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何とも言えな気持ちでキャンプファイヤーという名の精霊祭りを見ていたら、様々な種類のドラゴン達が上空を旋回しながら火を噴いて夜空を照らし始めた。青・赤・黄色に加え緑・紫・オレンジなど様々な色が点滅する様は、まるで一足早い花火大会を見ているかのようだったが…あんな話を聞かされた後じゃ気が重い。
こんな平和な様子が見られることが、どれだけ有難いことなのかを思い知る機会なのかもしれない。目の前で皆が楽しそうにしているこの時この瞬間、どこかで平和とは無縁な人が居る。全ての人が皆平等に幸せだとは限らないのだ。
かく言うこの幻想界も、140年前まで魔法族と魔族は戦っていた。ドラゴン族との戦いは200年前までだったと言うが、それにしても今の様な共存共栄の姿を想像することは当時の人達には出来なかっただろう。和解協定により今があると思えば、先人達への感謝の気持ちが湧いてくる。
賛美歌をバックコーラスにキャンプファイヤーが終了したのは、それから間もなくのことだった。
キャンプファイヤー終了後、俺達は寮へと向かったのだが、その道すがら大人達がびったり張り付き、上空にはドラゴン達が飛び回っていた。異様なほどの警戒感を漂わせる状況も、先程まで楽しい時間を過ごしていた生徒達にとっては不思議にも思わないようで、楽しそうに大人達と話している。
何も知らない彼等と違い知ってしまっている身としては、今夜から夜間警戒が行われるのではないかと慮ってしまう。夜間警戒は魔物の出現が多い時に行われるものだが、今回に至ってはそれとは違う理由で行われそうな予感がする。
何事もなく済めばいいが…
で、何でこうなる。寮に来てからまず行なったことは部屋の確認なのだが、何故か可笑しなことになっている。
「寄りにも寄って、なんで…?」
渡された半洋紙には、しっかりと同室者の名前が記されていて…これを策略と呼ばずして、なんと呼べばいいのか。四人部屋ということもあり俺の同室者がそうなら、自ずとこうなるだろうと予測は出来ていたけど…どうしても納得できない。
上手いこと嵌められた感が否めない…
「さぁ、大介。行こうか」
「拒否権は」
「ないよ?」
ぐっと手元の半洋紙を握り締めて耐える。そう、何故か俺…アルテミス先輩と同室なのだ。アルテミス先輩と同室ならば、自ずとサンダース先輩とも同室になるわけで…この室内で起こるであろう全ての可能性を導き出して溜め息を吐いた。
「おいおい大介、まぁた溜め息なんて…ほんっと辛気臭いなぁ」
「俺を凹ませたのは、先輩達ですよ…」
サンダース先輩相手ならこれくらいの軽口は言える。だが、残念なことにここにはアルテミス先輩もいるのだ。
「それはすまなかったね、大介」
ゆっくり隣りに目を向ければ、満面の笑みのアルテミス先輩がいて、嫌味を嫌味で返されたことに肝が冷える。何でこんなに苦労をしているのかと、軽く我が身に起きた運命を呪いながら耐える。
この人に逆らったって、どうせいいことはないんだから。
「さぁ、大介。部屋へ行こうか」
「なんでですか?」
同室とは言え寝室は二つ。そのそれぞれに二つベッドがあるというのは去年で学んだことだが、何もアルテミス先輩と同じ寝室である必要はない。四人部屋なのだから、選択肢は他にもあるはずである。
その上、そもそもの条件が可笑しい気がするのだ。
「ちょっと待って下さい。普通部屋割りって、同学年毎ですよね?」
「そのことなら大丈夫。今年から、交流を深めるという名目で学年もバラバラで部屋割りすることになったから」
眩しい笑顔で告げられた最悪な事実。なんてことしてくれたんだあんた…
というかこれ、アルテミス先輩に言い包められたサンダース先輩が教師陣に働き掛けたんだろ絶対。悪夢以外の何物でもないな。
「さぁ、行こうか大介」
「いや、百歩譲ってそれはいいとしてもですね。どうして俺がアルテミス先輩と同じ部屋で寝る」
「何か不満でも?」
「……ありません」
無論嘘だが、アルテミス先輩を敵に回すことだけは避けなくてはならないので致し方ない。敵に回すとどうなるのかって…そりゃあ根に持つタイプなので、大変なことになるさ。
部屋は元々、三年生用に作られている部屋だからか広々していてベットも大きい。そもそも日本人の規格で作られていないからな。
トイレと浴室もちゃんと別けられていたし、風呂なんて一掻き出来るほどの大きさがある。俺の身長で、だが。
先輩達の身勝手さに怒りよりも呆れが襲ってきていたわけだが、そんな俺を宥めようと先にお風呂を使ってもいいと言われたので、遠慮なくお言葉に甘え一番風呂に入らせて頂くことにする。いい湯だったなぁなんてガシガシ頭を拭きながら部屋に戻ると、いつの間にかベッドがキングサイズになっていた。
なんで? ベッドが一つしかないし…俺は部屋を間違えたのだろうか? って、そんなことあるか!
