81*人類は海には勝てない
市場も堪能したし、魔道具店はどこかなー。
2人に聞いたけど首を傾げられたので、魔法ギルドの場所を聞く。
魔法ギルドなら魔道具店の場所を知ってるだろう。魔法ギルドは近かったので行ってみた。
やっぱりアリッチェよりかなり大きな建物で、アリッチェのシンプルな感じと違ってゴテゴテしていた。
この中にも例の魔法陣部屋があるのだろうか。
中もフクロウが飛んでいても可笑しくない雰囲気だった。とんがり帽子や魔法の箒は無いのかな。
一歩入ってちょっと見渡していると、奥から「あーーーーっ!」と大きな声がした。
誰かを指差して大声を上げている男がいた。
「アリッチェにいたでしょ?」
周りを見るが、男の指さす方向に私以外いなかった。
「え? 私?」
男がうんうん頷く。
「アリッチェにいたでしょ?」
「あー、アリッチェから来ましたけど……」
「ほら、やっぱり! みんなこの子だよ! アリッチェの伝説の大木を倒した子!」
え?
ギルドにいた人たちが一斉にザワザワし始める。
何?
伝説の大木?
自分の顔からさーっと血の気が引くのを感じた。
咎められることは無かったのですっかり忘れていたが、登録に行ったときに倒してしまった大木のことを言っているのだろう。
あの日試験があったので、州内のギルドから魔法使いが沢山集まっていた。ウベールからも来ていた筈だ。見られてたか。
伝説の大木って何ですか? 伝説だったの、あれ? なんか逸話でもあったの?
踵を返して立ち去りたかったが、来月すぐにバレるだろう。
来月ウベールに来るのも止めるか。
まっすぐエンジーナに行くことにしよう。
「その後、範囲浄化魔法ぶちかまして、あのギルド長の髭をキラッキラにさせた子だよ! いやあ最高だった!」
男は如何にも楽し気に笑いながら、バンバンバンと自分の足を叩く。
その勢いで、一気に私との距離を詰めてきた。
逃げるのが一歩遅かった。
勝手に私の手を取って、上下にブルンブルン振り回す。
「上級魔法使いになったの? だよねー、あんな凄いの初めて見たもん。今日はどうしたの? ウベールに住むことにしたの? 歓迎するよ!」
何だこれ歓迎されてるの?
でもダメだ、逃げたい気持ちが勝っている。だけど手を離してくれない!
これ日本だったら問題行為ですからね。第7にはまだ通じないかー。
フレンドリーっぽいけど話の通じない人みたいだから、こっちも同じ戦法で行こう。
「魔道具屋さんの場所ってどこですか?」
「え? 魔道具屋さん? えーと、この前の通りの右側。緑の看板のところ見える?」
「見えます」
言いながら、掴まれたままの手をそっと引き抜く。
「そこの右の店が魔道具屋さん。でも今日日曜だからやってないかも」
「今日お休みだと思います、ギルド長」
後ろからスタッフの声がした。
ギルド長?
このチャラいのがギルド長?
25歳位にしか見えないよ。外見もいかにもチャラい。
顔は整っていて黙っていれば王子様っぽいんだけど、口を開いた瞬間に全て台無しだよ。
私の苦手なタイプであるのは間違いない。
やっぱりウベールは素通りすべきかも。
「一応見てきます。ありがとうございましたー」
また掴まれそうな手を振りほどいて、フルスロットルで魔法ギルドを飛びだした。
うわー、ヤバいのに見付かった。
試験のときに別な支部の魔法ギルド長もいたのかー。
店の前まで来たが、言われた通り、魔道具屋さん休みだった。
残念、日曜休みの店多いよね。
来月来れたらまた来たいけど、今のところウベールにもう来たくない気分になっているからなぁ。さっき市場で気分上がったと云うのに。
また魔法ギルドの前を通らないように、グルリと回った。
奥の宮殿が気になるけど、あれは一体何なんだろう。
人ごみの中でタブレットを触るのも危なっかしいので、ユイに聞くことにする。
「ユイー」
小声で話し掛ける。
「伝説の大木の件?」
「まあ、気になるっちゃ気になるけど別件。でかい宮殿は何なの?」
「あれは議事堂だね。一般人は入れないっぽい」
「やっぱそういうのか。ありがとう」
「伝説の大木は、昔昔あるところにおじいさんとおばあさんが」
「いいわ!」
「バイバーイ」
ご飯も食べたし、特に今見たいものは無いし、ブラブラ散歩してから帰ろう。
