弐拾漆
なんだったっけなぁと頭を捻っていたが、記憶が消えて再び滴達が満ちた空間に戻って来て中断する。
「君は、その後白髪の男性に会ったそうだね」
「あ、はい」
「その方は、神族の使者だよ」
やはりあのオオカミはそうだったのか。山の方へと向かっていたからそうかもとは思っていたけど。それに、神聖な雰囲気を放っていたし。
しかし、神族の方が出て来た後に悪魔が現れ、神族の使者のオオカミが現れるとは、あの場所で起きたことはあまりにも目まぐるしいな。それぞれがそれぞれのタイミングで現れているので、関連性があるかどうかも分からない。
ただ、時間が止まっていた間の精霊の記憶があるということは、俺のように別次元に行っちゃっていたというわけではないということだろうか。時間だけが止まっていた? そんなことがあるのか?
もしもそんなことが出来る魔法があるというのなら、一体どんな魔法なのだろうと思っていたら、校長先生の掌の上に浮いていたその神族の方の記憶の入った滴が割れてしまった。
「!?」
「これは、残して置けない記憶だからね。消してしまう前に、君に見てもらいたかったのだよ」
「残して置けない?」
どういうことだろう。
「神族が現れたことはないとされているけど、今まで一度も出会っていなかったわけではないのだよ」
「え!?」
「君にだけ教えて置くとね。神族は、とても長寿なのだよ。それこそ、この世界が生まれ変わってからずっと、生き続けているほどに」
「!?」
校長先生の爆弾発言を補足するように、正蔵さんが教えてくれる。変わらずって、変わらず? もしかして、永遠の命を生きているってこと?
それってもう、不老不死……
「彼等の姿を見た者は、記憶を消すことになっているんだ。永遠の命を生きる彼等のことを隠すためにね」
だからこうして精霊から記憶を貰って割るのだよ、と校長先生。彼等の秘密を守るためにやっている、と? しかし何故、そんなことをするのか。
どうやら顔に出てしまっていたのか、正蔵さんがその理由を話してくれた。
「神族は、直接神に選ばれた人達なんだ。神に選ばれて、世界を見守る役目を負っている。長く苦しい時間を生きる彼等には、人との接触は苦痛でしかない。何故なら彼等は、これから先も我々以上に生きるのだからね」
永遠の命を生きるということはそういうこと。限りある俺達と違って、死ねない彼等にとっては通り過ぎていく一瞬の命に情が湧くことは悪夢だろう。彼等が接触を避ける意味がよく分かる。俺達だって、彼等ほどではないもののそれに近いような気持ちになることは間違いないのだから。
長寿であるということの悲しみを俺達もこれから味わうことになる。現に正蔵さんも、奥様を亡くされているわけだしな。
だからこそ、何故今回は俺の前に現れたのか。そして、今までも現れていたというのは何故なのか。
「これは推測でしかないがね。神族が君に言った言葉が、相応の理由だったのではないかと思うのだよ」
「相応の理由?」
「だから、彼が言った言葉を教えてくれるかい?」
はい分かりましたと言いかけて、ふと止まる。彼? 彼女の間違いでは?
俺の疑問に気付いた校長先生が、あぁそうだったか、みたいな顔になる。しかし答えを教えてくれる気はないのか、催促されたので教えた。いやしかし、言い間違えにしても酷い様な?
「大樹を気にかけつつ『どうか、お助け下さい』と『貴方様なら出来ます。世界の運命を担う御方ですから』と言ったのだね?」
「はい」
一言一句間違うはずがない。長文だったらさすがに無理だけど、それぐらいしか言ってなかったから。むしろ、その後に現れた悪魔の方が謎の多いことを言っていたし。
後は、アルテミス先輩とディクテリア先輩の言動だな。究極の状態だったから、確実に覚えている部分は限られる。
その間も、校長先生と正蔵さんはどういう意味か分かるかね、いいえ、ですがもしかしたら、などとやりとりをしていた。年長者の思案も一段落したのか、俺に向き直る。
「君の周りで起きていることは、全て君自身と深い関りがある。しかし我々の推測よりも遥かに大きなことの様だ」
「大介くん。私等は、君のためになら何でも出来る。だけど、今起きていることは我々にも分からないような事態だ。これはもう、君自身の前世の記憶が必要不可欠なほどに」
校長先生と正蔵さんが、深刻そうに言った。お二人が考えていた事態よりも最悪だということなのか、深さが増したということなのか、ともかく俺の前世が鍵を握るということなのだろう。
いやしかし、そんなことを言われても……あ、そういえば。
「夢を見ました。でもその前に……アフィロディアって、誰ですか?」
これがもし俺の前世であるのなら、俺、悪魔確定ですかね? だってあの悪魔の女性にアフィロディアと呼ばれ、夢の中でも魔王陛下にアフィロディアって呼ばれたんだぞ? あれがもし前世の記憶なら、俺は悪魔でしょ絶対。
しかし、お二人はその名前に聞き覚えがないようで、首を捻る。そりゃそうか。悪魔のことをお二人に聞くのは間違っているよな。どちらかと言うと魔族の誰かに聞いた方が良さそうと思っていたのだが、正蔵さんが言った。
「知らない名前だが、あの黒髪の悪魔にそう呼ばれたのだよね? もしかして、夢の中でも?」
「はい、魔王陛下と呼ばれていた人にも、そう呼ばれました」
「魔王!?」
「それで? 傍にいたのは誰だったのかね?」
校長先生は驚いていたが、何故か正蔵さんはその先を催促してきた。魔王というワードに、さして驚いている様子はない。むしろ、期待するような目をされた。何故そのような視線を送られているのかは分からないが。
「女性がいました。やはり悪魔でしたね。炎のように赤い髪の……見た目は違いましたが、恐らくあの黒髪の女性と同じ悪魔のような気がしました」
「何故そう思うのかね?」
「雰囲気が……それに、武器が同じだったから」
雰囲気と武器だけで同一人物と言えるかどうかは分からないが、なんとなく同じ悪魔のような気がした。顔も髪も違うから別人の可能性もあったけど、口調なども似ていたし、こう言っちゃなんだが露出の高い服を着ちゃうシュミまで同じだ。いや、そんなものを根拠にするなよって感じなのだが。
夢の中の赤い髪の悪魔のオーラが分からない以上、同一人物かどうかの判断は付かない。推測で語るのは嫌な主義だが、あの武器だけは確信を思って彼女のものだと言える。
そしてあれはこの世に一つしかないもの。それを使える者は一人しかいないと、俺の中の誰かが”言う”のだ。
判断材料としては少々不安を残しつつも、確信を持てることだった。だとするならば、あの悪魔の言った言葉が疑問を呼ぶ。
「目覚めていない、というのが前世の俺の覚醒だとすると、覚醒したら今の俺は消えてしまうのでしょうか?」
以前スヴェンに、魔力を鍛えないと消えてしまうと言われた。
「優遇していたあの方というのが魔王のことなら、女神が前世の俺の処遇を魔王に委ねたのは何故でしょう?」
悪魔である前世の俺の処遇を魔王に委ねる意味が分からない。何故なら悪魔のトップである魔王には、連なるすべての悪魔の処分が下せるのではないか? もしかして処分保留状態だったとか?
考えれば考えるほど分からなくなる。夢で見たものが断片過ぎて、意味を成さないのだ。
情報が少なすぎる。もっと他にも必要だ。今あるものだけでは、答えが出ない。
ただ一つ、俺が悪魔の生まれ変わりである可能性だけが断トツ一位で候補に挙がっている……全然嬉しくない。




