弐拾伍
戻してもらって助かったが、まだまだ聞きたいことがあったんですけどという気持ちになる。どうしよう。呼べば来てくれるんだろうけど、そんなことのためだけに来てもらうべきなのか迷う。一先ず、戻って来れて良かったと思うことにする。
しかし、一体全体どうなっているんだ? ディクテリア先輩はさもありなんって感じの人だったけど、アルテミス先輩までもが何かの陰謀に関わっているとは。
今までの行動の全てがそのための行動だったと見た場合、確かに妖しい動きをしていたこともあった。ただ、アルテミス先輩のあの感じでは、恐らく目的が違うと言っていた事がすべてなんだろう。世界を救うためだと言っていたが、それと俺のこととアシュリー殿下のことがどう関わって来るのだろうか。
それともう一つ……俺、魔獣騎士団を呼びっぱなしにして来ちゃったけど大丈夫だろうか。空間の歪みだか、並行世界の狭間だかに置いてきちゃったんだけど。
無事だといいなぁと思いながら佇んでいたら、校長先生が入ってきた。驚いたことに、何故か少年バージョンの正蔵さんまでいる。お二人共、必死の形相で入ってきたのだが、俺を見つけるや否や正蔵さんが走り寄って来て無事を確かめてきた。
「大丈夫かね? 怪我は? 苦しいところは?」
「え!? や、大丈夫…です」
俺が別の空間に連れて行かれたいたことをまさか知るわけもないから、恐らく大樹関連で心配してきているのだろうと思っていたのだが、それにしては様子がおかしい。
さっき時間を確認したら、それほど時間は経っていなかったから面会謝絶時間内だったろうと推測される。なのに、まるで俺の命が脅かされたと言わんばかりの心配ぶりだ。
孫の友人に対して向けるにしては、ちょっと過剰とも言える反応。孫に対して向けるならまだしも。
「何も、されてはいないかね?」
「えぇ、あの女性は別に何もしてこなかったですけど」
存在が怖かったのは違いないですけどと返すと、きょとんとされる。ほぼ同い年ぐらいの少年の見た目なので、その表情がしっくりくるなぁと思ってしまう。
いや、そういうことじゃない。
「君の危機を”見た”から来たのだが……」
「あ、予知」
何事もないことになっているはずの俺の危機を予知してしまったのなら、何事かあったことになってしまうな。いや、実際に何事かあったわけだから間違ってはいないのだが……ゲシュタルトが崩壊しそう。
あったなかったと回りくどい言い方をするのはやめよう。事件は起きました、でいいわけだし。
「えっと、何から話せばいいですかね?」
目の前の正蔵さんと校長先生を交互に見ながら問うと、校長先生が落ち着いた表情になった。
「今日あったことをすべて、お願いできるかね?」
「分かりました」
未だ心配げな正蔵さんに比べて、倍以上も生きておられる校長先生の落ち着きぶりにさすがは年の功、と思ってしまう。いや、正蔵さんだってそれなりにその道を生きて来た生き字引なわけですけども。
このまま医務室内で行うのかなと思っていたが、どうやら別室へと移動するらしい。しかし何故かこんなことになっている。
「えっと、俺は乗ったままでいいんですかね?」
「構わないよ。少し歩くからね」
年長者を差し置いて、何で俺はチーターを倍の大きさにした生き物に乗っているのだろう。色味はどちらかと言うとクロヒョウっぽいのだが、全体的な細さがチーターみたいなんだよな。この生き物の名前を全く知らないのだが、乗せて頂いていてよいのだろうか。
ほとんど歩く際に上下運動をしないので、乗っている側からすると乗りやすいけども……そもそも室内でいいんでしょうかこんな横着な移動方法。まぁ、幻想界には車いすはないから仕方がない。もしかしたら、幻想界流の車いすなのかもしれないしな。車いすが必要なほど消耗もしていないんだけど。
少し歩くと言った言葉その通りに、結構な距離を移動した。学校自体が大きいとはいえ、移動に20分もかかるのはかなりの距離と言えよう。どことなく、上へ上へと向かっている気がする。上の階と言えば、高校生達が授業するフロアがあるはずだが、その階よりも更に上に行っている感じだ。
因みに、この幻想界での教育制度はイングランドを基礎としていたが、日本の教育環境に適応させたことで今では日本の就学システムになっている。まぁ、日本の学校を隠れ蓑にしている以上、そうせざるを得ないわけで。
しかし、どこまで行くのだろう? 俺達のような中等科の学生が行くことのない様な階に来ている。基本的に、ここの学校はとにかく大きいから、学生の間にすべてを見ることは出来ないだろうと言われているほど広い。
いわゆる、何々何個分で例えるよりも、琵琶湖50分の一と例えた方が分かりやすいかもしれない……いや、分かりにくいか? とにかく、広大な土地に大きな建物ということだけは確かである。
そんなことを考えている間にある部屋へと通された。到着したようなのでとクロヒョウチーターを降りると、その生き物はスゥっと消えてしまう。消え方が幽霊そのもの、とドキドキしたことは秘密だ。
室内を見てみると、滴型のガラス細工が至る所で浮いていた。それぞれの大きさは人の頭ほどあるので大きい。どうやって浮いているのか謎だったが、更なる謎は、その滴部分が淡く発光していることだった。色は様々だったが、どれも霧のようなぼんやりとしたものがそこにある。近付いてみてみると、何かが見える気がした。その何かとは、映像の様なもので……
「大介くん」
つい凝視してしまっていたところを校長先生に呼ばれてはっとする。何かに魅入られたような、そう、前にシュレンセ先生の研究室の奥の棚に置いてあった本を見つけた時と同じような感覚。名前を呼ばれなければ、ずっと見ていたかもしれない。
「あまり見つめすぎてはいけないよ。それは記憶だからね」
「記憶?」
「そう、精霊達や人々の記憶」
記憶、とは何だろう。どう見ても映像だったのだが。
大昔のテレビの様にぼんやりしていて、じぃっと見つめない限り何が映っているのか分からなかった。もしかして、この幻想界における映像記録なのだろうか。だとしたら、あまりにも膨大過ぎる。天井も分からない、前後左右の奥行きも分からないほどにあるのに。
「記憶を映像で保存しているんですか?」
「そうだよ。ここには、この学園が出来て以来の記憶が保存されているのだよ」
創立以来とは、凄いな。ということはかなり昔からあるということか……夢現界の発展を軽く凌駕しすぎだろ。映写技術っていつからだったっけと一瞬巡らせたが、今はそんなことを考えている場合じゃないと思い止める。
しかし、記憶というぐらいだから……
「記憶とは、誰かの記憶ということですか? 精霊とか、誰かの?」
「その通り。言葉で書き残す以外での方法を用いて、映像を残しているのだよ。分かりやすく言えば、動画データだね」
俺の質問に、正蔵さんが答えてくれた。いやしかし、かなり昔からあることは間違いないんだなぁ。でも、これだけあるとどれがどれだか分からなくなりそうだ。まぁ、Web検索みたいなことができる本もあるぐらいだし、案外どうとでもなるのかも。
「君をここに連れて来たのは、どうしても君に見てもらいたいものがあったからなのだよ」
「見てもらいたいもの、ですか?」
校長先生の言う見せたいものと、俺の身に起きたことを語ることとどう関係してくるのだろう?
そういえば、どういう状況で何があったか分からないけど、安全であるはずの学園内から別の場所に行っちゃってたんだよな? なんだかそれも含めて不安になる。今後、俺はどうやって安全を確保すればいいというのか。




