13:その後の不良司祭(と聖女)
「ねえ司祭様……あの話って、本当なの?」
食料品店での買い物を終えたキーツに、女性店主がお釣りを渡しながら尋ねて来る。ほんの少し怯えた様子と「あの話」という言葉にピンときたキーツは、先手必勝とばかりに食い付いて頷く。
「修道院の悪魔の話だろ? いやー、実は俺も初耳でさぁ! 教会のお偉いさん、下っ端には何も教えてくれねーんだよなぁ……」
キーツはカウンターに肘をついて身も乗り出し、無精ひげを撫でつつ大袈裟に嘆いた。
中央から田舎への情報伝達は、どうしても遅れる。
ベアトリスが去って一ヶ月以上経った最近になってようやく、村民から悪魔のことを訊かれるようになっていた。その度に彼は被害者面を浮かべ、いけしゃあしゃあと彼らの同情を集めているのだ。
その効果は抜群で、現に女性店主も福福しい顔をしかめて彼に同情した。
「ええっ、そうなの? いやらしいわねぇ、保身に回っちゃって! やっぱりお貴族様出身が多いから、あたしらなんてどうでもいいのかもねぇ……」
「そうかもなー……まあ、国にも謝罪してるみたいだし。これで、いい方向に変わるといいんだけどな」
名ばかりとはいえ管理職だったキーツは、悪魔が封印されていたことも当然知っているのだが。ここは「ぼくちゃんも被害者なんですぅ!」ムーヴをかまし、村民からの親近感を得るに限る。
彼は村の新参者な上、これから廃院間近の修道院を立て直さなくてはいけないのだ。
今日は女性店主と共に、教会の横暴ぶりに愚痴をこぼし合ってから修道院に戻った。
キーツはベアトリスを見送ってから今まで、敷地内の清掃や修繕、修道女の受け入れ準備を進めていた。
おかげでどう見ても廃墟だった修道院も、ボロ家程度の荒れっぷりぐらいには回復している。
相変わらず、修道院の中は無人だが。
悪魔が去った途端、「修道女の募集をかけていいよ。というか、かけろ。目指せ黒字運営」と発破をかけて来た上層部の通達を思い出して、キーツのアンニュイ顔が険しくなった。しかめっ面で食料品の入った紙袋を抱え直し、ボロ家をにらむ。
(いやいやいや、悪魔がいなくなったからって、急に入ってくれるワケねぇだろ。逆に悪名轟いちまってるだろ。あいつら世間知らずかよ……いや、世間知らずだったな。俺もたいがいだけど)
ベアトリスにお人好し過ぎると笑われたことを思い出し、しかめっ面がつい解けた。同時に彼女と共有した、短いが妙に濃口だった時間を思い返す。
――改めて振り返ると、ベアトリスはずいぶんと変わり者の令嬢だった。
(俺が平民だって分かった後も、律儀に『様』付けで呼びやがって。どっちがお人好しなんだよ)
血の気の多さに最初は困惑したものの、思考は柔軟で笑うと案外可愛らしかった。総合すると――おそらくいい子の部類に入るだろう。たぶん。
(あの子の社交界での悪評も、なくなってるといいんだけどなぁ……こっちじゃ僻地過ぎて、全然状況が分からん。今度王都から来たヤツに、話聞いてみるか)
修道院の修繕に加え、修道女の募集や村民との交流も急務の課題だ。自身で王都に赴けるのが、果たして何年後になるのかも分からない。
せめて同僚から、彼女の元気な様子を聞けると嬉しいのだけれど。
キーツが物思いにふけりながら修道院の前庭に立ち尽くしていると、遠くから馬車の車輪の音がした。それも何台も近付いてくるようだ。行商か何かだろうか、と何の気なしに振り返る。
しかし縦列で坂道を登って来るのは、まさかの絢爛豪華な馬車であった。行商の馬車には到底見えず、貴き身分の方が乗車しているようだ。ひょっとして、教会のお偉いさんが乗っているのだろうか。
(やべ、上の悪口言いまくってるのがバレたかな――ん?)
