57*またしても古傷を消してしまう
「それじゃ、着替えようか。下着も破れているみたいだから、新しいのに着替えてね」
「こんな良い生地、私には勿体ないです」
「いや、めちゃくちゃ安い服だよ、これ。だから気にしないで。後ろ向いてるから着替えてね」
女同士で子供とは云え、初めて逢った人の前で裸になるのは嫌だろう。
「……あのー……」
背を向けてしばらく待っていたら、遠慮しがちなジェマの声がした。
「ん? どうしたの?」
「すみません。着方が解らなくて」
「ああっ、そうだよね! 申し訳ない。振り返ってもいい?」
「はい、大丈夫です」
振り返ると上半身裸でショーツだけ履いたジェマがいた。本人は、あまり気にしていないらしかった。
やっぱり栄養失調なのかガリッガリだなぁ。子供にこれは無いよね。いっぱい食べて貰わないと。
小柄でまだ胸は未発達のため、胸のところが二重になっているタンクトップを渡したのだが、二重のおかげで前と後ろが解らなくなっていたらしい。
教えながら着せてあげる。
靴下も履かせて、仕事着のワンピースの着方を教えていたとき、ジェマの背中が目に入った。
首の後ろにいくつもの赤い線状の痣があった。
「え、ジェマ。これどうしたの?」
タンクトップを捲ると、背中じゅうにその痣が広がっていた。
ジェマは黙って俯いて、そのまま動かなくなった。
「昔の怪我? まさかと思うけど、叩かれた痕とかじゃないよね?」
「……前に行ってた商店で、私がミスするとおかみさんが……」
「なんてことするの! こんなに痕が残るまで叩くなんて」
鞭打ちって奴だろう。私は物語の中でしかそれを知らない。
「私がミスしたから悪いんです。お釣りを間違えて渡しちゃったこともあって……」
思い出したのか、唇をギュッと噛んで涙声になっている。
「子供にこんなことするなんて許せない! 今お姉さんが治してあげるからね。治癒!」
背中を向かせて傷痕がなくなっているかを確認する。合わせ鏡をして、ジェマにも傷痕が無くなっているのを見て貰った。
「ジェマが悪いんじゃないからね。仕事でミスなんて誰でもあることだよ。ミスしたら次は気を付けようって思うでしょう。だから私は叩いたりしないから、何かあったらきちんと言ってね。と云うか私の方がミスばかりすると思うので、そのときは叩かないで教えてね」
こっちに来てから色々やらかしてばかりだし。
「ああ、下着姿でいると風邪ひいちゃうね。早く服着よう」
説明しながら服を着せる。泣きそうになっていたジェマだったが、少し血色を取り戻してきた。
「さて髪だね。そのままでいると、男の子だと思っていたジェマが女の子だったってことバレちゃうでしょう。そうすると町を歩きずらくなる」
「それは困ります!」
また泣きそうな顔になるジェマ。大丈夫だから大丈夫だから。
「だから逆に、市場のときだけ女の子に変装しよう」
「え?」
浄化でキレイになったジェマの髪を丁寧に梳かし、ヘアゴムで一つに後ろでまとめる。ギリギリ結べる長さがあって良かった。落ちて来ないようにヘアピンで固定する。そこにポニーテールの付け毛を留めてリボンで結んだ。
前髪に可愛いクリップを付けて、前から見ても後ろから見ても可愛い女の子に変身させた。
「え? 私?」
鏡を見たジェマが、自分を見てびっくりしている。
「これで女の子に変装できたでしょう? こんな可愛い女の子がジェマだなんて誰も気付かないよ。付け毛を取ったらまた男の子に戻れるから安心でしょう」
本当は女の子が男の子に変身しているんだが、面倒くさいな。
女の子の一人暮らしなんてかなりマズいから、ジェマが女の子だと知られる訳にはいかない。
売り子が男の子でも良かったけど、仕事のときは少し良い服を着せる必要があるから、それを悪い奴らに目を付けられると困る。
こっちも売り子が女の方がモデルに出来るから良かったしね。こんな可愛い子だと、キッズ向けのアクセのモデルにもなりそうだ。
どんなところに住んでいるか解らないけど、一人暮らしさせるのは本当に不安。
出来ればうちの倉庫に連れて来てあげたいけど、私がいなくなった後に元の生活に戻すのは忍びないし、色々私の秘密がバレるのも困る。
立ち入り出来るのはここまでかな。
せめてここにいる間だけでもご飯を沢山食べさせてあげよう。
