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ドラゴン族の今後を多少不安に思いつつ、本当の本当に本腰を入れて皇凛達を探そうと先輩達は重い腰を上げる……って、お年よりですか。するとアルテミス先輩、何か言いたげだねとにっこり笑ったので肝が冷えた。 何故俺の心を察したのだろうか。怖すぎ。
茂みから出て、皇凛達捜索の算段を組み始める。
「あいつ等を探すには、やっぱ足跡を辿るのが一番だよな」
「どうやって足跡を探すおつもりですか?」
「勿論、鼻で!!」
一瞬、何を力説しているんだこの人はと思って冷めたような目で見つめてしまうと、そんな俺の心中とリンクするように、アルテミス先輩は笑顔で言った。
「そう、犬にでもなるつもりなんだね君は」
皮肉たっぷりなそれに、多分サンダース先輩は気付いていないのか。だって、至極真面目に返してきたから。
「いやだって、ここに鼻の利く二人がいるわけだしさ。手伝ってもらおうかなと」
「…他力本願ですか」
「まぁでも、使えるものは使うってことだよね」
そんな言葉で片付けていいような方達ではないでしょうが。片や竜騎団の団長ですよ? それと肩を張れる方と言うことは、ヴァルサザーだってかなりの地位の人のはず。
それを、使えるものは使うとかとんでもないこと言っちゃって…
「私は構わないよ」
「私もだ」
え、承諾しちゃうんですか? そんなあっさりと? やることは、警察犬みたいなことなんですよ?
気高い一族が、そんなフランクに快諾しちゃっていいんですか。
驚愕する俺の隣で、肩を叩いてアルテミス先輩は言った。
「大介…君は、ドラゴン族を過大評価しすぎだよ?」
なんで俺の思っていることが分かったんですかと思いつつ、それって何気にドラゴン族を見下していませんか。
ただ、彼等が協力してくれているのだから、いい…のかな?
彼等の嗅覚を頼りに皇凛達を追うことにしたわけだが、犬の100倍と言われる彼等の嗅覚に驚かされることになる。いや、正確には俺だけが…
犬のように地面を嗅ぐわけでもなくただ歩いているだけで、こっちへあっちへと迷いなく進んで行く。しかし、そんな彼等の歩行が、急に止まる。
どうしたんだろうかと窺う間もなく、空気がピンと張り詰めた。背中を這い上がるような嫌な寒気に小さく身震いをすると、彼等の視線の先に黒い影が現れる。
パタパタと風にはためく黒いマントが確認出来るようになると、そこに30代半ばの貴族風の金髪碧眼の男性が立っていた。
取り巻く空気は冴え渡り、しかして攻撃するような素振りは見せていない。通常の白人よりも透き通るように白いその肌は、ヴァンパイア族の特徴だ。
その立ち振る舞いには威厳のようなものが感じられ、高位のヴァンパイアであることが窺われた。
一触即発…にしてはやけに穏やかだが、かと言って向こうも、朗らかに微笑んでくれているわけでもない。一陣の強い風が吹き渡った後、風はぴたりと止み、目の前のヴァンパイアは口を開いた。
「こんなところで会うとはな。何をしている?」
「そちらこそ、何をしているのだ? お前はいつでも、王の傍を離れはせんだろうに」
「今回は特別だ。王の命令で、会いに行かねばならない方々がいるのでな」
ヴァルサザーの疑問に、ヴァンパイアは淡々と述べた。王の傍を離れない…という言葉から、彼がヴァンパイア王の直々の部下であることが分かる。
ヴァンパイア族の長の右腕と対面? そんなこと、一般の魔法使いは絶対に出来ないことじゃないか?