この街は高台にあるから、海が見える。街から海が見えるってやっぱりいいね。アリッチェはちょっと海から離れているので見えないんだよね。
定住するなら海の見えるカフェをしたいと思っているので、この街だったらどこがいいかなー。
色々妄想しながら、門まで帰って来た。
門の向こうがまだ騒がしいなー。
そういえば、乱闘してるとか冒険者ギルドの人たちが言ってたけど、まだやってるんだろうか。
商人出口の方は誰もいなかったので、すぐに出して貰えた。
乱闘は終わったらしいが、冒険者たちが集まって騒いでいた。
関わり合いにならないように、極力気配を消して脇を通り過ぎる。
と云っても魔法ではなく、自分で思い込んでいるだけだ。
気配遮断や透明化みたいな魔法は異世界モノでは定番なのに、まだ見付かっていない。犯罪に利用される可能性が高いので、公にされていないのかもしれないが。
まあ、それを言ってしまうと、攻撃魔法は何なんだって話になるので、本当に無いのかも。
透視の魔法はあるって聞いたけど、建物や木の向こうが見えるだけで、本人が透明になる訳では無い。
銭湯は覗けないらしいよ。覗く気は無いが。
周囲に人がいなくなったところで車を出して朝の海岸へ走る。
夜の訓練まで、しばらく小屋でお昼寝としよう。
要約しますと、夜のボート訓練は最悪でした。
ただでさえ周囲に明かりも無く何も見えないと云うのに、急に大雨が降りだして遠くで雷の音までした。
海も荒れ、立っているだけでやっとで、「もう止めましょう」と何度叫んだことか。
それでもこういうときにどう対処するかを学ぶ必要があると、梶山船長はなかなか訓練を取り止めてくれず、半ベソ状態のままボートにしがみついていた。
本来朝方まで続ける気でいたようだが、3時間泣き続けていた結果ようやく解放してくれた。
初日の練習以来の疲労困憊で、這うように小屋に戻った。
アリッチェの傍まで戻って小屋を設置して寝る予定だったが、今の状態で車を運転する体力は無い。
アリッチェまで1時間ちょっとなので、早起きして朝帰ろうとこのまま小屋で一泊することにした。
実のところ体力は治癒魔法や魔力マッサージですぐに全回復出来る筈なのだが、精神疲労は取れない。
「無理無理絶対無理」
うわ言を繰り返しながら、いつの間にか寝ていた。
目覚ましに起こされ、欠伸をしながら身支度を整え軽く朝食を摂る。
シャワーも浴びてないが、今日は浄化魔法でいいや。
最近はシャワーの後にも浄化をかけてしまうので、何のためのシャワーだったのかと首を捻っている。髪を乾かす手間が無いから、浄化でもういいんじゃん?
お風呂は湯舟に浸かっているときの多幸感があるので、たまに入りたくなるけど。
小屋を片付けて、道に出てから車を出して、アリッチェの傍まで帰る。
昨日と違って穏やかな海面を見て、昨夜死にそうになったことを多々思い出して、人類は海には勝てないなと思い知らされる。
産業革命が始まっても21世紀になっても、ことごとく海に負け続けている。海を制する時代は来ないだろう。
梶山船長に蹴っ飛ばされて沖のど真ん中に落ちて、『海岸まで頑張って辿り着け』なんて言われる授業がなくて良かった。いくら水泳部だったと言われても遠泳は専門外だ。浅い海でも溺れる自信がある。
でもボートが転覆したもしものことを考えると、手漕ぎボートの練習をしておいた方がいいか。
海のど真ん中で桟橋を作ろうと思っても、そんな深い場所で土魔法は無理だろう。
そうなると飛行魔法? 存在しないっぽいけど。
ボートが大破したとしても、もしものための控えがBOXに入っているので、新しいボートを近くに出して乗り移れば良いのでは?
一番の危険は、私がパニックになっていて、新しいボートを出すと云う思考が出来ないことだろうな。水面に投げ飛ばされ、あっぷあっぷしているときに、冷静に対処出来ないだろう。
そういう意味では鍛えるべきはやはり精神。うーん、山にでも籠るか?
山ってエルゼダンテの森か? やっぱり無かったことで。
気付いたらアリッチェの傍にいた。索敵で人間が結構引っかかる。
まずい、見付かるところだった。
慌てて降りて車を仕舞って、徒歩に切り替えてアリッチェの門を目指す。




