82*一緒に行こう
冒険者ギルドには8時40分に着いた。
ちょっと早く着き過ぎたけど、遅れなくて良かった。体力は回復しているが、仮眠するのもいいだろう。
冒険者でごった返すロビーを抜けて女子更衣室に向かうと、既にジェマがいた。
「おはよう。ジェマも早いね」
声を掛けると、振り返ったジェマの眼は真っ赤だった。
どうしたの? と聞こうと思った瞬間、ジェマが急に謝り出した。
「ごめんなさい、先週のことは忘れて下さい!」
「先週のこと?」
「エンジーナに連れていって欲しいなんて、私の我儘を押し付けてしまってごめんなさい。もう大丈夫なので忘れてください!」
早口でジェマが何度も頭を下げる。
「え? 行かなくて良くなったの?」
エンジーナに行く必要がなくなった?
別に連れて行く人が見付かった?
「大丈夫です。カノンさんに迷惑を掛けることを言ってしまいました。お金を貯めて自分で行きますから、忘れて下さい。気にしないで下さい!」
ああ、またこの子は勝手に一人で解釈して一人で解決しようとして。
昨日休みだったから、余計なことを言ってしまって私に迷惑を掛けたと、一人でずっと思い悩んでいたのだろう。
「ジェマ!」
謝り続けるジェマの顔を掴んでこっちを向かせる。
「一緒に行こう! エンジーナに一緒に行こう!」
しっかり目を凝視めて、そう言った。
曖昧な言葉を使うと、この子がまた勝手は解釈して自分を蔑む。
「え、でも……」
「でも、じゃない。私と一緒に行かない?」
「……本当にいいんですか?」
「一緒に行こうね」
ティッシュを出して、ジェマの涙を拭く。ジェマも自らティッシュを取って鼻をかみ出した。
あ、まずい、泣くの収まるどころか、号泣コースかも。
「でも一つ条件があるんだ。守ってくれる?」
号泣コースになるのを止めるために、真剣な顔をしてジェマを見る。
「何ですか?」
「私には秘密がある。それを誰にも言わないこと」
「絶対に言いません!」
力強くジェマが答える。
「そんなに簡単に約束しちゃっていいの? 良くない秘密かもしれないよ」
「カノンさんは悪いことはしません!」
「いやいや、そんなこと無いよ。私だってやるときはやるよ。心の中真っ黒だよ」
「それでもいいです!」
何だ、そのカノン教は。そんなに言われるほどこの一ヶ月の餌付けが成功してしまったのか。
嬉しいけど、人を信用しすぎで心配になるよ、お姉さんは。
「そんな簡単に人を信用しちゃダメだよ」
「誰でも信用する訳じゃないです。カノンさんだからです!」
ああ、餌付けが成功してしまっている。
今ならジェマを使い魔にすることも可能かも。
やらないけど。
やり方知らないし。
とりあえずジェマの涙が引いたようで良かった。目は真っ赤っ赤のままだけど。
「じゃあ、約束守ってくれる?」
「守ります! 絶対に言いません! 拷問されたって言いません」
「いや、拷問されたら言ってよ。私の秘密より、ジェマの体の方が大事だよ」
「そういう悪い奴は、秘密を聞き出した後に殺すんです。言わなくても殺すんです。だから言ってはいけません!」
これが12歳の少女から当たり前の様に出てくる言葉かと思うと、この世界はシビアだな。
日本だと、犯罪ドラマ好きの子供でもないと、出て来ない言葉だろう。
「あー、うん、そうなんだ。そういうときは臨機応変で」
多分私の方がこういう第7の常識が無いので、言葉を濁しておく。ジェマ先生の教えを肝に銘じておこう。
「それで私の秘密を使えば、ジェマをエンジーナに2日で連れて行くことが出来る」
「ええ? 普通半月はかかるんですよ!」
「実はめちゃくちゃ早い船を持ってるんだ」
「えーーー、凄いです」
「でもさー、エンジーナにジェマを送ってから私だけ引き返してウベールに戻ればいいんだけどさ、寂しいじゃん。だからジェマ、一緒にウベールとか他の町とか寄って旅しながらゆっくり行かない?」
「はい!」
「2日で行けるのに、何ヶ月も掛けることになるけど、本当にいいの?」
「私もカノンさんと旅したいです! お金は後で必ず働いて返します!」
「お金はいいよ。今みたいにたまに屋台とか出して稼ぎながら行けばいいよ」
「売り子頑張ります!」
「うん、よろしくねー」
時計を見たら、もう9時半だった。ジェマの涙を拭いていたら時間が経っていた。
ジェマも大分明るさは持ち直したが、目は真っ赤だし、まだ鼻をグズグズさせている。
私も寝不足だし、今日は屋台さぼっちゃおうかな。そうだ、別に義務でも無いし、さぼっちゃおう!
