶ権利くらいある筈だ。
レブとウィルは魔族と人間という立場の違いはあれど、心象のよって立つ場所は同じだったのだ。
そうだとすれば、なおさらレブはウィルを助けなければならない。
彼を見殺しにするということは、今の自分を否定する行為だ。
「そうか」とレブは言った。「落ち込んでるのはわかったが、ここから出るぞ」
「私は……」そこまで言って、少年は力なくうなだれた。
「早く立て。このままだと、お前、死刑だぞ」
「そうなんですか」
ウィルは心底疲れたという顔だ。少年らしからぬ、落ち込みようだ。すべてがどうでもいいと言ったのは、本当なのだろう。
元から小柄な少年従士は、レブが知っているよりも、更に小さくなったように見える。
留置所の一階は混乱しているが、そう長くは続かないだろう。
犯罪者たちはじきに制圧される筈だ。そう長くはこの場にいられない。
「お前がどうするかなんて、死にたいか生きたいかの二つしかねえんだよ。死にたいならここにいろ。このままいれば、そうなるんだからよ」
レブの言葉にもウィルは反応しなかった。喪失感に心だけでなく、体まで絡め取られているらしい。
「このまま生きていても仕方ないですし。脱獄してまで生きる理由なんてもう無いんです」
法とは、その社会で生きる者たちに覆いかぶさる天幕だ。
一人では対処できない風雨から身を守る為に人はその中に入る。
だが、雨に濡れようが風にさらされようが構わないという者、庇護を求めていない者にすれば、天幕は無用の長物だ。
そしてレブは、その天幕の外の存在なのだ。
ウィルを助ける為には、天幕などいつでも出る。
元から入ったという意識もない。
「お前が死ねば、お前の主君を殺した真犯人は、大手を振って外を歩きまわることになるな。お人よしの間抜けが代わりに死んでくれるんだ。そいつは大笑いで楽しく生きてくだろうよ」
レブの言葉に、顔を上げた少年従士の目には光が宿った。それはか細い光だが、ギラギラと銀色に輝く憎しみと復讐の光だ。
何であろうと、生きようとする意志があるのは良いことだ。
レブはウィルをさらに炊きつける為に言う。
「そうするとな。エルバリオの仇は誰が討つんだ? 他にいるのか? 従士であるお前以外に?」
レブとしては、助けに来て、ウィルが留置場から出たがらないとは思っても見なかった。彼にとって、自由であることは何よりも大事なことであるからだ。
そして、レブ自身がもしも主君殺しの疑いをかけられたとしたら、どうするかというと、それこそ、徹底的に抗うだろう。
捕まえようとする奴らは蹴散らすし、自分に濡れ衣をかけた奴にはそれ相応の報いを受けさせる。
レブとウィルは、立場や種族は違えど、主君がいた、というところが同じである。
主君を失った気持ちはよくわかる。
だからこそレブは、自分がやるべきことをやらないウィルに対して、尻を蹴飛ばしてやりたい気分でいるのだ。
「おら。早く決めろよ。仇を討ちたいなら、さっさと出て来い。お前がやるってんなら、手伝ってやる」
レブとしては、不足の10万ゴオルを取り立てに行って、高くついたものだ。
だが義理を果たさずして何の魔族だ、という気持ちもある。
ウィルの瞳の光が先ほどよりも少しだけ強くなっている。まだ微かな光だが、レブにはそれがはっきりと見えた。進むべき道を見つけた者の目だ。
「よろしくお願いします」ウィルが頭を下げた。
「おう」とレブは返して、手まねで動くように指示した。「じゃあ。ちょっと端に避けてろ」
ウィルが壁に移動するのを待って、レブは右手に魔力を込め、龍の鉤爪の形にする。それで空間を掴んだ。ひねると空気が圧縮される。
レブはそれを鉄格子に向かって撃ち出した。
「ヴェガス(風の砲弾)」
他人に教えられる技には名前がついている。
風の塊が、中心を軸に螺旋を描くように回転して飛ぶ。
その回転力が鉄格子をねじ切り、牢屋を突き抜けて、反対側の壁に大きな穴を開けた。人一人くらいは通ることができる大きさだ。
えええー! とウィルが驚愕の叫び声を上げる。レブはそれを気にせず言う。
「おし。お前が先、外に飛んでいいぞ」
しかし、ウィルは首と両手を激しく左右に振った。
「無理ですよ。ここ三階ですよ」
「大丈夫だ。あれを見ろ」
レブが開いた穴から下を指さす。その先にはフィレノ市街を通る水路がある。ちょうど船は通っていない。
「結構な深さがあるからよ。あれに飛び込めば、怪我はしねえよ」
「でも怖くて無理です。私は高いところが苦手なんです」
「じゃあ、今までこの階にいたのはどうなんだよ。平気だったんだろ。なら気の持ちようだよ。飛べって」
ウィルが駄々をこねるので、レブは軽めのヴェガスを彼の胸に撃ち込む。
跳ねるような勢いで、ウィルの体は今開いたばかりの壁の穴を通り抜け、外へと飛び出た。
「うわあああぁぁぁぁぁ!」
叫び声をあげながら、少年従士は真下の水路へと落下していく。
「つくづく手間のかかる野郎だな。これでこの後、犯人さがしまですんのかよ。先が思いやられるな」
レブも続いて、水路に飛び込んだ。




