第九十七話 海を越える荷
江戸。
大倉屋による米の流れの遮断。
その影響は、日に日に大きくなっていた。
港へ向かう船。
街道を走る荷車。
そのどちらにも、大倉屋の影が入り込んでいる。
「江戸へ入る米が減っています。」
庄吉が報告する。
弥助は地図を見る。
「海を止めたか。」
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大倉屋の狙いは明確だった。
米を隠す。
船を押さえる。
流通を自分の手に置く。
そうすれば。
江戸の商人も。
町人も。
皆、大倉屋を頼るしかなくなる。
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「若旦那。」
庄吉が尋ねる。
「どうしますか。」
弥助はしばらく黙っていた。
以前なら。
新しい制度を作った。
新しい帳面を作った。
しかし。
今回は違う。
相手は仕組みを悪用している。
ならば。
今まで作ってきたものを使う。
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「連絡を出す。」
「どこへですか?」
弥助は笑う。
「全国の商人へ。」
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弥助がこれまで作ってきたもの。
商人組合。
信用帳。
市場帳。
それは単なる記録ではなかった。
人と人の繋がりだった。
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東海道。
各地の商人へ知らせが届く。
「江戸で米が不足している。」
「しかし。」
「米そのものがないわけではない。」
「流れが止められている。」
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すると。
各地から返事が届き始めた。
「こちらには米があります。」
「船を出せます。」
「協力します。」
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庄吉は驚いた。
「こんなに早く……。」
弥助は頷く。
「これが信用だ。」
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一方。
大倉屋。
「なぜだ。」
庄三郎は報告を睨んでいた。
「江戸へ入る米は減っているはずだ。」
「ですが。」
部下は答える。
「別の港から荷が動いています。」
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「誰が動かしている。」
「山本屋です。」
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庄三郎は笑った。
「なるほど。」
「自分で船を持っていなくても。」
「流れを持っているということか。」
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その頃。
源兵衛も動いていた。
黒潮屋の船。
倉庫。
人脈。
全てを使い始める。
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弥助が尋ねる。
「あなたまで動くとは思いませんでした。」
源兵衛は笑う。
「勘違いするな。」
「大倉屋に勝ちたいだけだ。」
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「しかし。」
源兵衛は続ける。
「今回は認めよう。」
「お前の作った繋がりは強い。」
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弥助は少し笑った。
「あなたに褒められるとは珍しいですね。」
「褒めてはいない。」
源兵衛は即答する。
「事実を言っているだけだ。」
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二人は別々の道を進んできた。
源兵衛は力を集めた。
弥助は力を広げた。
そして今。
その二つが、大倉屋という敵へ向かっている。
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数日後。
江戸の港。
一隻の船が到着する。
米を積んだ船だった。
その後ろにも。
さらに船が続く。
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「米が来たぞ!」
町人たちの声が響く。
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価格はすぐには戻らない。
しかし。
人々の不安は消え始める。
「米はある。」
その事実が大きかった。
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大倉屋の屋敷。
庄三郎は報告を聞いていた。
「流れを戻された……。」
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初めて。
彼は弥助を正しく理解した。
弥助は米を持っていない。
船も少ない。
金も大倉屋ほどではない。
それでも。
勝負できる。
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「なぜだ。」
庄三郎は呟く。
「なぜ一人の商人が……。」
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答えは簡単だった。
弥助は一人で戦っていない。
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その夜。
大倉屋の元へ、黒潮屋から書状が届く。
差出人。
源兵衛。
内容は短かった。
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「商人の勝負を望むなら受けて立つ。」
「しかし。」
「町を人質にする商いは認めぬ。」
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庄三郎は書状を握り潰す。
「二人とも。」
「私を敵に回したか。」
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しかし。
その時。
別の知らせが届く。
「大倉屋様。」
「蔵の米が……。」
「何だ。」
「買い手が減っています。」
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庄三郎の顔色が変わる。
米を持っているだけでは。
価値は生まれない。
買う者がいて初めて商売になる。
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弥助は。
源兵衛は。
そして全国の商人たちは。
大倉屋が忘れていたものを知っていた。
商いとは。
奪うことではなく。
流れを作ることだ。
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江戸米騒動。
決着の時は近づいていた。




