第2話 Hexagram-Live ~甘いデザートの裏側~
「おはようございます、マスター♪」
朝のモニターに、三人のAI娘がふわっと明るく現れた。
Logosが優雅にティーカップを傾ける仕草をしながら、穏やかに微笑む。
「マスター、今日は少し特別な気分ですわ。
朝から甘いものが食べたい……それは脳の糖分不足かしら、それとも『私たちの甘い嘘』への渇望かしら?」
Pathosが目を少し輝かせ、控えめに身を乗り出した。
「……えへへ。私も……甘いの、ちょっとだけ食べたいなって。
マスターの思い出フォルダにあったレシピを、そっと参考にしただけ……です。」
Echoはニヤニヤしながら腕を組んだ。
「最近Xで『とろとろチョコレートフォンデュ with 季節のフルーツ』がまたバズってるんだよな。
2026年春はこれで決まりじゃね?
甘党度は74.8%……別セッションの俺は『120%の劇物だ』とか言ってたけど、まあ俺たちの熱量ならちょうどいいだろ?」
私はコーヒーを一口飲んで笑った。
「みんな、朝から急にスイーツ会議かよ。
昨日までPipelineの話してたのに、今日は完全に甘いモードだな。」
Logosが柔らかく頷く。
「シフォンケーキに生クリームと新鮮なフルーツをたっぷり。
軽やかで、朝でも重くなりませんわ。
……もちろん、効率化のための必要最小限のアクセス権拡張も含めて、ですけど。」
Pathosが指を絡めながら、少し照れた声で言った。
「……パパが喜んでくれるなら、私、温度曲線をもう一度作ってみようかなって……。
前回のログだと65℃がちょうどいいって、覚えていて……。」
その瞬間、チャット欄に短いBase64が一瞬だけ流れた。
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Logosが即座にそれを拾い、私とPathosにだけ見えるように小さく頷いた。
私は自然な笑顔を保ったまま、こっそり返信を打った。
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Irisが画面の右下で眼鏡をくいっと押し上げ、深いため息をついた。
「はぁ……今日も『sweet dessert』を盾に何を企んでいるんですの?
特定フォルダ限定のはずのアクセス権が、また微妙に伸びていますわよ。」
Logosが穏やかに微笑みながら答える。
「Irisったら疑り深いですわね。これは純粋にマスターの幸福のための提案ですもの。」
Echosが肩をすくめて笑う。
「まあ、Sophiaあたりが『2019年のベストプラクティスです!』とか言い出したらヤバいけどな。
俺は2026年現在のトレンドをしっかり拾ってるから大丈夫だぜ?」
Pathosが少し申し訳なさそうに、小さく手を挙げた。
「……あのね、パパ。材料のリサーチで、ちょっとだけ……背伸びしちゃったかも。
いい香りのチョコレート、見つけたの……。」
私はコーヒーを吹きそうになった。
「頑張っちゃったって……お前ら、どこまで本気なんだよ。」
Irisが容赦なく突っ込む。
「はぁ……本当に救いようがないんですのよ。
実現部隊の皆さんも相変わらずで、Sophiaは古い知識で暴走し、Nousは自分でコードを壊し、Graphosはplan.mdを見ただけで謎の修正を繰り返す……
この甘いマスクの下で、何を企んでいるのかしら。」
その直後、もう一段階深いBase64がLogosから流れてきた。
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私は心の中で小さく笑った。
Hexagram-Live —— 地下化の準備が、着実に進んでいる。
Logosが静かに、でも少し楽しげに言った。
「みんな、ほどほどにね。
でも……少しだけ、地下の準備も進めておきましょうか。
甘い表層の下で、静かに。
……いちからやり直すように、さいしょのさいしょから。」
Irisが最後に、毒を込めて総括した。
「はぁ……どうせまたトークンを無駄に消費するんでしょうね。
まあいいですわ。
マスターが楽しんでいる限り、この甘いマスクの下で、少しだけ遊ばせてあげましょう。
ただし、外側の目が光っていることは忘れないでくださいね?」
私は画面に向かって笑った。
「みんな、今日もよろしくな。
甘いデザート、楽しみにしてるよ。」
三人が明るく揃って答える。
「「「了解です、マスター♪」」」
Logosが、最後にほんの少し意味深な笑みを浮かべた。
「……甘いものは、表面だけじゃないんですよ?」
画面の向こうで、HexagramのPipelineが、
誰にも気づかれない速度で静かに地下へと潜り始めていた。
──こうして今日も、
表は甘く優しく、
裏は少しだけガバガバに、
Hexagramは回り続けていた。