「これはどういうことです!?」
ダイニングにて、もう一人の同室者とゲームをしているサンダース先輩の隣りで一人優雅に読書していたアルテミス先輩を振り返る。部屋を指差しながら聞いたところ、アルテミス先輩はなんでもないことのように爽やかな笑顔で言ってのけた。
「二人で使うためだよ?」
何故わざわざ、一つのベッドを二人で共有するんだ!? と、怒りとも呆れとも言い難い感情が襲って来て、何が何だか…
いやしかし、これはこのままでは駄目だ。絶対に拒否しなければ!
「どうして男が、二人で一つのベッドを使うんですか。そもそも、元は二つだったベットが、どうして一つに変わっているんですか!」
「あれは僕には狭すぎたから、魔法で二つをくっつければ大きくなるよねって思ったんだ」
魔法って本当に便利だねという言葉に、どうしてか頷けなかったのはこの状態が望ましい状況ではないから。いや、狭すぎたからくっつけるというなら、同室者が居ない状況下でやれよと思う。
しかしアルテミス先輩は悪びれもなく言ってのける。
「二人で使っても大丈夫な広さだから、気にせず一緒に使おうね?」
断固拒否します! それだけは絶対に無理! 逆らうなという意味の笑顔を向けられるが、こればかりは横暴すぎる。
「元に戻してくれないなら、床で寝るだけですよアルテミス先輩」
「そんなことはさせられないよ。一緒に寝よう?」
「…出て行きますね」
付き合ってられないとばかりに言った言葉が効いたのか、アルテミス先輩は溜め息を吐きながら元の姿に直してくれた。酷く残念そうな顔をされたが、知ったことではない。
これで一安心だと思っていたら、部屋がノックされる。気付いたアルテミス先輩が、お風呂に入っているサンダース先輩の代わりに玄関へ向かう隙に、サンダース先輩の友人であるハロン組の二年生に声を掛けてみた。
「あの、お願いがあるんだけど」
「何?」
「部屋、変わってくれない?」
「やだ」
間髪入れず即答された。まぁ予想はしていたけどな。
彼はサンダース先輩とは幼馴染だそうで、勿論アルテミス先輩とも俺以上に顔見知りなはずだから、もしかしたら…なんて思ったのだがどうやら無理そうだ。
「俺、シェス兄ぃ怒らせて死にたくないもん」
と言われてしまえば、もう諦めざるを得ないようだ。俺だって、命は惜しいし…
ベッドを元に戻してもらっただけでも、有難いと思うべきなのだろう。でもなぁと諦めきれない気持ちでいると、いつの間にか戻って来たアルテミス先輩のにこやかな笑顔の威圧が降って来る。
「まさか、僕と寝るのが嫌だ、とか言わないよね?」
「…とんでもない」
ちょっとの間は、ささやかな抵抗だ。というか、聞いてたのかあれを。聞かれちゃまずいと、かなり声を抑えて話していたはずだったのに…地獄耳か。
「今、失礼なことを思わなかった?」
「そんなまさか」
地獄耳とかいうレベルの話ではないぞ。心を読まれているぞ!
