RTB
5年前 カトリア連邦首都 オーシャンズヒル
『先程、カトリア連邦大本営より、ラーシャ自治区上空で哨戒任務に当たっていたカトリア連邦軍機が、ラーシャ自衛隊の戦闘機に突如攻撃を受け、現在交戦中とのことです。
詳しい情報は情報統制もあり、明らかではありませんが、昨今のラーシャ独立運動となんらかの関係があると思われています。
繰り返しお伝えします。本日未明、我が国の...」
カトリア連邦軍の総指揮を執る、連邦大本営の戦時特別執政委員会の参謀室に据え置かれたテレビが、大本営が発表した”事実”を繰り返し伝えている。
(これで我が国は、完全に戦争状態に突入した...)
参謀室の長テーブルの一角、見事な髭を蓄えた老将校が、すっかり後退した額をさすりながらそう、心の中でため息と共に呟いた。
独立の気運が高まるラーシャを、自衛戦争の名目に叩きのめし、宗主国による支配を確実なものとする。
そんな、素人でも少し考えれば分かるような政治的意図を抱え、カトリア連邦は宣戦布告もないままラーシャ自治区の暫定首都、レベルタードに爆撃を敢行した。
上がってきた邀撃機に損害を被ればあとはなんとでも言える。
幸いにも、確認できる全てのレーダーサイトは潰せたし、こちらはステルス機だ。
我が軍の機体が爆撃したという証拠はない。
それに、あえてレーダーに映る護衛機を付けることで、”哨戒中の機がいきなり攻撃を受けた”という大本営の発表にある程度真実味を持たせることも出来る。
とはいえ、こちらの意図は見え見えだから、周辺各国には散々言われるだろうが、勝てば官軍だということを歴史が証明している。
「そう...勝てばいいのだよ、勝てば...」
老将校が漏らした一言を、しかし隣に侍っていた若い士官は聞き漏らさなかったらしい。
「は? 推将、なにか仰りましたか」
「ん...いや、なんでもない。ただの独り言だよ」
この老将校は名をグランエスト=シュベリアといい、カトリア連邦が軍事大国路線をとり始めたその前から連邦空軍にいる重鎮の1人である。
もともとは彼も戦闘機のパイロットであったが、それももう先の大戦での話。
今は立派に、こうして制服組の1人として大本営にいる。
そんな彼の目の前で、士気に満ち溢れた将校たちが、作戦机を前に攻略作戦を練っている。
と言っても、作戦は別段奇想天外なものでもなく、過去の経験から最善であると判断されたありふれたものだ。
第一に、敵地上空での航空優勢を確保。最低限の制空権を確保した後、海上強襲部隊を進出させ、制海権も確保し、最後に敵本土への上陸を敢行するものである。
細かな作戦段階と、いくつもの代替プランを練る彼らは目の前の敵を撃破する事しか頭にない。
「まぁ...それは政治屋の仕事だ、気にせんでもいいだろう...」
「あの、推将、なにか?」
「ん、いいや。...儂も年をとったな......」
ラーシャ ハミルトン
「みなさん落ち着いて! シェルターにはまだまだ空きがあります、大丈夫だから押さないで!」
爆撃を受けたレベルタードにほど近いここ、ハミルトンでは、上空でまだラーシャとカトリアによる空戦が続いていた。
万一のため、用意されていた防空壕には、多くの市民が、我先にと、警察と自治体の誘導を振り切ってシェルターに駆け込む。
「カトリアめ、一体どういうつもりじゃ!市街地の真上じゃぞ」
ハミルトン市長、ルフトバッフェが、市庁舎の屋上から上空で乱舞する幾多の戦闘機を睨み言う。
「市長!ここは危険です、早く避難を!」
と、息を切らしながら秘書が駆け込んできた。
「市民が逃げ回っている中で私だけがおめおめ逃げ延びるわけにはいかん!それより、避難誘導はどうなっておる⁉︎」
「はい、市役所職員と警察が全力で当たっていますが、先程の流れ弾のせいで一気にパニックに...それに、シェルターに全員が入りきるかは...」
「シェルターだけでなくていい!災害用貯水池が地下にあったろう、入りきらない分は、そこに入れろ!」
「で、ですが、あれは災害用です!バンカーバスターでも降ってきたら...」
「ないよりマシじゃ、急げ!」
「は、はい!」
市長の一喝に、秘書は急いで部下に指示を伝えに行く。
「......カトリアめ...!」
同時刻 ハミルトン市内の団地
「エリシャ!エリシャ早く逃げよう、ここは危ないって!」
「う、うん。でも、まだミーナがウチに...!」
「猫なんかほっといて!今は自分を...」
その時、上空の戦闘機が放ったミサイルが、しかし敵機には当たらず、地上に、エリシャたちのいる団地に向かって飛んできた。
「ッ‼︎ 危ない!」
ミサイルがこの場所に着弾すると、直感で悟った幼馴染が、半ば本能的にエリシャに覆いかぶさる。
次の瞬間、辺り一帯を、強烈な閃光と衝撃が埋め尽くした。
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————
——
「......うぅ、んっ...?」
どれくらい経ったか、息苦しさと煙臭さに目が醒める。
目はまだぼんやりとしていてよく見えない。
視界にチラチラ映るのは火の粉だろうか。ミサイルが落ちたらしいことは把握出来る。
体が重い。何かが自分に乗っかっているらしいことを知って、それをどけようとした瞬間、自分に乗っているものが何かを、エリシャは思い出した。
「セラ...?」
体をよじらせると、自分に覆いかぶさっていたものがズルッ、と滑り落ちた。
「エ...エリ、シャ......」
「セ、ラ...?」
それは、彼女の幼馴染だ。いや、正確には”だった”
モノだ。
「エリシャ...わ、たし...どうなってる......?」
「え、あ...」
言えない。今まで本当の姉妹のように遊んできた彼女に。
下半身が、無いなんて。
「いいや......いい、や。なんでもない」
もう彼女の顔に血の気はない。出血が多すぎるのだ。
「...手、繋いでくれる......?」
「う、うん...」
言われるままに手を握ってやる。
無駄だと分かっていても、大人がいないか必死に周りを見回す。
「誰か、誰かいませんか! 誰か...!」
「エリシャ......め、わす...ないで」
「え、セラ、なんて?」
「夢、忘れないでね...私、見守ってるよ...!」
握る手から、力が抜ける。
彼女の瞼が、ゆっくりと閉じられる。
「そんな...セラ、イヤ、いやぁ...!」
彼女はもう、返事を返さない。
「セラ!ねぇ、嘘でしょ⁈ セラ、セラァ‼︎」
ハミルトン上空
「Dragon3, FOX2 FOX2!」
「Splash! Good kill, good kill!」
「This is SkyEye. That’s all. Good job guys.」
なんとか敵機を退けたイーグルとドラゴン両隊がそれぞれエレメントとデルタを組んで編隊飛行する。
「ふぅ、終わったな。よくやったぞ、お前ら」
「ですが、流れ弾や敵機の残骸が市街地に落ちた可能性が...」
「今は気にするな、ウィーパー。まずは自分の命を守るんだ。」
「...イエッサー」
「All Rashan unit. Mission complete. RTB.」
「Eagle,copy.」
「Dragon,copy.」
6機のF-16は、大きく右に旋回した。