仕事する前に既に情が移っちゃってるよ、全くもう。
支度が済んだので、今日の販売する商品の説明をする。市場に着いたら待ったなしでお客が襲ってくるので、先に説明をしておかなきゃ。
最初はOJTで後ろで見ていて貰って、出来そうだったら少しずつ会計をお願いする予定だ。
チラシを見せたら、文字もきちんと読めたので安心だ。書く方はまだまだらしいけど、それは特に問題ない。
コンコンとノックがして、顔を上げるとイレーネさんが入って来た。
「どう? 可愛いでしょう!」
着飾ったジェマをイレーネさんに見せる。着飾ったと云うほどオシャレではないが。
「え、嘘っ、めっちゃ女の子じゃない。ジェマすっごく可愛かったんだね」
「変じゃない?」
「変じゃないよ。すっごく可愛いよ!」
「良かった……」
可愛いと言われてジェマも照れているようだ。モジモジしている。
「わーすごくびっくりした。……で、カノンあんた何かしなかった?」
「ん? 私も可愛くなった?」
「いや、元々すごく可愛いわ! じゃなくて、さっき何かしなかった? 魔法とか」
ローマ帝国基準で自分はあまり可愛くないのではないだろうか、と思った矢先だったので、少し安心した。
やっぱねーこの国の人が見ても超絶美少女だよねーふふふん。
「魔法?」
最後の言葉に引っかかって、繰り返す。魔法なんて使っていないけど。
あー浄化使ったな。ジェマの汚れ落とすために。
「さっき急に怠さが抜けて元気になったんだけど、その後ハンターたちが騒ぎ出して。顔に大きな傷痕のあったボスコって云う男の傷痕が無くなってたのよ。他の人たちも傷が無いとか、体調が良くなったとか言い出して」
何かこの展開ものすごく記憶にある。
「で、先週、マリアばあちゃんの腰が治っているの思い出したの。魔法ギルド行った後に、急に良くなったって言ってたのよ。直角に曲がってた腰がよ、真っ直ぐになってたのよ。治癒士でも治せなくて毎週治療に通ってたのに、もう行かなくても良くなったって喜んでたの。こんなことが出来るのって、上級魔法使いしかいないんじゃないの?! カノン、心当たりはない?」
あ、あー、そういえばさっきジェマの傷を治したっけ。ちょっと話を聞いて激高してたから、魔力込めすぎたかもしれない。
えーと、多分またやらかした?
「えーと?」
「ロビーが物凄い騒ぎなんだけど?」
「すみません、イレーネさん、黙っていてください!」
「やっぱりあんたか! 黙ってたってすぐにバレるから。ずっと足引きずってた奴もスキップしてたよ」
「いやー本当に許してー」
「誰もカノンを責めないって。みんな喜んでるんだから。まーボスコは顔の傷を箔が付いたと思ってるっぽいから文句言うかもしれないけど、その時は私が元通りにしておくから」
どうやって元通りにする気ですか、イレーネさん、怖いんですけど。
「お願いー私がしたことは内緒にしてー。理由の解らない超常現象だとか、ローマの特級魔法使いが町に来てたとかにしてー」
「特級魔法使いは今いなかった筈だけど。確か一昨年死んだ筈」
「うそーいないんだ。じゃあ、外国から来た魔法使いでも」
「カノンのことじゃん」
「お願いー内緒にしてー助けてー魔法ギルドで神扱いされたんだよー」
「ああ、確かにそれはキツイ」
「でしょう。イレーネさんは解らないって黙ってるだけでいいから。お願いお願い」
「すぐバレると思うけどなー」
「ちょっとあっちから出ていくね。今日の営業終わったら、帰りにまた寄るね。ジェマ行こう」
仁王立ちのイレーネさんと、縋り付いて懇願する私の図に、ジェマは困惑しながら黙って見ているだけだったが、呼ばれて黙ってついて来る。
更衣室の廊下に出ただけで、ロビーのざわめきが聞こえてきた。
今あそこを通ると気付かれかねないので、そーっと職員用の入口にまわる。
今日、買取の日だったが、明日にしよう。
ギルドを出ようとしたら、背後からのんびりした声がした。
「昔魔熊に食い殺されそうになったときの傷痕がすっかりキレイになってるんだけど、何か知らないかい?」
このギルドで魔熊の話をするのは一人しかいない。
食い殺されそうになってたのかい。そんな過去があっての、魔熊への想いですか。傷痕が勲章になっていなければいいけど。
そのまま振り返らずに走り去る。
「ジェマ逃げるよーーー!」




