#3 カルナは風の匂いを嗅いだ
香取神宮。カルナは拝礼を終えて振り返った。
古くから神域として大切に守られてきた境内には、いまなお手つかずの自然が残されている。深い杜を初夏の風が通り抜け、鳥の鳴き声が響き渡る。
ただその中にさざめきを感じてカルナは眉を顰めた。
こころに思い描いたことを言葉として虚空に指先で描く。それをただそのままに幾度も幾度もたどって力を宿した軌跡がユクルユフェーア。ユクルユフェーアを紡ぐ者をアルテリウア・ユーヴェ、あるいは単にアルテリウアと呼ぶ。
その力の根源は言葉だ。理屈からいえば言葉など音の組み合わせに過ぎないし、それを固定した文字もまたしかり。しかし遥かな時を超えてきた言葉には人々の想いと、人々を抱き守ってきた天地の温もりがこもっている。
だからアルテリウアは言葉に想いをのせ、願い、ユクルユフェーアに紡いで力とするのだ。
(——ただ、力の源が言葉に託された人々の想いにあり、そしてそのはじまりが人々を抱き守ってきた天地にあるのなら、紡いだユクルユフェーアの力は少なからず天地に伝わり、呼び起こしてしまう。特にそれが邪な力であるのなら)
カルナは風の匂いを嗅いだ。
(どうやらこの地の神々は目覚めようとしている。珠兎か……)
カルナは熟考する。しかしキリリとした表情はすぐに、にゅるんと溶けた。巫女の若葉さんを見つけたからだ。
「カルナさん、おはようございます!」
「おはようございますぅ、若葉さん♪」
「今日もいい天気ですね、少し暑くなりそうですけど」
「でもそのぶん、冷たいものがおいしくなるやも〜♡」
「きらん☆ これは、とある筋より入手した極秘情報なんですが……」
「きらきらりーん★ それはいったい……」
「クレ・ドゥ・ヴートさんはご存知ですね?」
「香取神宮の異端児といわれる、あの……?」
「はい、純和風の参道商店街になぜか存在する本格的なパティスリーです」
「悶絶するほどおいしいケーキをいただける……」
「ケーキ禁句です、パティシエールが激怒します。ガトーと呼んでください」
「了解であります。そのクレ・ドゥ・ヴートさんが……?」
「そろそろアイスクリームのケーキ、もといガトー・グラッセの新作が出るころかと思い、弥生さんが潜入調査を試みたところ、本日午後三時、弥生さんに帯同して入店した者にのみ試作品を味う栄誉が与えられます!」
「なんと! さすが弥生さん!!」
「時間厳守・言い訳無用、一緒に行かないと駄目ですよ。遅れないためにも、あと何種類も試食できるので、ランチは軽く、そしてその時間で仕事をやっつけてしまうことを強く推奨します!」
「頑張りますっ!」
「頑張りましょ! ではまたあとで〜」
「楽しみにしてますぅ♪」
むふふん、と笑みがこぼれる。
(わくわく〜♪ 試作品ってことはもう二度と食べられないかもしれないもの♡ 撮影はやっぱりダメかな〜ん? 感覚を研ぎ澄まして記憶しなくては♪)