「ジェマ、今日は屋台お休みにしよう。そして旅の計画を立てよう」
「え? お休みなんてそんな…ダメ…」
「いいじゃん一日くらい。私も今日ちょっと寝不足でさー、家でゆっくりしようよ。屋台は明日から頑張ろう! たまにはお休みも必要だよ」
「昨日も休みましたが」
「昨日はジェマも一人考えすぎて泣いてたんでしょう? だから今日はお休み!」
『ちょっとカノン』
いきなりイヤーカフからユイの声がした。ジェマに気付かれないように、返事はしない。
『家帰ってくるなら1時間待って。今、小屋の増築しているところだから、10時半まで待って』
声に出さずに頷いた。早速ジェマの部屋を作ってくれているらしい。早いなーユイ、グッジョブ。
「朝ごはん食べた? そんな状態なら大して食べてなかったんじゃない?」
「…はい…あんまりお腹空いてなくて」
消化にいいスープを出す。私も車運転しながらパン一個食べただけだったから、急にお腹が空いていた。
二人分の軽食を出して、食べ出した。
恐縮しながら少しずつ口に運ぶジェマだが、スープを飲んでいるうちに頬に赤みが差し、笑顔も戻って来た。やっぱり美味しい食事こそが正義だね。餌付け効果かな。
10時すぎにユイから『準備完了』の連絡があった。急いでくれたようだ。
よし、どうなったのか私も気になるので、早く小屋に帰ろう。
「北口の方だからちょっと歩くよ。大丈夫?」
「大丈夫です。歩くのは慣れてます」
「ジェマの家はどっちの方角なの?」
「えーと、南東の方です」
ああ、やっぱり低所得者層の家が固まっている辺りか。散歩しているときに近くまで行ったが、スラムほどでは無かったが、人々の服装も随分廃れていた。じっとこっちを睨んでいる人が多かったので、奥の方まで行かなかったが、奥はもっと荒れている気がする。
そんなところにジェマを一人で住まわせておくのは不安だ。一日でも早く旅立った方がいいかもしれない。
「家に来たらびっくりするよ」
「大きなお屋敷なんですか?」
「いやーボロボロの倉庫でびっくりすると思う」
首を傾げるジェマだが、近くまで来てもっと驚愕していた。
屋根にも壁にも大穴が開いてヒビだらけで、扉が既に失われている廃倉庫、その中にポツンと建っている小さなテント。
「ええ? カノンさん、こんなところに住んでるんですか? もしかしたら家より……」
「大丈夫、安心して。魔法で誤魔化してるだけだから」
小屋の保護膜を解こうとしたが、既にジェマは通り抜けられる設定に変更してくれているようだ。さすがユイだね。
「じゃあ行くよ、いきなり景色変わるからびっくりして叫ばないでね」
見えない膜を通ると、いつもよりちょっと大きくなった小屋が見えた。
「おおーっ!」
ジェマは言いつけを守って口を押えて叫ばないようにしてくれていたのに、私の方が大声を出してしまった。すまない。
一階建てが二階建てになっていた。横幅は前より狭くなって、狭い土地にも建てられるようになっている。
この廃倉庫は天井が高いので、二階建てでもまだ高さに余裕があった。
「ごめんごめん。小屋の外観が変わったの見るの私も初めてだから、ジェマより驚いちゃった。さ、中に入ろう。あ、ここで靴脱いでくれる?」
日本人なので、土足厳禁だ。部屋の中で靴を履いたままなんて考えられない。
入って右手はそのままだが、左手のリビングの隣にあったベッドスペースが無い。この部分が無くなって横幅が狭くなったようだ。その代わりに階段があった。
「うわーすごいです、何ですかこれ。いきなり家が出てきたのもびっくりで、中に入ってもびっくりで、知らない物が沢山ある。すっごいです! これがカノンさんの秘密なんですね。誰にも言いません!」
「うん、秘密の一つ。一緒に旅するとジェマもここに泊まることになるからね」
「私もここに?」
「そうだよ。使い方はその都度覚えていけばいいけど、まず探検しようか。私もまだ二階は見てないから見に行きたい。トイレ大丈夫? トイレの使い方を教えないと」
アリッチェのトイレは和式ボットン(スライム付き)なので、洋式水洗には馴染が無いだろう。
懇切丁寧に説明したが、屋台の仕事の説明より難しかったようである。仕事はあっという間に覚えたのに、トイレは何度も質問された。
「使っている内に覚えるから。解らなくなったら何度も聞いて。今はトイレ大丈夫?」
「まだ大丈夫です」
風呂やキッチン、電化製品などは今すぐ使わないので軽く流す。しかし軽くのつもりでも、全く存在を知らない不思議な物ばかりなので、質問されて時間がかかる。
外の貯水槽なんかまでは説明要らないだろう。
リビングのソファなどは一目瞭然なので、省いた。
さてお楽しみの二階だ。




