弐拾捌
いくら考えても答えは出ない、というのはお二人の知恵をもってしても同じだった。考えても分からないならば、とにかくこれはこれとして……次の問題です。
「実はその後、目が覚めると空間の歪みという並行世界の狭間にいまして」
「空間の歪み?」
「並行世界の狭間?」
両名とも、その年齢に似つかわしくないキョトンとした顔をする。そんなに驚きましたか。まぁ、俺も驚きましたけども。
その反応からするに、全く知らないもののようだ。お二人でも知らないところに、何故アルテミス先輩やディクテリア先輩はいたのか。
当時の状況を詳しく話し、二人の先輩の裏切りと、何かしらの目的を持った行動であることを告げれば、尚のことお二人は深く悩んだ。
「まさか二人が、そのようなことを……」
「しかし、明らかに彼等だけで出来ることではないでしょう。必ず黒幕がいるはずです」
校長先生は押し黙り何も言えなくなっていたが、正蔵さんは冷静だった。勿論、校長先生が冷静ではないというわけではないが、安全であるはずの学園から俺が消えたことも含めて悩んでいたのだろう。安全性を確約できない、というのは大きな問題だったからだ。
しかし、一つ疑問がある。俺は本当に、医務室から直接居なくなったのか?
いや、確かに眠るまでは医務室にいたのだが、どうにも腑に落ちない点がある。というのも、アルテミス先輩に対してディクテリア先輩が終わったのかいと聞いていたあの場面で、どうも引っかかりがあるのだ。
そもそも俺を殺す気のなかったアルテミス先輩が俺に何をするつもりで、ディクテリア先輩は何を待っていたのか。別れを惜しむために待ってあげていたなどという優しさは全く感じなかったので、そうではないとすると、あの時のあの空間の不審さをまざまざと思い出させられる。
確かに医務室に似ていた。しかし、何処か端々にノイズの様に交じる風景があったのだ。何処かの廃屋のような、朽ちた木の壁。更に奥には、ヒビの入ったステンドグラスのようなものが……見えたような。
駄目だ。アルテミス先輩とディクテリア先輩に注視し過ぎて、よく思い出せない。
だが、もしも俺の推測通りならば、そもそも俺がいたのが医務室ではなく別の場所で、そこから空間の歪みという並行世界の狭間に連れて行かれた上に医務室に似せて作られていた可能性も考えられる。推論の域を出ないただの考察に過ぎないが、何故かそう思えて仕方がない。ただ、クウィンシーに威嚇されずに俺を移動させるのは至難の業だ。現に、目覚める時にクウィンシーは唸っていたしな。
スヴェンを呼んで聞けば一度に解決しそうな問題だけど、呼ぶべきか否か迷う。というか、スヴェンが使い魔であると思い出した経緯を話すのを忘れていたことを思い出す。
まずはそれが先かもしれない。
「実はもう一つ話して置きたいことがありまして、ディクテリア先輩に攻撃されている時に思い出したんです。スヴェンが、俺の使い魔だということを」
正直、人の姿をした使い魔というのを見たことがない。実質、存在しないと言っても過言ではないだろう。だからこそこんなことを言うなんて正気を疑われ兼ねないのだが、以前正蔵さんは、純一を介してスヴェンを信じて下さいと言っていた。つまりそれは、正蔵さんがスヴェンのことを以前から知っていたということ。
ならば言っても大丈夫だろう、と思うのだ。
「そうかい。思い出したのかい」
「正蔵さんは何故、知っていたのですか?」
「私は、予知夢で君達を見ていたしね。それに……」
「?」
「いや、なんでもない。とにかく、彼のことを思い出せてよかった。これでもう、身の安全は護られる」
言いかけた言葉を呑み込んで、しかし心底安心したように言葉を続けた。何を言いたかったのか知る術はないけど、表情から溢れ出る安堵感と懐かしむ表情。それが何を意味しているのかは、到底分からない。
俺達のやり取りを見守っていた校長先生も、やはり同じように安堵の表情を見せる。どうやらスヴェンの正体に気付いていた様子だ。恐らくだが、正蔵さんから聞いたのだろうと思われる。
そこでもう一つの疑問が湧く。使い魔とは、空間の狭間を行き来出来る能力を有しているものなのか、ということ。現に、スヴェンに助けられた際に連れて来られた空間は、とても普通の場所ではなかった。かと言って嫌な気持ちにはならなかったので、そういう空間が存在するんだろうということしか認識出来なかったのだが……よくよく考えると、おかしい。
いや、それを言ったらコールディオンから落ちた後のあの空間だって異様だったのだが。
別空間というものが存在することは確かなようだが、それが一体どういうものなのかという疑問が生じる。お二人は知らない様子だから、聞いても意味はないだろう。やはり、スヴェンを呼ぶべきか?
もう一つ、重大な疑問。皆が口を揃えて”世界”と口にするのは何故か。神族の方は『世界の運命を担う御方』だと言い、魔王は『役目を果たせ。必ず見つけろ。世界のために』と言う。アルテミス先輩までもが『世界を救うためなんだよ』と言っていた。
彼等の言う”世界”とは、そして夢の中の俺自身もまた願っていることとは、一体何なのか?
そしてあの黒髪の悪魔が言っていた、女神が俺の処遇を魔王に任せたという意味は?
なんだかおかしい。考えれば考えるほど、深く沈んで行く。だけど感じずにはいられない違和感。
俺の推測は何処で間違った? 何が足りない? 後もう少しのヒントが必要だ。そうしないと答えに辿り着けない。
でも……
気が遠くなる。視界が、暗く……
『焦るな。私は逃げはしない』
だったら教えてくれ。洗いざらい全部。俺は一体、何者なんだ?
答えは返って来なかった。




