機上にて
ほとんどの物資を運び終わって、遂に基地要員の移動となった。
到着した何機かのC-17に分散して全員が搭乗する。
「いよいよこの基地ともお別れですね」
輸送機に乗る前、基地司令棟の屋上で、傍のグレイズに向かってエリシャは言った。
「...そうだな」
言いながらも、グレイズは不安だった。
最初のカトリア軍の襲撃から、まだ一ヶ月と経っていない。
しかも今度の基地は西部軍の所属だと聞く。
つまりはラーシャ東部の制空権を放棄する、という事だった。
陸軍は残るらしいが、航空優勢の無い地上軍は、控えめに言っても明るい未来は無い。
「生き残れるのか...この戦争を」
「...生き残りますよ。約束、しましたから」
「ああ、そうだな。約束だからな」
2人の前で、また1機のC-17が飛び立った。
離陸した輸送機の編隊は、しばらく基地上空で空中待機した後、護衛にやって来た戦闘機と合流して目的地へ向かう。
その護衛というのが、異動先の基地からやって来た連中のようなのだが、それを見たエリシャたちは窓の外を見て驚くことになる。
窓の外には、1機のF-22と、その間を挟む独特なフォルムの戦闘機2機。
中央の機体の尾翼には、大きな南十字星をあしらったパーソナルマークがあった。
「南十字星⁈」
「どうしてここに!」
キャビンの中で皆が騒ぐ中、やはり興奮気味の通信士官が、ヘッドセットを手にエリシャに向かって来た。
「少尉、グリフィス1が貴女と話したい、と」
「私?」
恐る恐るヘッドセットを受け取り、銀髪を掻きこんで耳に付けた、その直後。
『久しぶりだねお嬢さん!生きてる?』
大音量で、誰かが無線越しに叫んできた。
さて、軍用無線とは元より頑丈さが売りのもので、実は聞こえてくる声の明瞭具合は二の次だったりする。
そのため、爆音響く機内での使用が想定された航空無線は特に音量が大きく設定されている。
だからそんな無線越しに叫んだりすると...
まあ、耳が逝く訳である。
「ふぎゃぁ!」
と、変な悲鳴をあげてキャビンの床に倒れこんだエリシャに、その場に居た全員が何事かと驚く。
耳を澄ますと、エンジン音にも掻き消されず響く、無線越しの声。
少なくともヘッドセットから出る音量ではない。
「エリシャ、大丈夫か?」
「うーん...」
「ダメだ伸びてる。メディックを呼んでこい」
「生きてますよぉ... まだ耳がキーンってしますけど」
と、通信士官が声をかける。
「少尉、無線来てます。大丈夫、音量は確認済みです」
そもそも本来、チェックが必要な程の大音量で喋る奴はいないのだが...
不安げにヘッドセットを受け取り、耳に付けたエリシャは、今度こそ、本来の話し相手に声をかけた。
「グリフィス1、こちらエリシャ=グランデ少尉です。聞こえますか?」
「こちらグリフィス1、感度良好、問題なし。
...久しぶりだな、少尉」
「えぇ、お久しぶりです。ところで...」
「さっきの奴か?あれは着いてから詳しく話すが、まぁ紹介しておこう。フレイ」
すると、無線に割り込むノイズが聞こえたと思うと、少女の声が、妙に明瞭に聞こえてきた。
それは先程の大声とよく似た、でもそれとは明らかに違う、落ち着き払って、少し人間味に欠ける冷たい声だった。
『グランデ少尉?こちらは...そうだね、フレイと呼んでほしい』
「フレイ...さん?」
『さんは要らないよ。それと、さっきは妹が迷惑を掛けてごめんなさい』
「妹さん?あの、どこから話してるんですか?さっきから、やけに明瞭に聞こえるのですが...」
言われ、会話の相手は今頃気づいた様に答えた。
『ごめんなさい、それを言ってなかったわね。グリフィス1のエスコート、キャノピーのセンサーが紅い方よ』
そう言うと、確かにグリフィス1と並行していた戦闘機の、コックピットを覆う装甲にあるセンサーが紅い方が、軽くバンクを振った。
「確認しました。となると、妹さんは...」
『そうだよー‼︎ 蒼目の方だよ‼︎‼︎』
と、先程よりは多少抑えられた大音量で、フレイと名乗った少女(?)と同じ声が聞こえてきた。
同時に、センサーが蒼い方の機体が大きくバレルロール。
輸送機のパイロットが驚いて「Watch out! Watch out!」と吠えている。
『こら、フレイヤ。無線で叫ばない。あと危ない』
『あぅ...ごめんフレイ。ごめんね少尉、無線で話すの、慣れてなくて』
「だだだ大丈夫ぅですよォ?」
当のエリシャは、一応は謝罪する声に、明らかに大丈夫ではない調子で答える。
「はぁ...フレイヤ、少し黙っていなさい。フレイ、フレイヤを暴れさせるな」
『ふぇっ⁈ヒドイよクロにぃ』
『ウィルコ。ほらフレイヤ、あっち行け、あっち』
いよいよ半ギレらしいグリフィス1に促され、フレイの機体が強引に旋回してフレイヤを追いやる。
だが、ただ追いやっただけでなく、その後輸送機を中心にした哨戒コースに持ち込ませている辺り、フレイというパイロットは相当有能らしい。
そう、エリシャはコックピットのレーダーを見ながら1人感心していた。
「まぁ、少尉。今度お前たちが着任する予定の基地はアイツらみたいに一癖も二癖もある連中ばかりだ。その事は肝に命じてもらおうと思ってな」
「はあ...そうなんですか?」
「ああ、特にウチは相当深刻な問題もあってな。それに関しては直接来てから考えてもおうと思うが...」
「...了解。ところで、なんでその話を私に?この機にはウチのコマンダーも乗ってますよ?」
聞くと、グリフィス1は少し間を開けてから、言った。
「お前にアイツらを、フレイとフレイヤを紹介しておきたかったからな、それに...いや、何でもない」
「へ?」
「通信終了」
それだけ言うと、グリフィス1は少し恥ずかしげに無線を切った。
「...私、何かまずい事言いましたっけ?」
そんなエリシャのちょっとした不安も載せながら、輸送機は飛ぶ。
彼女らがカトリアの宣戦布告のニュースを聞いたのは、その機上だった。




