9話:作戦決行
「敵襲、敵襲ー!」
兵士の声が夜の城内に響く。それを聞いた大臣はすぐに兵を玉座の前へ呼び出す。
「何があった!」
「大臣様、敵襲です。敵は五人、そのうち一人はサイカ様です!」
「なんだと! くっ……ゴルセンの奴め、仕留め損なったか」
後半部分の言葉を聞いたものは隣に座っていたセステスだけであった。大臣は珍しくいらだっている。
「すぐに取り押さえろ! 最悪、全員殺しても構わん!」
「で、ですが大臣……」
「いいから行け! お前の家族がどうなってもいいのか!」
「ひいっ! は、はい!」
大臣は定番の脅しで怯えた兵を向かわせた。
「おいエイジ、どうするんだ、お前のせいで早速バレたぞ」
城壁を越えて侵入する際、無事に全員音を立てずに着地出来てよかったのだが。突然、エイジの鼻に虫が止まった。
「うっ、はっ、はっくしゅん!」
盛大なくしゃみはすぐ近くで警備をしていた騎士に気づかれ、なんとか逃げてきたというわけだ。
「悪かったって、だから許してくれよ……」
「ちょっと、拙者のエイジ様に何をしてるんですか、今すぐ離れなさい、虫けらの分際で!」
サリィがエイジの胸ぐらをつかむ俺を無理やり引き剥がそうとする。
「虫けらってなんだ、サリィの方がチビだし、俺より虫けらじゃないのか!」
そう返すと話はどんどんややこしくなり。
「……レイト殿。今、俺の可愛い妹に虫けらとか言ったよな……ゆっくり話し合おうじゃねえか」
なんかレクスまで話に加わった。激怒したレクスが俺に殴りかかろうとするがなんとか拳を掴んで抑える。
「おい、レクス落ち着け……! ちょっ、誰かこのシスコンをなんとかして!」
俺たちがこうして争っているとサイカが俺たちの前に出て、
「みなさん、今はふざけている場合ではありません。他人を責めるのではなくこれからどうするか考えましょう!」
「「……はい」」
サイカの言葉によって弾圧された俺たちは輪になって話し合った。
「で、どうする?」
と聞いたのは俺。
「今の唯一の入口である正門が大量の騎士たちで封鎖されたからな……」
と言ったのはエイジ。全員が考え始める。正門に兵、俺たちがいるのはちょうどその裏側で兵もいない。入口は一つ、シレリアも国王の食事会の時、城内で戦闘したよな。ん? その時、シレリアは……。
「エイジ、この壁壊せそうか?」
「まあ、見たところ頑丈な素材でもないし土の第二魔法ぐらいで壊せそうだが……」
頭の中のピースが組み合わさっていく。
「サイカ、玉座の場所ってどこだ?」
「え、玉座ですか……? ちょうどこの壁の向こう、あ……!」
今、考えられる唯一の突破口、それは……。
「この壁を壊して一気に国王の下まで行くぞ!」
「よし、俺に任せろ! 大いなる岩より生まれし、小さき石よ、一つの槍となり、爆散せよ、『ストーンバレット』」
エイジが土系第二魔法ストーンバレットを唱えると大きな爆発音とともに壁に人がぎりぎり入れそうなほどの穴が開く。俺たちは今の音で兵たちに追いつかれないよう急いで穴を通り抜ける。穴の奥は国王が座っている玉座のすぐ隣であった。大臣は驚いた様子で俺たちから距離を取る。
「やっと会えたな、この国の黒幕さんよお!」
「ひ、ひいっ!」
大臣はひどく怯えている。エイジは手に持った短剣で大臣の下まで高速で突進していくが、図体の大きい大盾を持った騎士に行く手を阻まれる。
「随分と若い侵入者だな、残念だがここを通しはしない!」
「くそっ、邪魔なんだよ!」
エイジは図体の大きい男に斬りかかる。俺たちはその隙に逃げる大臣と国王を狙おうとするがまたしても別の男たちに阻まれる。一人は鎧を着こんでいる割には武器に杖を持っている男、もう一人は両手に斧を持ったガタイの良い男。そして俺たちの入ってきた穴と、もう一つの正規の扉から大量の兵たちが入ってくる。四方八方を塞がれ、絶体絶命のピンチだ。