いや待てよ? そう言えば、こちらのヴァルサザーやベネゼフだって…
「その口調では、さては王子様達に会いに行くのかな? けれど、もう何十年も帰ることを拒否してるのだろう? 君が直々に行ったところで、変わらないんじゃないかい?」
「あの方々がどうされるかよりも、王の意志をお伝えに行くということが大事なのだ」
「そうか…まぁこればっかりは、強制できるものではないからな」
ベネゼフの問いにヴァンパイアは淡々と述べ、諸々の事情を知っている口調のヴァルサザーも仕方のないことだと言いたげだ。
やれやれな雰囲気だったのに、ベネゼフがのんびりした口調でそれをぶち壊す。
「あれだねぇ。家出息子を繋ぎ止める手段は、何処の家でも難しいってことだよねぇ」
「家出息子と簡単に言うな! 笑い事ではないんだぞ!」
勿論それにヴァルサザーは、お怒りモードだ。しかし、それでもベネゼフはなんのその。
ヴァルサザーの苦労に涙が出そう…
未だ締まりのない口調のベネゼフに、ヴァルサザーは口調も表情も変え…いや、人と違って表情筋があまりないので分からないが…真面目な雰囲気になった。
「重圧に耐え抜くには、彼等はまだそこまで強くはなかった、ということなのだろう」
静かにそう口にした途端、ヴァルサザーの体が少しずつ小さくなって人のような形状を成し、仕舞いには完全に人の姿になった。
俗に魔族と言われる者達は、修練を積めばどんな魔法も使えるようになるとは聞いていたが、ドラゴンが人型に成るところを始めて目撃した。
魔族はヴァンパイアだったりウェアウルフだったり、普段人の形状を成している人達が多かったから気付かなかったが、元の姿が人の姿とは言えないんだった。エンシェントも魔族でドラゴン族だけど、普段からあの姿だから忘れていたが人の姿になれるんだった。
それを思えば、昨日の湖畔の傍で会った人だって、もしかしたらもしかする可能性だって…いや、今考えたところで分かるわけがないが。
ヴァルサザーの真面目な言葉に同意すると共に、ベネゼフも人の姿に変わっていく。
「私達は、随分と抱えているものが深いからねぇ。特にアシュリーは元が人間な分、酷なことも多いんだろうね」
元は人…そう、ヴァンパイアは元は人間である者の方が大半だ。その分、捨て去らなければならない倫理観や人としての生に、戸惑う者も多いと聞いた。
特に、魔力を持たないでヴァンパイアにされてしまった者など、当時はそれはそれは悲惨だったらしい。そういう人種がいることを知らずに望まずして力を得てしまったために、発狂したりと精神を病んでしまうことが多いそうだ。
そもそも魔力がなければ捕食も出来ないわけだから、催眠状態にしないまま人の血を吸わねばならないし、でもそれが嫌で吸わなければ餓死するしで、究極の選択を迫られて狂うのだと。
だからヴァンパイア族では、ヴァンパイアとの生活をさせた後で本人にヴァンパイアになる意志があるかどうかを選択させなければならないという掟がある。
それを破れば、とても厳しい処分が待っているとも聞いた。
第一王子の方は正当な純血種だと聞いたから、ヴァンパイア王とヴァンパイアの女性の間で生まれているのだろうが、第二王子の方は元人間だからその掟で守られていたはず。それでもヴァンパイアになることを選んだのだ。
先程ベネゼフが言った人物が、その第二王子だ。光属性の精霊とも会話出来たと言われていて、普通に育っていれば魔法使いの中でも優秀な魔法使いになれたであろう、希少価値の高い光属性のヴァンパイア。
何故彼がヴァンパイアになる道を選んだかは分からないし、そもそもヴァンパイア王も何故彼をヴァンパイアにしようと思ったのか。
光属性は、魔族であるヴァンパイアには真逆の属性だというのに。
「光属性の力も失い、今や彼に使えるのはヴァンパイアの王族のみが使える魔法だけ。ほとんど何も使えないのと同じだろう?」
ヴァンパイアの王族が使える魔法って確か、眼力とヴァンパイア族に属する全ての魔族を強制的に従わせる能力のことだったよな、と思い出した。
