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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 8 章「サヨナラ」
37/48

#8ー3



 恭助は閉ざされた扉を茫然と見つめた。

 破壊されたホール内に残されたのは、彼と死神の二人だけだ。頭上高くにある傾(かたむ)いたシャンデリアが、彼らの姿をぼんやりと映しだしている。

 ゼロが連れ去られたあと、彼らは互いに口を開こうとはしなかった。そこには、時を刻む音もない。壊された彫刻や燭台、書類が散乱する空間には、しばらくのあいだ静寂だけが流れていた。


「あのさ……」

 最初に口をひらいたのは恭助だ。

「ゼロ、どうなっちゃうのかな?」

「………………」

 死神はため息をもらしたあと、「私の知ったことではない」──そう言って腕を組んだ。グロリアが告げたとおりならば、ゼロが助かる可能性は無きに等しい。おそらく、存在を抹消(まっしょう)されるであろう。そのことは彼自身よく知っていた。ただ、それを言葉にすることを躊躇(ためら)うように、死神は首を横にふった。

「奴は【死神くずれ】だったのだ。どのような処分が下されようと、致し方あるまい」

 彼は小さく息をもらしたあと、「それより、問題はお前のほうだ」

 恭助はどきりとした。

「残された猶予は、あとわずか……もう、迷っている暇はない」

「ぼ、僕は……」

 恭助はうつむきながら、口ごもった。脳裏に浮かぶのは、先ほど公園で見たちいちゃんの姿だ。彼女のことを考えると、恭助は胸が苦しくて仕方なかった。

 死神になるということーーそれは、彼が生きた記憶のすべてを抹消されるということだ。生まれ変わることも許されない。永遠に死神として在り続ける、果たして、そんなことが自分に出来るだろうか。恭助は悶々としながら、にわかに焦りを感じていた。



「どうやら、“事(こと)”が済んだようですね」

 突如として発せられた声に、二人はぎょっとしてふり返った。

 上等なスーツに身を包み、相変わらず、作り物のような笑みを顔に貼りつけた男──彼は、ゆっくりと階段を下りてくる。シュヴァルツだ。踊り場に辿(たど)りついた彼は、一同に向かってうやうやしくお辞儀をした。

「お急ぎにならなくてもよろしいのでは?」

「どういう意味だ」

 死神は不機嫌そうに眉をしかめる。

「猶予はまだ、3日ほどございます」

「早く決断しろと言ったのはお前だ」

「ええ、確かに……しかしながら、それは【死神くずれ】による脅威が憂慮(ゆうりょ)されたからです。“彼”が処分された今、恐れるものは何もありません」

「しかし、【亡魂(ロスト)】の存在も増えているという話では?」

「ご心配には及(およ)びません」

 シュヴァルツはにっこりと微笑んだ。

「死神局のほうで、その件に対する選抜チームが編成されました。じきに片がつくでしょう」

 それにしても、と彼はホール内を見回したあと、「こちらを片づけるのは少々、骨が折れそうですね」――そう言って、ため息まじりに苦笑をもらした。

「後始末に来たのか?」

「ええ。まあ、それだけではございませんが」

 シュヴァルツは意味深な口調で言って、スーツの懐(ふところ)に手をいれた。そこから取りだしたのは、鍵の束だ。数十種類はあるだろうか、さまざまな形をした鍵が輪になっている。彼はそれを持て余しながら、「しばらくのあいだ、情報屋を閉鎖することになりましてね」

「何故だ。奴がいなくなったからといって、代わりはいくらでもいるだろうに……」

「理由はわたくしも存じ上げません。しかしながら、これは上層部の決定なのです」

 一瞬、死神は訝(いぶか)しげな視線を向けたが、やがて小さく首を横にふった。

「そういえば、モノローグの姿が見あたらないな」

 死神は思い出したように呟いた。彼女は先ほどまで、この場で亡魂を相手に鞭(むち)をふるっていたはずだ。

「彼女でしたら、死神局にお戻りになりましたよ。何でも、総司令部の方々に呼び出されたようで……彼女は、ゼロの直属の上司でいらっしゃいましたからね」

「ああ、なるほど」

 死神は小さくうなずいたあと、恭助を一瞥(いちべつ)し、「では、私達は“旧館”に戻るとしよう。情報屋(ここ)が閉鎖される以上、安全なのはあそこだけだ」

「ええ、それがよろしいでしょう」

 シュヴァルツは足もとに転がった書物を拾い上げ、そっと埃(ほこり)を払った。






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