「お前たち、よくやった! さあ、陛下、ここは危険です。こちらから逃げましょう」
大臣が壁のボタンを押すと玉座近くの床が開く。大臣とセステスは隠し通路の階段を下りて暗い地下の中へと姿を消した。
「俺はこっちの兵をなんとかする。サリィはあっちの穴にいる兵をなんとかしてくれ。そして、レイト殿には悪いがまとめて二人を相手できるか? こっちを制圧したらすぐに応援に行く!」
レクスが即座に指揮を執る。一人で二人を相手にしつつ、後ろのサイカも守るのは大分苦しいが今はできるできないを気にしている余裕はない、必ず成功させる、それだけだ。
「ああ、任せろ!」
この激しい斬撃音の中、俺の声は届いていないだろう。しかし、これは俺への自己暗示でもあった。
「へへっ、こんなガキ一人で俺たちを倒せると思われてるとは舐められたものだな」
ガタイの良い男の方が言う。
「ハイドブリガン第一王国騎士団副団長、エイボルス」
「同じくハオルグ、行くぞ!」
杖を持っている方はエイボルス、斧を持っている方はハオルグと名乗った騎士たちは攻撃を仕掛けてくる。ハオルグが前衛に出て、エイボルスが後衛で魔法の詠唱。定番の戦い方だが、一人の俺では圧倒的に不利だ。俺は背中に下げた剣を抜き、速攻で決めに行く。
「坊主、残念だがここは通さんぞ!」
巨大な斧の重さを感じないように高速で振り下ろされる。剣で咄嗟に弾こうとするが、重い――。弾けないと判断し、すぐさま横にずれて躱す。斧はそのまま床に叩きつけられ、大理石のように頑丈な床に亀裂が入る。隙が出来たと斬りかかろうと走り出すが、突如聞こえた詠唱に足を止める。
「水よ、刃となりて、精練、敵を切り裂け、『ウォーターカッター』!」
薄く横に広がった水は地面と平行に突進してくる。しゃがんで回避する。磨かれた白い床に切られた黒髪の一部が落ちる。避けてなかったらと思うと……いや、そんなことを考えている暇はない。後ろを見てみると壁には先ほどの魔法の浅い跡が残っていた。
「よそ見とは舐められたものだな!」
前を向いた時には巨大な斧がすぐ目の前まで迫っていた。避けられない――と思った時、横から土の塊が男の斧に直撃する。態勢を崩した男は筋肉溢れる片足で踏ん張ろうとする。その隙をついて右手に握った剣で左から右へ薙ぎ払う。
「ぐっ!」
男の足から血が噴き出し、硬い床に倒れる。今の土の魔法は……。
「――大丈夫か、レイト」
声が聞こえる方を見ると赤い槍を右手に持った女騎士。
「シレリア!」
シレリアは俺の横に並ぶ。後ろで控えている杖を持った男は詠唱する。止めようとした時には魔法は完成していた。
「癒しの力よ、傷つきし者に、祝福を、『ヒール』」
深く斬られた男の足がみるみるうちに回復する。
「シレリア、今のは?」
「今のは回復系第一魔法ヒールだ。対象の傷を回復する魔法だが、味方なら頼もしいが敵なら厄介だな……」
「シレリアは使えないのか?」
「無理だ、人には使える属性の魔法が決まっている。私は土系魔法が得意だから回復魔法などは使えない。さらに回復魔法を使える者は国内でも少なく、とても重宝される」
あっちは回復できてこっちは回復できないなんて圧倒的に不利だろ。
「じゃあ、どうやって勝つんだ?」
「……回復魔法は膨大な魔力を使う、おそらくあの調子だと二、三回が限度ってところだろう」
斧の男に傷をつけられたのもシレリアの奇襲があってのことだったのだ。二、三度の回復でも長期戦になると勝てない。どうすればいいんだ。
「――作戦会議は終わったか?」
巨大な斧が再び振り下ろされる。俺とシレリアはお互い別方向に避ける。魔法で後ろの奴を吹き飛ばすか。
「ゲイルラン――」
言い終える内にシレリアに口を押さえられる。手を引き剥がして理由を問う。
「シレリア、いきなり何するんだよ!」
「それはこっちの台詞だ! 城内には沢山の人がいるんだぞ、城が壊れたら何人の死者が出ると思ってるんだ!」
