#15 コヨ・タキッシェ
深夜の防衛局、屋上。
小柄な人影がふわりと降り立った。月のない夜、星明かりにかろうじてわかるのは彼がいわゆる獣人であることだ。目深に被る帽子の鮮やかな髪飾りが印象的だ。
正確にはそれは彼自身の両耳。氏族に伝わる色彩で装飾しているのだ。
コヨ・タキッシェはその耳をかすかに震わせた。
屋上の一角には大きなテントがあって、中から寝息が聞こえる。
(……)
しばらくそのままじっと待つ。寝息に変化はない。
(これか……)
そこに置かれていたのは機能停止したルレンだった。胴体は丸く、翼は扇のように幾何学的な形をしているので、どこかブリキのおもちゃを思わせる。機能は完全に停止していた。
コヨは指先で何もない空中に紋様を描いた。ルレンはゆっくりと屋上を離れてふわふわと空中に浮かぶ。それをともなってコヨは防衛局を離れた。
その数分後、利根川の河川敷でコヨは虚空に指先を走らせた。目の前のルレンからかすかにくぐもった声が聞こえる。
「ふん、やっとか。手間取ったな。しかしつくづく運だけはいい女だ、忌々しい!! まぐれ当たりさえなければ、小童を仕留められていたところを!!」
「まぐれ当たりですか」
「そうだ、あのような芸当、出来るわけが無かろう? まったくあり得ぬ、偶然以外の何物でもない!」
「……」
「しかしくくく、それで気を良くしたか、我を本拠にそのまま持ち帰らせるとは! お陰で〈宇宙の扉〉の真下まで接近できたというものよ。大成功だ」
「ふつうこれを大失敗というのです。形代から痕跡を消す余裕すらなかったのでしょう?」
「生意気な口を利くようになったものだな」
「率直な感想ですよ」
「我にそのような物言いが許されると思うか?」
「許されるも許されないも、あなたと主従関係になった記憶はありませんね」
「……。まあよい、些細なことだ。結果だけだ、お前に求めるものは。ことを進めよ」
「あなたにいわれるまでもないことです」
「そうだ、その炎を燃え上がせたかったな!」
「……」
「くはは……、よい沈黙だ、そういうことだ。事を仕損じるなよ、肝に銘じておくがいい」
「それをあなたがいいますか」
闇に指を走らせてコヨは声の無くなったガラクタを浮かび上がらせ、流れの中央へ運ぶ。水面に浮かべれば、やがてルレンは流れの中に沈んでいく。一瞬の沈黙のあと鈍い音ともに水柱が立ち上がった。
とはいえ深い闇夜にあってはその主張は小さく、やがてもとの静寂が大気を支配する。
コヨは胸元からペンダントを取り出した。石の中で炎が燃えている。昼間はかすかであっても、その揺らめきはすでに激しく、紅に幾度も爆ぜる。
「力が集まらなければ炎は燃え上がらない。炎が燃え上がらなければ目覚めることはない。明後日の宵には最後の礎が定まる。もうすぐ……もうすぐだ、ナユナ……」
コヨは力強く石を握りしめて、また胸元にしまった。
光が見えなくなってさらにはその持ち主も去ってしまえば、さすらう水の流れだけが星明かりを照らすだけ。




