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抱き心地1000%の俺、なぜか女の子に「一緒に寝よ」と誘われる  作者: ピースピース


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7/11

第7話 お嬢様が行きたい場所

 氷室の提案で互いに行きたい場所を連れていくことになった。


「まずは、私の行きたい場所から案内するわ。ついて来なさい」


 そう言って軽やかに歩き出した氷室を見て、俺は一歩遅れてその後を追う。

 ……氷室が行きたい場所。一体どこに行くんだ?

 まったく予想がつかない。

 ハイブランドの店とか、百年続く紅茶の名店とか、いかにもお嬢様が行きそうな場所を想像していた俺だったが。


「ここよ。『もんじゃ焼き ひので』。私がよく行くお店」


 と、氷室が指さしたのは、下町の商店街にぽつんと構える、年季の入ったもんじゃ焼き屋だった。

 店の前には『おすすめ!明太もちチーズ』と文字が書かれたのぼり旗。ちょっと油で黒ずんだ暖簾(のれん)が風に揺れている。


「もんじゃ焼き!?」


 あまりに予想外すぎる店に、つい声を上げる。


「どうしたの?いきなり大きな声出して」


 そんな俺に向かって、氷室は首を傾げ、不思議そうにこちらを見つめてくる。


「いや、てっきりさ、もっと高そうな店に行くのかなと思ってたんだけど……」

「浅はかですね、朝倉陽。お嬢様は高級店にしか行かない……そう決めつけるのは凡人の発想ですよ」


 氷室の隣に控えていた鈴木が、ふうっと憐れむようなため息を漏らした。


「お嬢様の抱き枕になるのであれば、これだけは肝に銘じておいてください。お嬢様は節約を愛し、浪費を心底嫌う、徹底した倹約家であらせられます。日用品の大半は百円ショップで調達し、口に入れるものはすべて、低価格でありながら美味なるB級グルメのみ。コスパを極限まで抑えつつ人生を謳歌する。それこそが、お嬢様の流儀です」

「……なんかそれ、私がすごくけち臭い人みたいに聞こえるんだけど」

「失礼しましたお嬢様……朝倉陽が無礼を働きましたこと、深くお詫びいたします」

「いや、俺!? お前が言ったんだろ?」


 それにしても、氷室が節約家って……マジかよ。

 氷室の家は、誰もが知っている大手企業グループ。

 間違いなく金持ちのはずだ。

 百円ショップやもんじゃ焼きなんて、もっとも縁遠い存在かと思ってたのに。


 そんな俺の戸惑いをよそに、氷室は戸を開けて入店する。後に鈴木、俺も店に入る。

 一歩足を踏み入れた店内は、鉄板テーブルが並んだ、昭和レトロな空間だった。

 壁に貼られたメニューはどれも手書きで、少し色あせているのが逆に味を出している。


「いらっしゃい。璃月ちゃん、まゆちゃん」


 店の奥から、エプロンをつけた優しそうなおばちゃんが顔を出した。

 どうやら、この店の店主のようだ。

 氷室と鈴木の姿を見るなり、親しげに声をかけてくる。どうやら、ほんとに常連のようだ。


「今日はお友達も連れて来たとね?」

「抱き枕よ」

「抱き枕です」


 息ぴったりに、意味不明な返答をする二人。

 しかしもんじゃのおばちゃんは微笑んだまま、「そっかそっか。若いね~」と頷いていた。

 話が嚙み合っていない気がするが、そこはツッコまずに「朝倉陽って言います」と軽く会釈をした。


「おばちゃん。いつものやつお願いね」

「はいよー」


 注文を終えると、おばちゃんは厨房へと戻っていった。


 ○○○


 氷室が注文したもんじゃが鉄板に届くまでの、ちょっとした待ち時間。

 店内はジュウジュウと焼ける音と、他のお客さんの笑いが聞こえた。

 

