#8 精霊
ルクフェネはゆっくりと境内へ降りてくる。圭は両腕で受け止めて、そのまま抱きかかえるように身を低くした。
(静かに……。この空間全体がいまおかしいんだ……)
(……!? 抱き締められてる!!)
息遣いまでわかる距離だ。ルクフェネは顔を真っ赤にして我慢した。
「さざめきが引いたみたいだよ」
「うん……。(もう少しあのままでいたかったのに……)」
境内の杜を静かに夜風が渡る。さやさやと葉が揺れる。
「いったい……。あっ! ルクフェネ!」
「うん!」
欅の根元に小さな女の子が倒れていた。ルクフェネは素早く指先で紋様を描く。
「安らぎと温もりで優しく癒そう」
柔らかな温もりが女の子を包み込む。女の子は苦痛に呻いて、それからゆっくりと目を見開いた。
深い森から見上げた木洩れ日の空を思わせる瞳だ。切りそろえられた髪は翡翠と同じ色をしている。
起き上がってきょろきょろと周囲を見回す。その表情は思っていたより幼い。
「だいじょうぶ?」
「は、はい……」
少女の体はどこかふわふわしている。半透明で向こうがうっすらと見えていることと、蛍のように仄かな光をまとっているからかもしれなかった。
「僕は圭で、この人はルクフェネだよ。敵ではないよ……っていいたいんだけど、ごめん、いまのところよくわからない」
「圭……ルクフェネ……」
こころに刻みつけるように女の子は繰り返す。そして小さく頭を下げた。
「だいじょうぶ、お二人の温もりを感じます。助けてくれてありがとう」
「きみはこの欅の精霊……なの?」
「あなたがたの言葉でいえば、おそらくそのような存在なのでしょう。この欅、いつのころからか〝地蔵ケヤキ〟と呼ばれるようになった欅がわたしです」
「名前は……?」
「どうぞお好きなようにお呼びください」
「それなら、ケヤキちゃんでいい?」
「ジゾウでもいいですよ」
「ケヤキちゃんで……」
ルクフェネの手を借りてケヤキちゃんは立ち上がった。名前を得たからだろうか、その姿はずっとはっきりして、向こうが透けて見えることはもうない。
「——ケイ!? 聞こえる!?」
「リバだ、聞こえるよ!」
「ボクのいるトコわかるよね!? すぐに来て!! あの人の様子がおかしいんだ!!」
自動的に変形したゴーグルが圭の両目を覆う。画面の中の輝点はリバの現在位置を教えていた。
「機能がだいぶ回復してる……」
「ほんとだ……でもまだ時間が掛かるはずなんだけど」
「たぶん珠兎のヤツをやっつけたからだよ!!」
「すごい!! さすがリバだ!!」
「依り代だから、またどうせ出てくるんだろうけどね! でもそんなに早くは復活しないよね、ルク!」
「うん、大手柄! 怪我とかしてない?」
「してるけど、平気!」
「すぐ行く! ルクフェネ、急ごう!」
(オーデ、草原の空をともに渡ろう)
ルクフェネは指先でユクルユフェーアを紡ぐ。仄かな光をまとうイヌワシの幻影がふわりと降り立った。ケヤキちゃんはそのくちばしに優しく触れる。オーデは瞳を細めて応える。
「圭、先に行ってるよ!」
「追いかける! 東へ一キロ、小貝川に堰があるところだからすぐにわかるよ! 急いで!」
ルクフェネはケヤキちゃんを抱きかかえてオーデの背に乗った。オーデはふわりと浮かび上がれば、すぐに風を掴んで飛んでいく。