今まで第二魔法程度しか使わなかったのはそのためだったのか。そうわかったのはいいが……。
「俺、そんな低威力の魔法なんて使えないんだけど……」
「……は?」
俺の言葉にシレリアは絶句する。
「いや、だって第五魔法を使える奴が第二魔法を使えないわけがないはずだろう……」
「そう言われても……」
第五魔法や第六魔法は自然と頭に思い浮かんでくるのに第一魔法や第二魔法の低威力の魔法は全く思い浮かんでこない。シレリアはあり得ないというような顔でため息をつく。
「……そういうことなら城内での魔法は使うな、わかったか?」
「ああ……」
「よし、私は奥の騎士を倒す。レイトは目の前の騎士を殺れ」
俺が返事する前にシレリアは突進していく。そんな状況を見逃すほど騎士たちは甘くなく、
「わざわざ通すわけがないだろう!」
巨大な斧がシレリアに振り下ろされるが、
「遅い!」
鎧を着ているにも関わらず、身軽に躱して全力の踏み込みで奥の騎士との距離を一気に詰めた。シレリアの方は大丈夫そうだな。俺は俺にできることをしよう。
「よそ見すんなよ、おっさん!」
後ろを向いている騎士に上段斬りを放つ。しかし、戦いに慣れているというだけはあり、斧の柄で防がれた。
「甘いな、小僧!」
単発の攻撃では防がれてしまうか。それなら……。
「くっ、追いつかぬ!」
怒涛の連続攻撃で騎士を追い詰める。動きの速い剣と動きの遅い斧ならこちらの方が連続攻撃で押し切れる。そう思っていたのだが。
「だから甘いと言ったのだ、小さき戦士よ! 武技、『カラデウス・ブレイカー』!」
俺の連続攻撃を弾き、上段の大振りが繰り出される。武技という聞き慣れない言葉に反応できたおかげか、かろうじて回避する。騎士は満足気な顔をしている。
「どうした、武技を見るのは初めてか? まあ、それもそうだよな。小僧の年じゃあ国宝武器を見たことすらないからな」
国宝武器、あれが……? 鋼の斧でなんの装飾もされていない素朴な斧だ。
「おっさん、武技ってなんだ?」
敵なのに教えてくれるはずがないとダメ元で聞いてみたが、
「まあ、どうせお前はここで死ぬんだからな聞いても特に支障はないか。武技ってのは国宝武器の能力で自身の身体能力を大幅に上昇させ、技を放つんだ」
敵であるにも関わらず親切に教えてくれた。なるほど、国宝武器の力で技を使うのか……。国宝武器があるのとないのでは戦力差がありすぎるな。
「どうした小僧、逃げるか?」
騎士は豪快な笑いとともに冗談を言う。
「愚問だな。ここで逃げるわけには行かねえんだよ!」
残る選択肢は一つ。体のギアを上げる!
「寿命なんていくらでもくれてやる。だから、俺に……この国のみんなを守る力を!」
『寿命二年消費――ステータスを更新しました』
頭の中で機械音声が響く。その後、急に左目がドクンドクンと心臓のように脈打つ。左手で目を抑えるがしばらくすると謎の音は止む。なんだったんだ……?
「よそ見が多いぞ、小僧!」
「くっ、相変わらずウザい国宝武器だな!」
「ふっ、まだまだこれからだ!」
騎士の斧が崩れた床の破片に触れると破片が宙に浮く。俺は謎の攻撃に身構える。
「これは避けられるか、小僧!」
騎士が叫ぶと宙に浮いた破片は高速でこちらに放たれる。能力で強化したおかげか容易く回避する。先ほどのぎこちない回避を見ていた騎士は口を開けて固まっている。
「小僧、お前さっきとは別人のような動きだったが何をした……?」
騎士の目の前まで一気に距離を詰める。どうやら騎士は俺の動きにもう反応できないようだ。その証拠に俺が懐に入ったことに気づくのに三秒の時間を有した。
「残念だが教えられないな、おっさん」
俺は鎧を着こんだ騎士の体を横に斬り払って真っ二つにした。剣を振って返り血を床に落とす。人を殺すのは初めてのことだったのに恐怖すら感じない。俺は能力で殺しにまで慣れてしまったのか……。絶大な力を持つ自分自身が怖く感じた。