#4 自信過少
香取神宮。
カルナは執務室に戻ってキーボードを叩きながら書類の確認等々、業務をこなしていた。執務室は社務所の一部を間借りしている。
画面の右下でメールの着信を知らせるマークが点滅した。送ってもらえるように依頼していた圭の成績情報だ。
「伸び悩み……ね」
確認してからカルナはつぶやいた。
本人によれば、中学のころは学年トップクラスの成績だったのに高校ではまったく通用しなかった、とのことだ。けれども客観的に見て、圭の成績は依然として優秀だった。確かに中学のころのような華々しさは見られない。しかし通っていた高校は全国屈指の進学校らしいから仕方ないだろう。だいたい、その最難関校には進学塾へ通うことなく独力で合格して入ったのだ。
外国語の学習でつまずいたときも自力で解決しているし、その結果として現代セーグフレード語どころか、原セヴァ語の読み書きを短時間で修得するほどの、研ぎ澄まされた言語感覚を習得してしまった。
おそらく、ものすごい努力の果てに。
そして本人はそれをなんとも思っていないどころか、まだまだ足りていないと感じているのだ。
カルナは何とも表現しがたい表情をした。初対面のとき、自分の至らなさを力説した圭に気の抜けた返事をしたときと同じ顔だ。
(あーあれだね、自己評価がとんでなく低い人間にありがちな特徴だ、これ)
ふう、と溜め息を吐いて、背もたれに寄りかかって目を閉じる。
(高い向上心と謙虚さの裏返しだから悪いことじゃないんだろうけど、でも理解してくれる誰かがそばにいたほうがきっといい)
幸いなことに,同じように努力に努力を重ねることにまったく躊躇いのない人間をカルナはよく知っている。その顔を思い浮かべてカルナは口許を緩めた。
(嫌なことはたくさんあったかもしれないけど、よかったじゃん、想いを分かち合える人に出逢えて)
ルクフェネが全力で戦うことはまずない。加減を知らないものだから力を出し尽くして倒れてしまうのだ。あるとすれば、信頼できる人間がそばにいるときだけだろう。
(オフィスに戻った途端に倒れ込んだと思えば、今度はその場で気を失う始末だし、蒼穹士としては失格だけど、そのへんはおいおい教え込めばいいかな。頑張り過ぎるのは同じ頑張り屋さんどうしで圭クンが注意してくれるかもだし)
❖
古利根沼の森。
ルクフェネと圭は繰り返し繰り返し、ただひたすらにユクルユフェーアを指先で描いていた。際限なく、延々と。
「やっぱり最後の一息でまだまだずれちゃうね」
ルクフェネのユクルユフェーアはすべて上から下へ、垂直方向に指先を進ませるかたちになっていた。どうしても下へ行けば行くほど、利き手であっても動きは鈍くなって、これに疲れや集中力の乱れが重なると思うような軌跡にならない。
「本当は水平方向のほうが紡ぎやすいの。定石とされるもので垂直方向の動きは皆無だし」
「でも言葉と言葉に込められた想いを大切にしたかったんでしょ?」
「うん」
原セヴァ語は水平方向にも垂直方向にも書くことができる。しかし本来は垂直方向、つまり縦書きが基本だったといわれている。
「どんなに長く美しい軌跡でも想いがこもっていなければ意味がないから。原セヴァ語を話していたずっとずっと昔の人たちが上から下へ言葉を編んでいたのなら、やっぱり同じようにしたほうがいい、そう思ったの」
「僕もそう思うよ」
「でもここはやっぱり変えてみる? つなぎの部分だからどうしてもこう、ってわけでもないの」
「だいじようぶ、弱点はわかったから改善できるよ」
「そしたら今度は完成版ね」
完成版。実はそれまで何度も何度も指先でたどっていたのは、原セヴァ語の文字そのものであって、ルクフェネがユクルユフェーアとして仕上げたものではなかったのだ。基礎を知ることこそ学びの第一歩、ということらしい……。
「よしっ、頑張ろうね!」
「ガンバ!」
そしてまた延々と繰り返す。
確かに同じ頑張り屋さんどうしではある。でもどちらも頑張り過ぎているとは思っていないものだからどちらも注意なんかしない……。
そんな二人を余所に丸くなっていたリバは、ふぁーあ、とまた盛大に欠伸した。
【中峠】
我孫子市 中峠。古利根沼の森を含む周辺の地名。何の知識もなしに初見で読めたらすごいというより心配。