 その中で、目の前に座る氷室は、背筋を伸ばしたまま静かに水を飲んでいる。

 どこかの高級ホテルのラウンジかと思うくらい優雅だ。


「なあ、氷室」

「ん?」

「本当に俺と一緒に寝るつもりなのか?」

「ええ、もちろん」


 迷いのない、即答だった。


「……いや、絶対にやめといた方がいいって。いろいろヤバいだろ、普通に考えて」


 俺が助言すると、氷室の隣で水を飲んでいた鈴木が無表情のまま口を開いた。


「抱き枕のくせにお嬢様に口出しをするのですか?随分偉くなりましたね」

「そりゃそうだろ?だって男と一緒に寝るんだぞ。しかも今日会ったやつと」

「なるほど。つまり朝倉陽、あなたがお嬢様の美貌に欲情して、寝込みを襲うかもしれないと」

「確かに。私があまりに美しすぎて、つい理性が負けて手を出してしまう可能性は否定できないわね」

「出さねぇよ!」


 俺は思わずテーブルの鉄板を叩きそうになって、慌てて手を引っ込めた。

 危ねぇ、火傷するところだった。


「私の推測ですが、98パーセントの確率で襲うかと」

「ほぼ確定じゃねぇか!」


 俺の抗議をよそに、氷室はふっと笑い、隣の鈴木の肩に手を置いた。


「でも、大丈夫よ。陽と寝るときは、まゆも一緒に寝るから」

「は?」

「はい。私は璃月お嬢様のメイド兼ボディーガードでもありますから、就寝の際はご一緒させていただきます」

「陽を真ん中にして、私たちが両側から挟む感じに寝るの」

「そのほうが安全です」

「え?……3人で寝るの」

「そうだよね、陽は私と二人きりで寝たかったのよね?でも、ごめんなさい。いきなりはちょっと……」

「言っときますが、お嬢様にいやらしいことをした場合、即、首絞めですからね」

「いやいやいや! 3人ならオッケーみたいな空気になってるけど、3人でもアウトだろ!?」


 俺がツッコむと、鈴木がじっと睨んできた。


「……私では、あなたからお嬢様を守れないとおっしゃるんですか?抱き枕の分際で、ずいぶんと大口を叩きますね。いいでしょう、それでは試してみますか。あなたを抱き枕からサンドバッグにして差し上げます」

「いや、そういう意味じゃなくて! わざわざ俺と一緒に寝る必要はないだろ?」


 俺のセリフに氷室は目を丸くさせる。


「…………驚いたわ。まさか私と一緒に寝れるチャンスを逃そうとするとはね」

「同じく理解不能です。朝倉陽、あなた……そっち系ですか?」

「ちげぇよ!トラブルを避けるためだ!絶対ないと思うが……万が一のことがあったら氷室を悲しませてしまうだろ?だから抱き枕の話はなしということでいいよな?」

「却下よ」

「なんでだよ!?どうして俺をそんなに抱き枕にしたいんだよ?」

「陽とぶつかったときに直感したの。陽ならきっと、あのイルカの代わりになるって」

「い、いるか?」

「ええ。幼稚園の時に買ってもらったイルカのぬいぐるみ。私、そのぬいぐるみを今までずっと抱いて寝ていたの。けれど、とうとうボロボロになって……。仕方なくお別れしたのだけど、そのせいで酷い不眠症になって」


 氷室は少しだけ寂しそうに目を伏せた。


「だから嫌々、お金を出して、いくつもの寝具メーカーに特注の抱き枕を頼んだけど、それでも全然眠れなかったの」


「でも!」と氷室はそう言いながらテーブルから身を乗り出し、ぐっと俺の方へ顔を近づけてくる。


「陽とぶつかった瞬間、抱き心地と何とも言えない安心感は、あのイルカと完璧に一致したの。それで思ったの、陽と一緒に寝たら私の不眠症は治るって」


 抱き心地がいい。よく眠れそう。

 それ、夢乃も同じようなことを言っていたな。

 俺ってそんなに柔らかいのか? 決して太っているわけではないはずなんだが。


「だから、私はどうしても陽が欲しいの! そのためだったら、何でもする覚悟だわ!」

「…………」


 距離が、とてつもなく近い。

 見つめてくる視線も、あまりにも真っ直ぐすぎる。

 氷室の突然の熱弁と美貌に、俺は思わず言葉を失ってしまう。


「抱き枕を断ったら、私はずっと眠れないまま。それを知ったうえで断るほど、陽はいじわるじゃないよね?」

「それに、あなたはお嬢様にすでに「抱き枕になる」と言ったはずです。いまさら撤回は認めませんよ」

「……わかったよ。男に二言はない」


 逃げ道を完全に塞がれ、俺が頷いた。まさにその時だった。


「お待たせ〜! 明太もちチーズと海鮮、それから豚キムチね〜!」


 もんじゃのおばちゃんが元気な声を出しながら、もんじゃの素材を持ってくる。


「さて! 陽が抱き枕を引き受けてくれたところで、早く食べましょ!」

「お嬢様、火傷には十分お気をつけください。……あと、追加で辛子明太子のもんじゃも頼んでよろしいですか?」

「いいわよ。あ、ついでにウーロン茶もお願い」

「かしこまりました」


 真面目の話(?)を終えて、焼き始めたもんじゃは、正直、どの味も想像以上にうまかった。

 今まで食べたもんじゃの中で、たぶん一番。

 値段はもんじゃを腹いっぱい食べて830円。かなりお買い得だ。

 ……今度の休みに、一人でこっそり来ようと思う。

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