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しにガミ  作者: 夢邑 ひつじ
第 5 章「距離」
23/48

♯5-2



 昼過ぎになって降り出した雨は、しだいに勢いを増していた。

「わたしはいったん死神局へ戻るわ。この子のこと、よろしく頼んだわよ」――情報屋を出るなり、モノローグはその場から姿を消した。雨の降りつけるせまい路地。あたりは心なしか薄暗く、何とも言えない不気味さをかもしだしている。恭助はふいに怖くなって、かたわらの死神を見上げた。彼は微動だにしない。鎌を肩に担がせたまま、じっとその場に佇んでいる。恭助はうつむきがちに口をひらいた。

「大丈夫かな、ゼロ」

「さあな……おそらく、モノローグが上手いことやってくれるだろう。今はそれを信じて、待つしかない」

 死神は苦いため息をもらした。

「――ところで、お前の作戦だが」

「え?」

「間接的なことであれば、問題ないはずだ」

「どういうこと?」

 恭助は首をかしげた。

「つまり、“直接、生者せいじゃの人生に干渉さえしなければ”、何かしらの力になることは可能だと言っている」

「協力、してくれるの?」

 死神は雨の向こうをじっと見つめながら、「まあな……」と小声で呟いた。

「で、でも……どうやって?」

「それを考えるのはお前の仕事だ」



 恭助がまっさきに思いついたのは、彼らに対して手紙を書くことだった。死神に協力してもらい、近くの文房具店で道具を一式そろえたあと、恭助達はいったん情報屋に戻った。

 彼らが向かったのは、情報屋の最上部にある“展望室”である。およそ、地上6階の高さに位置するそこは、大きなガラス窓に囲まれており、あたり一帯の街が見渡せるようになっていた。感覚をあけてテーブル・セットが置かれているが、そこには、彼らの他に誰もいない。

 死神は窓際まどぎわの席に腰かけると、ぼんやりと下界げかいに目をやった。眼下がんかには、激しい雨に打たれる街並みが広がっている。恭助は向かいの席に腰かけながら、その景色の中に喫茶店【memento moriメメント・モリ】を発見した。窓には明かりがついている。しかし、やはり店は営業していないようだった。

「しかし、慣れないものだな」

 死神は頬杖ほおづえをつきながら、ため息をもらした。恭助は、先ほどの彼のようすを思い出し、思わず口もとをほころばせる。人間の姿と化した死神は、恭助の代わりに彼の口座からお金をおろし、文房具屋での会計をすませたわけだが、ことあるごとに、まわりの目をひいていた。というのも、彼には一般的な知識が欠けていたからである――レジで支払いをする際など、彼は「この中から好きなだけ持っていけ」と、そのまま財布を渡していたのだ。

「店員さん、びっくりしてたよ」

「仕方あるまい。普段は人間になる機会などないのだから……」

 死神はため息をもらしたあと、

「しかし、どんな内容をしるすのだ?」

「え?」

「まさか、【死神くずれ】に殺された、などと書くつもりではあるまいな」

「そ、それは……」

 恭助はふいに口ごもった。手紙を書くこと自体は、さほど難しいことではない。【死神局】をとおせば、“消印” を変えることが可能だということだ。生前の恭助が残した手紙として、彼らに届けることができる。しかし、問題は内容だ。恭助は悩みに悩んだあげく、深々とため息をもらした。「やっぱ、無理なのかな……」と彼は、半ばあきらめたような口調で呟いた。

「まだ猶予ゆうよはある」

「え?」

「6日間だが……それまでに、考えればいいのだ」

「そ、そうだよね」

 恭助は驚いたようにうなづいたあと、死神に向かって「ありがとう」と小さく微笑んだ。はげましてくれたような気がしたからだ。

「私はただ、この仕事を早く終わらせたいだけだ」

 死神はそう言って、彼は窓の向こうへ目をやった。相変わらず、外はひどい雨だ。うっすらと霧がかかっており、遠くまでは見えない。しかし、死神の鋭敏な感覚は、その姿をはっきりととらえていた。どうやら、そこは高台にある公園のようだ。制服姿の女性が見えた。この雨の中、傘もさしていない。何かを思いつめるようにして、じっとたたずんでいる。死神はふと首をかしげた。

「あれは、お前の知り合いではないか?」

「え?」

 恭助は、彼の視線の先を追った。しかし、霧がかかっていてよく見えない。目をこらしてみたところで、そのあたりに公園があることしかわからなかった。

「たしか、小林ナントカ……」

「ちいちゃん?」

 恭助は首をかしげた。どうして、そんなところに彼女がいるのだろう。しかも、こんな雨の中で何を――恭助は、はっとして立ち上がった。「お、おい!」死神は制止しようとしたが、恭助はすでに駆けだしていた。死神は床に置いていた鎌をひろうなり、急いで彼のあとにつづいた。ゆるやかな螺旋らせんを描く階段を駆けおりながら、「待て……待つのだ、恭助!」と声をかけたが、彼の耳には届いていないようだ。恭助の後ろ姿は、みるみる内に遠ざかっていく。

 死神は肩に鎌をかつがせながら、彼を見失わないように先を急ごうとした――しかし、それはかなわなかった。突如とつじょとして、階段の踊り場に誰かが立ちふさがったのである。


「お前は……」

 死神の前に両手をひろげて立っているのは、ゼロの代理で情報屋に派遣はけんされている上層部のひとり――シュヴァルツ、だった。彼は相変わらず、にこやかな笑みを浮かべている。死神はじれったそうに、

「どけ、あいつを追いかけなくては……」

「そういうワケにはまいりませんね、Au1208」

「どういうことだ?」

「あなたともあろうお方が、あんなことをなさるとは――がっかりです」

「何の話だ」

 死神は首をかしげた。

「おやおや、しらばっくれるおつもりですか? ご自分のなさった罪を、いさぎよくお認めになったほうがよろしいのでは……」

「だから、何の話だ」

 死神は苛立ったような口調で言った。すでに恭助の姿は見えない。先ほどのようすから、彼の向かった場所は見当がついていた。しかし、途中で【亡魂ロスト】に襲われでもしたら、と死神は気が気でなかったのだ。シュヴァルツは呆れたようにため息をもらし、「やれやれ……仕方がありませんね」と肩をすくめた。

「生者との接触、ですよ」

 死神は一瞬、どきりとした。

「もちろん、あなたはご存知でいらっしゃる。【死神局諸法度】では禁じられていることを……それなのに、あなたはそれをおかしてしまった。いかなる理由があったにせよ、おきては掟にございます。今回のことは、死神局に報告させていただきました。いずれ、あなたは“査問会”にかけられることでしょう。あなたには、しばらく情報屋ここに留まって……」

「今はそれどころではない、どけ!」

「そうはまいりません……ああ、上司に向かってその口のきき方は、如何いかがなものかと思いますよ」

 がんとしてそこを動こうとしないシュヴァルツに、死神は「そんな悠長ゆうちょうなことを言っている場合ではない」と、持っていた鎌を両手にかまえた。

「おやおや、物騒ぶっそうですね。何をそんなにご心配なさっているのです?」

「お前には関係のないことだ」

 死神はそう言って、目の前の男をにらみつけた。シュヴァルツはしばらくのあいだ、そんな彼の姿を呆然と見つめていたが、やがて「仕方がありませんね」と壁際に退(しりぞ)いた。死神は、彼には一瞥いちべつもくれずに駆けだしていく。その後ろ姿を見送りながら、「どうなっても知りませんよ……」

 シュヴァルツはひとり、意味深(いみしん)な笑みを浮かべた。




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