怖すぎる…と内心身震いしていたら、アルテミス先輩はそれ以上突っかかって来なかった。その代わり、先程の訪問者からの情報を口にする。
「さっき、一年生の代表が来たんだけどね。どうやら西の森の方で青白い光を見たって言う生徒が気味悪がって騒いでいるそうなんだ」
「そうなんですか。にしても、何で騒ぐことがあるんですか」
青白い光ぐらいで、気味悪がることでもないように思うんだけどと思っていると、アルテミス先輩は更に続ける。
「どうやら、もう既に一年生の間でも『魔神の后土』の噂が広がっているようでね。そのせいで、皆不安がっているようなんだ」
「まぁ、人の口に戸は閉てられませんからね。でも、それがなんで青白い光で気味悪がることにな…」
そこまで言って、あることに気が付いた。西の森の方には確か…
「そう、『魔神の后土』があるんだよ」
昨日の発見から今日の出来事。それを繋いでしまえば、気味悪がるのも当然だった。
しかし、高だか青白い光というだけで、それほど問題もないように思うのだが。
「とにかく、僕は今から生徒達を落ち着かせてくるから、シロエにもこの事を言っておいてくれないかな」
「いいですよ。あ…俺も行きましょうか」
自然とそう申し出ていたわけだが、何故か一瞬アルテミス先輩は動きを止め、笑顔を深くした。
「そんなに僕と離れるのが嫌なのかな?」
「勘違いです」
断じて違いますよ。そもそも俺が付いて行くって言ったのも、好奇心旺盛な友人を持つ身として気になったからだ。
好奇心に負けると、思ってもいないような突飛な行動に出てしまう皇凛を止めるために行こうかと思ったまでである。
「シャイだね」
「違います」
いい加減アルテミス先輩と会話しているのも面倒だなと思いながら、俺達は部屋を出て各部屋を回っていった。
一階から順に上に上がりながら各部屋を訪問していると、しばらくしてサンダース先輩と合流する。どうやら、この事態を先生方に報告して生徒達を落ち着かせてもらえるように働き掛けたらしく、全ての部屋を訪問し終えそうなっている現在は、さほど動揺も広がってはいなかった。
そういう迅速な対応は、さすが代表と言えるだろう。しかも、俺達が一階から回っていることを察してか、サンダース先輩は上から部屋を回っていたようで、今俺達の目の前にある部屋だけが、最後の部屋となった。
「取り合えず、この部屋で終わりだね」
そう言ってアルテミス先輩が扉をノックすると、中から一人の少年が出てきた。そのあどけなさと見たことがないことから、一年生と推測する。どうやら寝ていたらしい彼は、眠気眼を擦っている。
「ごめんね。寝てたかな?」
その質問に、彼はぼうっとしたまま頷いた。この分ならこの部屋には噂は広がっていないかと思ったが、生憎この部屋は皇凛と李先輩のいる部屋なので、噂を聞き逃しているはずがない。よって、皇凛を呼び出してもらうことにした。
「悪いんだけど、皇凛…二年の李を呼んでくれるか? 三年生の方でもいいから」
「わはりましたぁ…」
眠気がピークなのか、呂律が正常ではない。フラフラしながら奥へと消えていく背中を見送ったすぐ後に、彼は少し目が覚めたような表情で一人で戻って来た。嫌な予感がする。
「あの…お二人とも居ませんよ?」
あぁ、やっぱり…先にここに来るべきだったかぁと後悔したのは言うまでもない。
しかし、だ。俺達の目を誤魔化していなくなる術などないはずである。と言うのも、この寮には昨日の皇凛がやらかしたような不正ルートも存在しないし、そもそも簡単な魔法意外は使えないように寮自体がそう造られている。彼等が忽然と消えるというのは、今まで通った部屋の誰かが匿ってない限り実質無理なのだ。
いや、例え誰かが匿ったとしても外へ出ることなんで出来ないはずではと疑問に思ったのだが、アルテミス先輩の呟きで覆る。
「抜け道があるんだよね」
「え?」
そう言えばあったなと、サンダース先輩まで同意する始末。果たして二人がそれを知っていたか否かは行けば分かるだろうとアルテミス先輩は言った。
行けば分かるって…俺等が行くんですか? 先生に報告するとかではなく? いやそこは先生方に…とか言う前に彼等は行動していた。行くしかなさそうだ…