それだけでも十分な気がするが…普通の魔法使いが使える転移の術など、その多くを使えないという意味なのだろうか。
「だが、傍には常に従者のジョナサンが付いている。奴は元魔法使いだったのだから、何かあれば奴が何とかするだろう」
「主に忠実な、正に模範的な従者だからねぇ彼は。だけど、ちょっと遊び心が足りないよねぇ」
「そんなもの、いらんだろうが!」
「なんだい。さっきから怒ってばっかりで…カルシウム不足かい? 駄目だよちゃんと、骨まで食べないと」
「貴様は…」
可哀相なヴァルサザーは、ベネゼフにいいように振り回されて疲れきっていた。深い溜め息を吐いた時なんて、それはもう大きな幸せが逃げただろうと思うほどに…
しかし、一体何を骨まで食べるんだか。なんだか恐ろしくてそれ以上は想像したくない。
しばらく彼等の会話を傍観していると、ベネゼフの相手をするのが疲れたのか、ヴァルサザーは目の前のヴァンパイアの方に視線を向けた。
「ところで、そろそろこちらの探し人を返して頂けないか?」
一瞬間を置いてしまうほど突飛な言葉に、気付いた途端に俺もヴァンパイアの方を見た。すると彼は、心外だとばかりに顔を顰める。
「まるで私が誑かしたかのような事を言うのは止めてもらいたい。むしろ、私の方が困っているのだぞ」
体の向きを変えたヴァンパイアの後ろに、ヴァンパイアのマントをがっしりと掴む皇凛と、その背後に困ったような顔をしている李先輩がいた。
え、まさか…最初からいたのか? そしてそのことに、ヴァルサザーは気付いてた? てか、何だあの奇妙な状態は…
そんな疑問を代弁するように、ヴァルサザーは呆れ声で聞いた。
「それは保護してくれたのか、はたまた捕獲されているのか、どっちだ?」
「後者だ」
間髪入れずにヴァンパイアは言って、更に体の向きを変えて剥がしてくれと言わんばかりに皇凛を見せた。その姿は正に、母猿に捕まる小猿と言った感じで、梃子でも放さないぞという必死さが見て取れた。
あいつは、何をやっているんだ…
あんまりな状態に、堪らず肩の力が抜ける。
「あははっ、まるで、木に止まるムササビのようだね」
「笑い事じゃありませんよ、アルテミス先輩!」
何呑気なこと言っているんだと思い咎めつつ、この状況を何とかしようとしない先輩達を当てにするのは止めて、皇凛達の方へと向かう。とても迷惑そうにしているヴァンパイアには、ちゃんと詫びなければならないし。
「申し訳ありませんでした。えーと…」
「コンラッド・デュボアだ。アルバス王の補佐をしている」
「申し訳ありませんでした、コンラッドさ…」
「先に剥がしてくれ」
「はい」
多分、長らくこの状態なのだろう。相当辛そうだ。てか、よくこの状態で歩いて来れたなこの人。
そう思いながら皇凛を引き剥がしに掛かるが、こいつはホント、どうやってくっついているのか全く剥がれない。
「皇凛! いい加減にしろ!」
「やだ! だって、高位のヴァンパイアの血が手に入るチャンスなんだもん!」
「それで人様に迷惑掛けてるのかお前は!」
俺と皇凛の主張は、正に平行線だ。しかし、こういう時に使えるとっておきの言葉があって…
「そうか、後で説教地獄になっても構わないんだな」
「それはやだ…」
途端さっきまでの勢いを無くしてシュンとし、渋々マントを放した。一仕事終えたなと思ってほっとしていると、遠くから拍手の音が…
その音の主であるアルテミス先輩は、にっこり笑顔だ。
「さすが大介だね。未来の代表は、君で決まりだよ」
「こんなのが傍にいて、他の全てまで俺にやれって言うんですか」
明らかに無理だろうと俺が反論すると、そのことに同意するようにサンダース先輩は頷いて、ヴァルサザーは同志を見つけたとばかりに同情してくれた。
「うんうん、気持ちはよぉ~く分かるぞ大介」
「お前も苦労しているのだな」
その事実にちょっと、悲しくなった。