身構えるキーツだったが、馬車が近づくにつれて掲げられている紋章に気付いた。斧と剣を組み合わせた武骨なこの紋章は、ラバチェット公爵家のものだ。
独特過ぎて、政治に疎いキーツでも覚えていたのだ。
まさか、と先程とは違う意味で彼が身構えていると、馬車はやはり修道院の敷地へ入って来た。そして彼の前で、先頭の一台が停車する。後続車は、少し離れた場所に停車していた。
目の前にそびえる一台のドアが、元気いっぱいに開かれた。
「お久しぶりですわ、キーツ様!」
「うわ、出た」
やはりと言うべきか、馬車から飛び出して来たのはベアトリスだった。小さなトランクを片手に、相変わらずのド美人である。しかしドレスは前回よりも質素かつ、髪が不格好なおさげに結われている。
ベアトリスはそのガタガタな三つ編みを、得意げに指さした。
「こちらは、わたくしが編みましたの! いかがかしら?」
「あー……うん。まあ、いいんじゃね? でもまあ……もし出歩くつもりなら、後で結い直したげようか?」
「ええ! 是非お願いいたしますわ!」
不格好である自覚はあったらしい。威勢よく頭を下げられた。
キーツは苦笑いしながら、彼女が乗って来た馬車と、後ろに控えるその他の馬車群を見渡す。
「で、何しに来たんだ? なんか忘れ物か?」
「いいえ。この度聖女として、こちらに配属となりましたの」
「はぁっ!?」
えへんと胸を張る彼女に、キーツは目を剥いた。彼女が聖女の称号を授かることは想定内だが、こんな場末の修道院に送られるなんて。キーツの顔が青ざめた。
「あんた……何やらかしたの? 教皇猊下のハゲ頭でもぶっ叩いた? 的にして射った?」
「まさか、そのような畏れ多い……ただ、磨こうとはいたしましたが、丁重にお断りされましたわ……」
「ちゃんとやらかしてんじゃねぇか。なんで磨こうとしたわけ?」
「磨けば光るタイプでいらっしゃるな、と思いまして」
「それ、ハゲ頭に使う慣用句じゃねぇからな?」
残念そうな憂い顔に、キーツは頭痛を覚えた。
しかしタフネス過ぎるメンタルのベアトリスは、こめかみを押さえるキーツへにこりと微笑む。
「ちなみにアンテノーラ修道院への配属は、わたくし自身の希望ですので。どうぞお気遣いなく」
「いやいやいや、それこそなんで? あんたは悪魔を追い払った聖女だろ? 王都の大教会でふんぞり返ってられるはずじゃないの? おまけにあんた、公爵家のお嬢様じゃねぇか。未来なんて選び放題のはずだろ」
ラバチェット公爵が娘に甘いのは、教会内でも有名な話だ。こんな婚約破棄騒動の後なら、生涯未婚でいたって許してもらえるだろう。
ベアトリスは彼の言葉で、頬に手を添えて小さく息を吐いた。大きな目も伏せ、憂い顔になる。
「実は聖女の称号も賜ったことで、少しばかり問題がございまして……」
「問題って――なんか嫌がらせとかされた? ……大丈夫?」
だとしたら、誓約板を託したキーツにも責任がある。彼が声も顔も強張らせて尋ねると、ベアトリスはゆっくり首を振った。
「幸い、我が公爵家に喧嘩を吹っかけるおバカさんは、元王太子殿下ぐらいしかおりませんでしたので」
「それもそうか」
そういえば彼女の実家は、ゴリゴリの武闘派一族だったか。
「ただ、わたくしが容姿と身分に加えて、素敵な肩書きまで得てしまったため、第二王子殿下と婚約などという噂が持ち上がってしまいまして……」
王子と婚約なら、普通であれば大喜びの良縁だろうが。
「ええっと第二王子っていうと……あんたの元婚約者の、弟さん?」
「ええ。殿下には、仲睦まじい婚約者様がすでにいらっしゃいますのに」
「そりゃあ困るな。気まずい」
「でしょう? なので意気揚々と、こちらへ配属していただきましたの」
再び笑顔に戻ったベアトリスが、キーツの胸元をびしりと指さす。
「それに。あんな美味しいお肉の味を知った後では、王都でもう暮らしていけませんわ」
「結局肉目当てかよ。あんた、どうかしてるよ」
ただ、ちょっとだけそんな気はしていた。彼女の肉への執着心は半端なかったもの。
鷲鼻にしわを寄せて呆れるキーツに、ベアトリスは唇を尖らせる。
「あら。手柄をわたくしに丸投げなさって、片田舎での隠居生活を選ばれたあなたもどうかしているのではなくて?」
ベアトリスは目を細め、彼の胸元をちょんと突いた。
「教皇猊下が仰っておりましたわよ? 大司教の方々だって、悪魔を単独で拘束なさるのは難しいと」
どうやら教皇には、ベアトリス単独での功績でないことがバレバレだったらしい。そりゃそうか、とキーツも手を広げて観念する。
「まあほら……俺は平民出の、成り上がりだからさ。これでも色々経験してるもんでね」
「そうでしたわね。ですが公爵令嬢兼聖女のおわす修道院の長に、雑用なんてさせませんことよ?」
ベアトリスがふんす、と鼻を鳴らした。頬も高揚で色づき、金の瞳も輝いている。
「修道院を盛り立てるのに、人手もお金も必要でしょう? お父様にも手伝っていただいて、色々と準備してまいりましたの!」
次いで彼女がさっと右手を上げると、背後に控えていた馬車の扉が一斉に開いた。キーツがギョッとのけぞる中、屈強な職人たちが資材や工具を片手に、ドヤドヤと降りて来る。
キーツは圧が強すぎるその光景に、目を丸くしてしばし固まった。
「すげぇな……至れり尽くせりかよ……」
「一宿一飯と、名誉回復の御恩がございますもの。この程度はまだ、ほんの序の口でしてよ」
「序の口なの!?」
すかさず驚くキーツの反応に、ベアトリスは満足そうだ。にんまり、と吊り目を更に細めている。日向ぼっこをする猫のようだ。
ここまでしてもらって、追い返すわけにもいかないだろう。キーツも腹をくくり、ついでに肩の力を抜いた。
「ま、くれるって言うならありがたく貰うよ。正直、助かる」
「そうそう。素直が一番ですわ」
偉そうに言うベアトリスが面白く、キーツは小さく噴き出した。そして、修道院へあごをしゃくる。
「とりあえず、立ち話ってのもアレだし。中で話さねぇか?」
彼は言いながら、自分が抱えたままの紙袋を軽く掲げた。
「ちょうど紅茶、買って来たとこなんだよ。お茶でもどうだい、ベアトリス嬢?」
ベアトリスが目を見開き、両手を合わせてはしゃいだ。
「あら、素敵! 再びのお白湯も覚悟しておりましたので、楽しみですわ!」
「相変わらず一言多いなぁ、あんた」
すっかり慣れてしまった彼女の減らず口に、キーツは笑い返す。今までで一番清々しい、からりとした笑顔だった。
血の気の多さに難アリ令嬢と、苦労性司祭のお話はこちらで終了となります。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました!




