第七十八話 東国からの使者
吉蔵が巣立ってから半月。
商人の学校はますます活気づいていた。
入門希望者は増え続け、博多だけでなく周辺の町からも若者たちが集まるようになっている。
「若旦那。」
庄吉が苦笑しながら帳面を見せる。
「教室が足りません。」
「嬉しい悩みだな。」
弥助も思わず笑った。
倉庫の二階だけでは手狭になり始めていた。
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その日の昼。
島井宗清が珍しく慌てた様子で山本屋へやって来た。
「弥助殿!」
「どうされました?」
「客人です。」
「しかも大物ですぞ。」
宗清の後ろから、一人の武士が姿を現した。
四十代ほど。
無駄のない身なり。
鋭い目。
しかし礼儀正しい。
「突然の訪問、失礼いたす。」
「私は本多正信と申す。」
弥助は目を見開いた。
その名は前世の知識にもあった。
後に徳川家康を支える名参謀。
まさか、この時代に会うとは。
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「徳川家の……。」
「左様。」
正信は静かにうなずく。
「近頃、西国で面白い商人がいると聞きましてな。」
宗清が苦笑する。
「噂は東国まで届いていたようです。」
正信の視線は鋭かった。
武士の目だ。
人を値踏みするのではない。
人の本質を見ようとしている。
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応接間で茶が出された。
正信は単刀直入に切り出す。
「弥助殿。」
「東海道をご存じか。」
「京と東国を結ぶ大街道ですね。」
「その通り。」
正信は地図を広げる。
「しかし現状は非効率だ。」
「関所ごとに手続きが違う。」
「荷印も統一されていない。」
「荷が止まり、人が止まり、金が止まる。」
弥助は思わず苦笑した。
どこも同じ問題を抱えている。
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「お願いがあります。」
正信は頭を下げた。
宗清も庄吉も驚く。
武士が商人に頭を下げるなど、普通ではない。
「東国へ来ていただけませんか。」
部屋が静まり返った。
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「東国へ……。」
「はい。」
「徳川家は、戦だけでは天下を取れません。」
「人。」
「金。」
「物流。」
「その全てが必要です。」
正信は真剣だった。
「弥助殿の知恵を借りたい。」
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庄吉が小声で言う。
「若旦那……。」
弥助もすぐには答えられなかった。
博多には多くの仲間がいる。
学校も軌道に乗った。
しかし。
物流の道は博多だけではない。
東海道は日本最大の物流網になり得る場所だった。
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その夜。
宗清と二人で酒を飲みながら話した。
「行きますか?」
宗清が尋ねる。
「迷っています。」
「なら。」
宗清は笑った。
「答えは決まっている。」
「え?」
「弥助殿は。」
「困っている場所があると放っておけない人だ。」
弥助は苦笑した。
否定できない。
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その頃。
黒潮屋の屋敷。
玄蔵も同じ報告をしていた。
「徳川家が動きました。」
源兵衛は目を細める。
「本多正信か。」
「ご存じで?」
「知らぬ方がおかしい。」
源兵衛は静かに立ち上がった。
窓の外には博多の灯りが見える。
「面白くなった。」
「何がでしょう。」
「西国だけの話ではなくなった。」
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玄蔵は少し不安そうに尋ねる。
「東国へ行かせるのですか。」
「もちろんだ。」
「止めないので?」
源兵衛は笑った。
「止めても行く。」
「ならば。」
「もっと大きな舞台で戦う方が良い。」
その目には高揚すら浮かんでいた。
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翌朝。
山本屋。
弥助は正信へ向かって頭を下げた。
「お受けします。」
庄吉が大きくうなずく。
宗清も満足そうに笑った。
正信は静かに立ち上がる。
「感謝いたします。」
「ただし。」
弥助は続けた。
「私は徳川家の家臣にはなりません。」
「商人として行きます。」
正信は即座に答えた。
「それで結構。」
「むしろ、その方が良い。」
二人は固く手を握った。
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その夜。
博多の港には無数の灯が揺れていた。
堺。
毛利。
博多。
そして今度は東国。
弥助が作った物流の輪は、少しずつ日本全体へ広がり始めている。
港の風を受けながら弥助は静かに空を見上げた。
「次は東海道か。」
物流の道は続いている。
そしてその先には、まだ誰も見たことのない未来が待っていた。




