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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 8 章「サヨナラ」
38/48

#8ー4



 情報屋をあとにした二人は、狭い路地を足早に歩いた。そこには外灯ひとつない。空から降りそそぐ蒼白い月明かりだけが、彼らの足もとをぼんやりと照らしている。恭助は小走りになりながら、大股で闊歩かっぽする死神のあとに続いた。

「ねえ、死神」

「何だ」

 死神はふり返らずに答えた。

「やっぱり、ちょっとおかしい気がするんだ。ゼロが【死神くずれ】だなんて」

「上層部の決定は絶対だ。それに、状況的に考えれば奴しかありえない」

「だ、だけどさ……」

 恭助は少しばかり躊躇ためらったあと、「寂しくないの?」

 死神は一瞬、驚いたようにふり返った。

「ゼロは、あんたの仲間だったんでしょ。それなのに、あんなことに……」

「奴はもう、この世界に“存在しない”と思え」

 冷たい風を切るように歩きながら、死神は淡々とした口調で言った。感情の欠片も感じられない。

「死神である以上、私たちは“おきて”には逆らえない――いかなる理由があっても、だ」

 恭助は何とも言えない虚無感を抱きながら、黙って彼のあとに続いた。



 狭い路地を抜け、静まり返った商店街に差しかかったところで、恭助はふと立ち止まった。外灯の下に黒い影が転がっている。猫だ。

「公爵さま?」

 そこに横たわっているのは、伯父・神宮司の飼い猫だった。ぐったりとして、ぴくりとも動かない。眠っているのだろうか、それとも――突如として、恭助の脳裏にある人物の姿がよぎった。思いつめた表情の男性。彼は悲しげに笑いながら、恭助に背を向ける。断続的によみがえる場面のひとつひとつ。確信はない――しかし、嫌な予感がした。

「お、おい! どこへ行く!」

 死神がふり返った時、恭助はすでに反対方面に向かって駆けだしていた。



 喫茶店【memento moriメメント・モリ】は、深夜の街にひっそりと溶け込んでいた。灯りひとつない。小さな窓から差しこむ月明かりだけが、店内を蒼白く浮かびあがらせている。

 恭助がそこに足を踏み入れた時、カウンター席で突っ伏していたのは、彼の伯父・神宮司 透その人だった。先ほどまで煙草をふかしていたのだろう、あたりにはかすかに鼻をつく匂いが漂っている。神宮司のかたわらには、飲みかけのコーヒーが置かれたままだ。暖炉に火は入っていない。そこにはただ、凛とした静寂が鎮座していた。

 恭助は、コーヒーカップの横に転がっている小瓶に気がついた。中身はからだ。

「これって……」

 ラベルに書かれた文字を見た恭助は、思わず言葉を失った。それは、化学の知識にうとい彼でも瞬時に理解出来るような、有名な薬品の名前だった。

「伯父、さん?」

 神宮司は突っ伏したまま、身じろぎひとつしない。彼がただ眠っているだけではないことは、誰の目から見ても明らかだった。

「自殺だ」

 茫然と立ち尽くす恭助の背後で、冷静な声がした。死神だ。遅れてやって来た彼は、この場で何が起こったかを瞬時に察したようだった。

「まさか、こいつが死を選ぶとはな」



「なんで……」

 恭助は小さく唇を震わせた。

「なんで、こんなことに……」

 恭助は半ば放心状態で呟きながら、凍るような寒さを感じた。もうすでに彼は、それらの感覚を無くしているはずなのに、冷たい大気が心の奥底まで染みわたるようだった。窓から差しこむ月明かりは、何ひとつ語らない。そこに蒼白く映しだされる伯父の姿を、恭助はただ、茫然と見つめることしか出来なかった。

 伯父さんが死んだ。

 恭助にとって、それは自分の死よりも受け入れがたい事実だった。信じたくない──そう思いながらも、恭助は感じていた。彼を形成していた大切な“何か”が確実に失われている、ということを。

「――僕のせいだ」

 恭助はかすれた声でぽつりともらした。

「何故、お前のせいなのだ。こいつが死んだのは誰のせいでもない。あくまで、こいつの意志で……」

 その刹那せつな、死神の鎌が音を立てて床に転がった。

「なんで、そんなに冷静なんだ、あんた! ゼロの時だって、あんなに信頼してたのに、どうして……どうして、平気なんだよ! おかしいだろ! なんでだよ……なんで!」

 ローブの胸もとにつかみかかった恭助は、激情にまかせて言葉をまくしたてた。

「伯父さんは、僕のせいで」

 恭助は涙をにじませながら、声を詰まらせた。

「僕の、せいで……」

 掠れた声が冷たい大気をわずかに震わせた。

 力なく床に膝をつき、とめどなく涙をこぼす恭助の姿を見下ろしながら、死神は小さく首を横にふった。

「――以前、お前は悪夢だと言った」

「え?」

 恭助は、はっとして顔を上げた。

「もうすでに変えようのない現実を、お前はかたくなに否定した。まだ死にたくない、とな」

「そ、それは……」

「私には理解できなかった」

 死神は恭助に背を向け、自嘲ぎみに笑った。

「私にとって、それは仕事のひとつでしかなかったからだ。感情をはさむ余地などない――むしろ、それらは邪魔なものでしかなかった。しかし、今は少しだけ……分かる気がしなくもない」

 死神は、疲れきったようにため息をもらした。

「お前の言った“悪夢”の意味が、な」



 悪夢。

 すべてがそうであってほしい。

 絶望にも等しい感情に支配されていた自分。

 そんな中で死神が教えてくれたのは、もう二度と戻れないということだった。冷たくて、残酷で、どうしようもない現実。変えることの出来ない過去。取り返しのつかない失敗。

 それらを、不器用なりにも受け入れられたのは、いつも隣に冷静な死神がいてくれたからかも知れない──恭助は急に申し訳ない気持ちになった。



「ご、ごめん……僕」

「気にするな。それより――」

 床に転がった鎌を拾い上げた死神は、振り向きざまにそれをいだ。鋭い切っ先が恭助の頭上をかすめる。思わず目をつむった彼の背後で、勢いよく金色のちりが舞った。【亡魂ロスト】だ。

「今は逃げることが先決だ」

 死神は恭助の腕をつかみ、きびすを返した。




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